魔王が勇者に恋したら

三井さくよし

第1話 始まり

私が住むこの国は、とても穏やかでとても美しい

水は透き通り、作物はたわわに実る

そんな国を治める父は賢帝と呼ばれ民に愛され慕われていた


民が貧しさで飢える事の無いように

寒さで凍える事の無いように

幸せに笑っていられる様にと父は何時も尽力していた

母はそんな父を見て優しく笑っている


私はそんな両親が大好きだった


慎ましく穏やかに、幸せに暮らしていた私達

あの日が来るまでは


朝から城内は慌ただしかった

武装した兵士達が出入りし、父は部屋から出てこない

こんな事は私が生まれてから初めての事で、とても恐ろしく不安な気持ちに駆られた私は母の側を離れられなかった


母は大丈夫よ、と頭を撫でてくれたけれどモヤモヤとした黒い不安は私の小さな胸の中で渦巻くばかりで


走り回る兵士達が話す断片的な言葉が時折聞こえてきた


「ニンゲン」「シンリャク」


どちらも聞いた事のない言葉だった



「ニンゲンってなぁに?」


そう聞くと母は困った顔で私の頬に触れる


「私達とは違う生き物よ」


「違う生き物?ニンゲンって生き物なの?」


「国の外に住んでいる種族なの。でもどうして・・・私たちは只静かに暮らしたいだけなのに・・・」


ぽたり、と母の美しい涙が私の頬を伝った

翡翠の様な母の瞳から流れる青い涙を私は初めて見た

笑っている母しか知らなかったから


「ニンゲンは私たちに何をしにきたの?」


「もう気にしちゃダメ、お父様に任せましょう」


そう言って私を腕に抱き、普段使わないとても狭くて埃っぽい部屋に身を隠す


母の4本の腕は、微かに震えていた


「ここに隠れていて。絶対に出ては駄目よ」


その埃っぽい部屋のクロゼットの奥にあった隠し扉の中に私を押し込み、母は何時ものように笑った


「私やお父様に何かあった時は、私の部屋の引き出しの奥にあるノートを読んで。きっとあなたの役に立つ」


「いや!お母様!一人にしないで!やだぁ!」


「いい子にね。愛しているわ」


伸ばした手が母に触れる前に、扉は閉ざされ真っ暗闇の中取り残された

怖くて怖くて、時々聞こえる叫び声や大きな物音に体を竦めながら私は固く目を瞑り両親の迎えを待った


それからどれ位経っただろう

物音も声もしなくなった

それは、違和感を感じる程に


おかしい

お父様は?

お母様は?


扉は軽く押しただけで簡単に開いた

言い付けを破ってしまう罪悪感を上回る疑惑が私の体を動かした


クロゼットを抜け出して、部屋を出た

夜でも灯されている筈の蝋燭は消え、廊下のあちらこちらに物が散乱している


心臓が飛び出してしまいそうだった


一歩、また一歩と進む度に目に入るのは今日の朝明るく挨拶をしてくれた兵士達の亡骸


怖い

怖い

怖い


何が起きてるの?

自分の震える肩を抱き、父と母が居るであろう大広間を目指す


ゆっくりと周りを見回しながら進んでいるとある部屋の扉がガタンッ!と音を立てて開いた


「姫様・・・?良かった、ご無事だったのですね・・・」


「サリア・・・?サリア!怖かった・・・お父様は!?お母様は!?何がどうなっているの!?」


メイド長であり、私の世話役であるサリアだった

私は彼女に抱きつき泣いた

何時も通り頭を撫でてくれる彼女の手に心が緩む



「姫様、逃げましょう。奴等が戻ってくる前に」


「え・・・?でも、お父様は?お母様は?それに奴等ってだれなの?」


「姫様・・・お2人は・・・もう・・・」


そう言って俯いたサリア

幼い私にも彼女の言葉がどんな意味を含んでいるかを理解した

でも、信じたくなかった


「嘘よ・・・そんなのうそ!お父様!お母様!どこなの!?」


私はサリアの手を振り切って大広間へ走り出した

あそこに行けば、また何時ものように2人が笑って頭を撫でてくれると信じて


辿り着いた大広間の扉は開いていた

部屋に入らずとも分かった

廊下から見た部屋の中には母の亡骸が横たわっている

その奥には父の亡骸が姿を留めず転がっている


「ひっ・・・い、や、いやぁぁぁぁあぁあ!!!なんで!?なんでよぉぉお!やだぁぁああ!」



「姫様!!逃げましょう!早く!ここに留まってはいけません!」


2人の側に駆け寄ろうとした私を抱き上げ、サリアは隠し通路の方へと走り出した


なんで、どうして、いやだ、なにもしてないのに、なんでなんでなんでなんで


「おと、さま・・・おかぁ・・・さまぁ・・・いやぁ・・・」


サリアは黙ったまま隠し通路を抜け、国の外れにある深い森の奥へと私を連れていった

そこには古い小屋があり、今日からここで暮らすと彼女は言う


「もう城へは戻れません。この国は侵略されたのです。ニンゲンであるユウシャによって」


「ユウシャ・・・?なぜ?」


「我が国が豊かだからです。ニンゲンとは他者から奪い肥えて行く生き物。下劣な生き物なのです」



私達の国が豊かなのはお父様達が民のことを考え必死で統治してきたからだ

寝る間も惜しんで骨身を削って何時だって民の笑顔の為尽力してきたからだ

それをゴミの様に踏みじり奪った、ニンゲン



「サリア・・・私はニンゲンを許さない」


「姫様・・・」


「サリアは魔道師範の位を持ってるのでしょ?教えてちょうだい」



「どうするおつもりですか・・・?」


「そんなの分かりきってるでしょう?お父様やお母様と同じ様に、いいえ、それ以上の苦痛と屈辱を持って滅ぼしてやるのよ。ニンゲンをね」


「姫様、それは・・・」


最早幼い私の小さな身体の中には、復讐と憎しみが満ち満ちていた


滅ぼしてやる

滅ぼしてやる

ゴミのように

虫けらのように

命乞いなど一寸も聞き入れず、皆殺しにしてやる


ニンゲン






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