10分休憩
一時間目の授業が終わって数分。前の席に座る友人が今日は静かである。どうかしたのだろうかと席を立ち、横に回り込んでみると、開かれた文庫本が目に入った。
「陽汰が本読んでる……」
意外の念から思わず漏れ出た台詞に、彼は左側が少なくなったページの間に指を挟んで顔を上げた。
「うーん、たまにねぇ、たまらなく読みたくなる時があんのよ」
「へぇ」
分からないでもないが、彼が言うと違和感を覚えてしまう。故に、返事は適当だ。
「でもこれダメだわ」
何が? 短く問う。
「最後ハッピーエンドっぽい」
「いいでしょ、ハッピーエンドなら。というか、バッドエンドの方が少ないし」
やはり、分からないでもない。が、その感情を押し殺し、一般論を返した。彼はいつも通りへらりと笑って本の間に栞を挟んだ。
「そうですけどねぇ。今の気分はバッドエンドですよ」
「何? 振られた? 」
湿っぽい雰囲気を吹き消すように、おどけてみる。大きく瞬きを一回。笑みに苦いものが混じった。
「違うけど、ぱらっちゃん、そういう事は直球で訊いちゃダメっすよ」
「善処するよ。で、どうしたの? 」
まだまだ短い付き合いだけれど、それでも確かなことはある。陽汰、君にその表情は似合わないよ。しかしそれを伝えようとも思わないから、僕はまた不器用におどけてみせた。
「……今日、晴れてるからかな」
窓の外に視線を逃がされる。無言の抵抗。
「…………」
「………………」
「……………………そだね。晴れてるもんね」
先に折れたのは、僕の方。これ以上粘っても関係に亀裂を生じさせるだけな気がした。
「本当に、いい天気ですよね」
空は爽やかな青。雲ひとつない晴天である。
「体育、何やるんだろ」
「体育? 」
視線が戻ってきた。
「うん、5、6時間目」
マジで? 音もなく尋ねられる。マ・ジ・で。やはり音もなく口の形だけで答える。それを読み取った瞬間、彼は机に突っ伏した。
「ヤバい、体操服忘れた。うわー、最悪だ」
「Cが4時間目体育って言ってたよ」
落ち込む彼に、親指で方向を示しながら救いの言葉を授けてやる。……たしか、そうだったはずである。
「交渉してくる! 」
勢いよく立ちあがり飛び出していった彼に、無責任に手を振った。
「がんばー」
次の授業開始まで、あと数分。のんびりと教科書の準備を始めることにした。
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