自習

 黒板に大きく書かれた自習の二文字。三時間目の授業を担当するはずの先生は体調不良で急遽休みなのだそうだ。代わりにやって来た教師はプリントを配り終えるとつまらなそうに、教室や廊下をぶらついて時間を潰している。教師がそれでいいのか。などと憤るよりも、適当な先生で助かったと思うのが学生である。……はずである。

「ぱらっちゃん~、この問題分かる? 」

 前の席から堂々と体を捻って喋りかけてきた友人へ、半眼を返す。

「あのさ、そう言うことは僕のプリント見てから言ってくれない? 」

 指先でコツコツとプリントを指差した。彼は示されたそれを眺め乾いた笑みを浮かべる。

「わぁ、問5から先全部空白だぁ」

 彼の言う通り、全部で十問ある用紙の右半分が綺麗なままなのだ。

「分かったなら前向け」

「えー、でもぱらっちゃんって、数学苦手なイメージないよね」

「本人に訊くなよ」

 まだ授業は半分を過ぎていないにも関わらず、既にプリントを放り出す姿勢の彼は、椅子の背に肘を置き会話を続ける。

「実際はどうなのよ。数学嫌い? 」

 進まないプリントに嫌気がさしていた僕は彼の方針に賛成して、シャーペンを机の上へ転がした。

「一次関数が嫌いなんだよ。特に文章問題」

 中学生の時、ここに躓いて授業に追い付けなくなったのはいい思い出だ。不思議なことに、二次関数については一次関数ほど苦労せずに理解できている。何が違うのかと聞かれれば、Xの他にYが増えているじゃないかと、答えになっていない答えを返すだろう。そんな質問をされることは今後も無いだろうけれど。

「なるほど。でもさ、これ最後に提出するんだよね」

 彼の言葉に落ちる沈黙。

「……なんで答えも一緒に配らないかな、あの先生は」

 全部埋めて提出しろとは言われていないが、なるべくならば白い部分は少ない方がいいだろう。答案も配られていれば、適当な所で諦め赤ペンで正答を埋めることが出来るし、その方がまだ見栄えがいいような気がするのだ。

「みんなどうするのかな」

「さぁ」

 そう訊きながら、彼は辺りを見回して他の生徒のプリントを覗き見ていた。それから、同じように暇を持てあまし始めた女子生徒に声をかける。

「あ、ねぇ梅田さん。分かんない問題のとこどうする? 白紙で出す?」

 彼女は陽汰の言葉にあはっと笑って、プリントを親指と人差し指で挟んで持ち上げた。

「全部真っ白の私に訊く? 」

「あー」

「あー、なんかごめん」

 僕らはとりあえず謝った。梅田さんは気を害した風でもなく、机に頬杖をついて会話に参加してきた。

「いいよ、全部ユリに訊くし」

 ユリ、とはクラスでも頭のいいと有名な彼女のことだろう。

「そっか、ありがと」

 何がありがとなのかよく分からないが、彼女はどーもと気の抜けた返事をして再びプリントと向き合った。もう少し自分で頑張ってみるようだ。

「……さて、どうしよっかなぁ」

 穴はなるべく埋める方針らしい空気を感じとり、彼は独り言のように問題提起をしてきた。依然教師はぶらつくだけで、あまり騒がなければ喋ろうが席を立とうが注意しそうにない。

「仕方ない、田原に訊いてくるか」

 ならば、とクラストップの頭を持つ者の所へ行くに限る。席もさほど離れていないから、問題ないだろう。いや、授業中に勝手に席を離れるのだから問題はあるのだが……。注意されたらその時はその時ということだ。

「待ってぱらっちゃん、俺も行く!」

 騒がしく着いてこようとする彼に、シッと人差し指を立てて、注意した。

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