しりとり
昼休み。それはすなわち学生生活における、放課後の次に幸福な時間である。それと対をなすものが、五時限目。睡魔との戦いの時間である。
「ぱらっちゃん、しりとりしよ」
「なに、唐突に」
そんな幸福な時間の過ごし方は人それぞれだ。本を読むも良し、友だちとしりとりをするのも良し。ちなみに今日は快晴、しりとりを申し込んできたのは、立派な男子高校生である。
「そんな気分なので。あ、ちなみに俺、しりとり強いから」
しりとりをしようと言い出す奴は必ずそう言う。故にそれは、暗黙のルールなのだと思っている。いや嘘だ。思ったのは今が初めてだ。
「へー」
読み始めたばかりだったこともあり、昨日借りてきた本の文字を追う目が滑り始めた。悔しいが、こうなると気のない返事をしていても手を止めざるをえなくなる。
「じゃあ始めはー、んー」
しかし、やるとは一言も言っていないはずだ。無邪気にやられるので腹はたたないが、もう少し人の話を聞きましょうと通信簿に書かれないか心配になってくる。
「しりとりの“り”な」
「はいはい、どうぞ」
本を閉じ、机の隅へと移動させた。とたん目を輝かせるのは、何度もうるさいが、立派な男子高校生である。
「おっしゃ。じゃ、“りす”」
「“水銀”」
「……」
「なるほど、強いね陽汰」
再び本を掴んだ手を握られ、強い目線で彼はこちらを真っ直ぐに見てきた。残念だがときめくのは教室の隅の女子生徒だけ。鼓動のひとつも高鳴りやしない。
「納得いかないので、再戦を希望します」
「えー」
するりと手を引いた。甲に張り付いている温もりは、ズボンで拭う。
「次は、ぱらっちゃんからね」
まずは了承を得ようと諭すのも面倒くさくなってきた。
「初めは?」
「んー、じゃーあー、しりとりの“し”」
「し、し、……」
し、で始まる単語のカードが脳内に散らばる。それを一枚一枚確認して、適当な答えを探した。
「“ジルコン”」
及第点の答えに、陽汰は首を傾げる。
「……なにそれ」
とっさに出てきた単語の為、そこに書いてある説明をきちんと読んでいなかった。え~と、と唸りながら脳裏に浮かぶ文字を読む。
「石の名前」
「宝石とか?」
「そうそう」
「へー」
感心したように二度三度頷いた彼の様子から、しりとりへの興味が薄れたのを読み取った。すかさず、本へと手を伸ばす。
「勉強になるわぁ」
「いや、ならないでしょ」
今度こそ、文字の世界へと飛び込んだ。
男子高校生のどうでもいい会話ss 雨月 日日兎 @hiduki
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