第2話 旅立ち

「姫様、本当に行かれるのですか・・・?」


「えぇ、行くわ」


「止めることは、出来ない様ですね」


心配そうな、呆れた様な顔でサリアは笑った

国の崩壊から10年

私は16才になっていた


「ご立派になられて、サリアは嬉しゅう御座います。私に教えられる事はもうありません」



弛まぬ努力と、元々の才能もあったのだろう

私はサリアの知る全ての魔法を習得した

だから私はこの地を離れようと思ったのだ


ニンゲンをもっと知らねばならないから

ニンゲンという生き物を書物の上で理解するには時間が足りなかった

だからこの目で確かめに行くのだ


どう滅ぼせば完全に駆逐できるのかを


「尻尾は隠して、耳は・・・エルフがいるからこのままでも誤魔化せるわね」


「姫様、どうぞご無事で。サリアはここでお帰りをお待ちしております」


「ありがとう、サリア。大好きよ」


抱きしめたサリアの身体は少し小さくなっているような気がした

あの日、私を抱き上げてくれた腕はこんなにも細かっただろうか


「姫様・・・私はこの十年、図々しい事を承知ではありますが・・・姫様を本当の娘の様に感じておりました・・・」


そう言って嗚咽を漏らしたサリアの肩は小さく震えていた

サリアの1人娘、カーラは私の大の仲良し

よく王宮の中を走り回って遊んではサリアに叱られた物だ


そんなカーラは、あの日戦いに巻き込まれ死んでしまったのだとサリアから聞いたのはずっと後になってからだった


ふわふわの巻き毛と笑った顔がとっても可愛い子だった


自分の気持ちを整理する事で精一杯だった私はサリアの気持ちを慮ってやる事が出来なかった



「私もよ・・・貴女は私のもう1人のお母様だもの」


「姫様・・・」


サリアは厳しくも優しく私を育ててくれた

滅んだ国の傍らで、王宮育ちで世間知らずの私に生きる術、勉学、戦い方を叩き込んでくれた


私のもう1人のお母様



「湿っぽくなっちゃったわね。もう行くわ」


「姫様、これを」


「なに?これ」


「姫様が本当にお辛くなったら、もう駄目だと思われた時に開けて下さい。お守り代わりに」


「ふふ、何それ。ありがとう、大切にするわ」


手渡された小さな袋を鞄にしまって私は彼女に背を向けた


さぁ、世界を断罪しに行こう












鬱蒼とした森を抜けて、只歩き続ける

この辺りは国境があるせいか人の通りは全くない

そもそもこの国を奪いに来た筈のニンゲン達はどこに行ったのか

まさか戯れで滅ぼした訳でもあるまいに


「あっつい・・・」


じりじりと肌を刺す日差しに早々に根を上げる

そもそも私は太陽が苦手なのだ


「はー、ちょっと休憩!ローブ持ってくるんだったわ」


大きな一本杉の下に腰を下ろすと、さわさわと風に揺れる緑の匂い

優しい匂い


ごろりと身を横たえると広がった青空と緑のコントラストがとても美しい


そのままぼんやりと眺めていると、ごちんと頭になにかが降ってきた



「いっっ・・・たぁぁあい!なによ!なに!?」


飛び起きて辺りを見回すと、気絶してるシーマがいた

シーマは緑の多い地域に生息する魔物の一種で、他の生物に危害を加える類の物ではない


「おい、大丈夫か?おい」


小さな体を揺すると、シーマは意識を取り戻しパッと後ろに飛び上がった

警戒心が強いのもこの種族の特徴だ


「そう怯えるな。何もしないよ」


すい、と手を差し出すと指先を少し嗅ぎ、大きな瞳でこちらを見据える

ビー玉みたいな綺麗な目だった


「同じ匂い、する」


幼子の様な高くか細い声だった

シーマには時折言語を理解する個体が生まれると書物に書いていた事を思い出す

決して多くない種族の中でも一万年に一匹程の確率で生まれる知能が特化した個体だ


「お前、話せるんだな」


「話す、話す、言葉」


体付きから見てもまだ子供だろう

知っている言葉数が少ないのか、途切れ途切れに話すその姿はとても愛らしい


「お前だけか?シーマは群で暮らす生き物だろ?」


「1人、だけ。毛皮、売れる、仲間、捕まる」


ビー玉みたいな瞳が水分を滲ませる

シーマの毛皮はとても高く売買される

警戒心の強いその習性から滅多に見つかる事がない上に、一匹辺りから取れる量が極僅かな為だ

魔物はそんな事はしない

主に彼らを捕まえ、殺すのはニンゲン


「ニンゲンが憎いか?」


「にくい?きらい、こわい、いなく、なればいい」


「そうか。なら私とおいで 。」


手を伸ばしても、シーマは逃げなかった

小さな頭を指先でぐりぐりと撫でてやると気持ちよさそうに目を細める


「どうする?」


「いく、一緒行く」


「そうか。よろしくな。お前名前は?」


「なまえ?」


「そう、名前。ないなら私が決めていいか?」


頭を縦に揺らすと、シーマは肩に飛び乗ってきた

少しの重みと暖かさ

心が柔らかくなる



「よし、お前の名前はクイレルだ。宜しくな、クイレル」


に、と笑うと小さな手が私の頬を撫でた



「さて、休憩は終わりだ。今日中に国境を超えなきゃな」



大きな荷物を背負い、私はまた歩き出した

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