第3話 相対
「ここが国境の街、リグドルか」
心臓の動機が早い
初めてだ、ニンゲンを生で見るのは
本当に書物通りの生き物なのだろうか
「お前は隠れてろよ、クイレル」
「わかった」
そう言ってクイレルは髪の中に隠れる
見つかったらきっと狙わる
貴重なシーマの中でも特別な言語を話すシーマ
見せ物にされるに決まってる
「さ、行くぞ!」
街に足を踏み入れると、思っていたよりも沢山のニンゲンがいた
わらわら、わらわらと
「これが、ニンゲン・・・本当に手足が2本ずつだ・・・皆目も2つ・・・」
キョロキョロと見回しながら歩いていると、1軒の店が目に入った
色とりどりの小さな星が沢山置いてある
「なんだこれ・・・かわいい」
「お嬢ちゃん金平糖知らないのかい?」
店の奥から声がした
ニンゲン、ニンゲンだ!ニンゲンに話し掛けられた
「し、知らん」
「珍しいね、ほら、これやるよ!食ってみな!」
「え!?食べ物なのか?というか貰うわけには」
「いいからいいから!ほら」
可愛らしい菫色の缶に入った星をぽいと口の中に放り込まれた
じんわりとした優しい甘みが広がる
「あまい!うまい!」
「だろ?スミレの金平糖だよ。お代はいいから持ってきな」
「え!?いや、その、そういう訳には」
「やるって言ってんだ!貰っとけ!」
「あ、ありがとう」
押し付けられたそれを眺める
見れば見るほど可愛らしい
細かい装飾の施されたその缶をぎゅ、と胸に抱いて店主に再度礼を言う
ニンゲンって、もしかして悪い奴ばかりじゃないのかな?
「少しずつ食べよう・・・お前にも後でやるからな、クイレル」
もぞもぞと動いたそれを返事と取って、本来の目的である宿を探す
しかしニンゲンとは物を作るのが得意なようだ
思っていたより原始的ではないのだな、と町並みを見廻す
珍しい物ばかりで注意力が削がれたのか、前から来たニンゲンにぶつかり尻餅をついてしまった
「わ!」
「気ぃつけろガキ!・・・ん?おい、お前それ」
「え?あ!」
ぶつかった衝撃で髪から転がり落ちてしまったクイレルを大柄なニンゲンは指差した
慌てて拾い上げ再び隠したが、目の前のニンゲンはにやにやと笑みを浮かべている
(なんだコイツ、嫌な感じだな)
「おい、ソイツどこで拾った?」
「なんでそんな事お前に教えなきゃならないんだ」
「いや、もしかしたら俺の所から逃げ出した奴かもしれねぇからよ。返して欲しいんだわ」
「その心配はない。先を急ぐから失礼する」
「おいおい、泥棒はいけねぇな?ソイツが高く売れるって知っててネコババするつもりか?」
「私が泥棒?お前と一緒にするな。この辺りのシーマを殺して売ってるのは貴様だろ?」
「ははは!何を根拠に」
「お前臭いんだよ。血の匂いがする」
私の鼻はニンゲンとは比べ物にならない位精度が高い
コイツからは魔物の血の臭いがする
あの日の城の中の様な
「このガキ!痛い目みたくなきゃさっさとソイツを寄越せ!」
「断る。それに、痛い目を見るのはお前だ。ゴミ」
振り上げられた拳は空を切った
私はたった半歩下がっただけだ
鈍い生き物なんだな、ニンゲンは
自らの欲の為殺し奪う
暴力で持って弱者を踏み付け己の欲を満たす
なんと醜悪なのだろうか
「シーマ達がお前に何をした?」
「うるせぇ!あんなチンケな魔物殺した所でなんだってんだ!死んで人間様のお役に立てるんだぜ!感謝して欲しい位だ!」
「もういい。お前、死ね」
やはりニンゲンとは不愉快極まりない下劣で醜悪な生き物なのだ
「ギャっ!ヒィッ!」
頭を砕くつもりで放った拳の先が奴の鼻を掠めた
おかしい、どうして?
「その辺にしときなよ。うわ、掠っただけで鼻の骨折れてる。ほんとに殺しちゃうよ」
「うるさい。本当に殺すつもりだったんだ。そいつが殺したシーマ達みたいにな」
「確かにコイツはクズだけど、そんな奴の為に君が手を汚す事はないさ」
そのニンゲンはふわりと笑った
あの菫色の食べ物をくれたニンゲンに似た笑顔だった
「ミーティア、こいつにあの魔法掛けちゃいなよ」
「丁度いい実験体ね・・・えい!」
側にいた別のニンゲンが杖を振り下ろすと、ボゥンと音を立ててゴミニンゲンは蛙に変わった
変化魔法の一種か
「珍しい、上手くいったじゃない!」
「・・・ミミズに変えたかったのに・・・」
「はは、まぁこれでコイツも殺される恐怖が分かるさ。自然界は弱肉強食だからね」
さて、とソイツはこちらを向き直す
何故だろうか、何だか苛立つ目つきだ
「君強いね、良かったら僕らのパーティに入らない?」
「ちょっと!そんな訳わかんない魔物連れた女仲間にするの!?」
「え?だめ?一応旅の道具は一通り揃えてあるし、人数多い方が楽しいじゃない」
ソイツはヘラヘラと笑っていて、感情も思惑も上手く読み取れなかった
しかし、人間の中に入ってしまうのが手っ取り早いかもしれないとも思う
コイツらはサンプルだ
私にニンゲンという生き物の底の浅さを教えてくれるだろう
「いいぞ、ナカマになってやる。それと訳の分からない魔物じゃない、こいつはクイレルだ」
「君は?」
「は?」
「君の名前」
私は言葉に詰まった
王家のしきたりで本当の名前は親以外には知られてはならない
真名は魔物の生命線だ
「クレアール。クレアと呼んでくれ」
真名とは別に与えられる仮の名を名乗る
でもこれだってお父様とお母様が付けてくれた大切な名前だ
「クレアか、よろしく。僕は勇者、彼女は白魔道士のミーティア」
「・・・ユウシャ?」
心臓が跳ねた
10年前、国に攻め入った男の名は「ユウシャ」では無かったか
だがそれにしては若すぎる
恐らく私と同い年位
「勇者って格好いいだろ?小さい頃から憧れてたんだ」
「憧れ?」
私にとってユウシャとは、残虐な略奪者の事だ
それに憧れを?
無知で愚かなニンゲンだ
まぁいい、利用するだけさせてもらう
そしてお前の命は私自ら屠ってやろう
私はユウシャと良く似た笑顔を浮かべ言った
「よろしく、ユウシャ」
勇者は何処か照れ臭そうに笑った
言葉の裏側なんて知らずに
魔王が勇者に恋したら 三井さくよし @marimero
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔王が勇者に恋したらの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます