解決
「まず、最初から話を聞こう。犯人はホワイトだと言うことで、本当に間違いは無いのか?」
夕食を食べ終えるとすぐ、アンダーウッドがエンハンスに尋ねる。
「ええ、間違いないでしょう」
「そう思う根拠は?」
「いくつかあります。まずホワイトは、被害者であるモイーズと関わりがあった」
そんな言葉から、エンハンスが説明を始める。
「しかし、それだけでは断定は難しいだろう?」
「はい。ただ、フランクが私達を調査していたことがあります」
「フランクが道化師の姿で広場に現れたことか。しかし、それがなんだと言うんだ?」
先日、メアリーから聞いた話を思い出し、それでもエンハンスの話す意味が理解出来ないとでも言うように、アンダーウッドは首を傾げる。
「フランクはどうして私達を調べたりしたのでしょうか?」
先日の、フランクはエンハンスとメアリーを調べていたと言う推理を元に、エンハンスが疑問を口にする。
「どうしてと言っても、お前達がモイーズについて調べていたからじゃ無いのか?」
「では、フランクはどうして私達がモイーズについて調べていると知り得たのでしょうか?」
「どうしてって、それは、ホワイトから聞いたんだろう。お前達はその日、倉庫であいつと会ったんだろう? 裏を返せば、ホワイト以外にお前達がモイーズについて調べていたことを知っていた人物はいない」
「一点を除いてその通りです。私達が調査をしていたことを知っていたのは、ホワイトだけではなく、ハミルトンさんもですから」
「俺かい?」
突然名前を出され、ハミルトンは素っ頓狂な声を出す。
「もちろん、刑事であるハミルトンさんが探偵を自由に動かせるはずはありませんし、私達を監視するつもりならわざわざ他人を使わなくても自身で一緒に行動すれば良かったのですから、ハミルトンさんは除外されます」
「当然だ。心臓に悪いことはよしてくれ」
ハミルトンはそう言うと、やれやれとでも言うように、浮かした腰を下ろした。
「可能性の排除ですから。必要な手順だと思って許してください」
エンハンスはそう言ってハミルトンに謝ると、
「フランクがあの日、私達の存在を知るためにはホワイトから話を聞く必要があります。その事からも、ホワイトとフランクに繋がりがある事を知る事ができます」
「確かに、そうだろう。しかし、それだけでホワイトを疑う根拠にはならないだろう?」
アンダーウッドは意識してホワイト擁護の側に回っているらしく、エンハンスの言葉の一つ一つに反駁する。
「そうでしょうか? 私達がモイーズのことを調べている、だからホワイトは私達の事を調べていた、一見矛盾しないように感じますが、その時の状況を考えればおかしいと思いませんか?」
「その時の状況?」
「はい。その時、アンダーウッドさんはどういう状況でしたか?」
「どういうって、容疑者として拘留されていたが」
その時の状況はあまり面白くない話な為か、アンダーウッドは顔をしかめて応える。
「そうです。アンダーウッドさんが犯人だとして捕まっている状況、つまり、ホワイトは犯人をアンダーウッドさんであると確信していた、その様な状況で私達を調べる意味なんて無いはずです」
「念のため、と言うこともあるぞ?」
「いいえ。ホワイトは、モイーズの仲間であるフランクの存在を知りながら、フランクにモイーズが殺された理由について尋ねようともしていなかった。その様な人物が、念のために、だなんて理由でどこの馬の骨ともしれない男の調査を指示すること自体がおかしい」
「そう言えば、フランクの死体を発見した時、ホワイトがフランクの家に来たのは、モイーズが殺された理由に対して尋ねるためだとか言っていましたね。あの時は、今更そんな話だなんて、と驚いたものですけど」
メアリーが、その時の様子を思い出しながら言葉を挟む。
「ええ、そうです。今、メアリーさんも言ったとおり、モイーズの殺害事件に対して、ホワイトは全くと言って良いほど捜査に手を付けていなかったのです。捜査の基本であるはずの、殺害動機の調査すら怠る程に。そして、アンダーウッドさんが釈放された時点であわてて事件の調査を始めた。そう考えれば、もしホワイトがフランクに私達の事を調べさせたのだとしたら、その時は事件の調査をしていたと言うことですので、当然すでにアンダーウッドさんの容疑が晴れていなければなりません。しかし実際は、あの段階ではまだアンダーウッドさんの容疑は晴れていませんでした。では、アンダーウッドさんに容疑を向けた状況でも、心を入れ替えて事件を捜査しようとしたのでしょうか? それもありません。なにせ、それから数日後に初めて動機の調査を始めたのですから。つまり、ホワイトが私達がモイーズのことを調べているからと言って私達のことを調査する必要なんてないんです」
「ちょっと待った、なんだかややこしい事を言っているが簡単に言うと、ホワイトが事件の捜査にほとんど手を付けていない、その事がおかしい、と言う話か?」
それまで口を挟まないでいたハミルトンが混乱した表情で尋ねる。
「そうです。それで有りながら、ホワイトがフランクを使って私達を監視させた、その行動の矛盾が私に、ホワイトへ疑惑の目を向けさせました。と言うのも、私達の行動を監視しないといけない人物は、私達の行動を邪魔に思う人物であり、何かの拍子にでも真実が暴かれることを恐れる人物ということになります。そしてそれはもちろん、取りも直さずモイーズを殺害した当人であろうという推測が成り立つからです。そして、フランクに私達の監視を命じることができる人物は、あの段階ではホワイトしかいません」
「ふん、疑う理由としてはまあ、分からなくも無いか。しかし、モイーズの事件はどうやって説明するんだ? 死亡推定時刻に、モイーズは倉庫街にいなかった。ホワイトに自動車を運転する術があったのかどうかが分からない。この状況でモイーズ殺しをホワイトが行うことはできるのか?」
「できます。そもそも、この事件に蒸気自動車は使われていませんから」
「なんだって? しかし、他に方法は無いだろう?」
「いいえ、そんなことはありませんよ。そもそも今回の件で蒸気自動車を使おうと考えること自体が異常なのです。よく考えてください。モイーズが倉庫街に移動するのに、どうして、わざわざ、それほど一般的ではない蒸気自動車を使わなければいけないのでしょうか? それも、何マイルも先から走っていることが分かるほど大きな音を立て、周囲の耳目を集める乗り物を使って」
「それは、七時までに倉庫街に入るために」
「そこです。七時までに倉庫街に入りたければ、もっと早くにラッピングまで移動開始をしておけば良い。そうではないですか?」
「確かにそうですね。わざわざ自動車を使わなくても、もっと早い時間から移動しておけばたとえ馬車を使って移動しても、七時までにラッピングまで移動することもできますし、なんの苦労をする必要も無かったはずですよね」
メアリーの言葉にエンハンスは頷き、
「そうです。なら何故、私達は自動車に捕らわれてしまったのか? それはモイーズが六時過ぎに仕立屋に現れたからです。しかし、モイーズが仕立屋に行く羽目になったのはただの偶然です。だってそうでしょう? モイーズが仕立屋に行く理由を作ったのは私なんですから。私がモイーズを投げ飛ばしてしまった結果、彼の上着が破れ、代わりの服が必要になった。しかし、そんなことを予想できる人はいません、私がモイーズと出会ったのは純然たる偶然であり、服が破れたのは完全な事故だったのですから。つまり、この事象に限って言えば、ここに最初から作為なんて存在していなかったのです。ただ、私がそこに矛盾を見つけてしまったために無理矢理持ち出してきた理由が蒸気自動車だったんですよ。そして、そのつじつま合わせに使われたのがウィギンスさんです」
「そんな自分勝手な理由で、罪の無い人を犯罪者に仕立て上げたというの?」
「メアリー、落ち着きなさい」
声を荒らげるメアリーをマーガレットがなだめられる。
「でもお母さん、それじゃああんまりリンダが可哀想で」
「そうね。でもきっと、真実が彼女を助けてくれます。そうですよね、ホーネストさん?」
「はい。必ず」
エンハンスが力強く応える姿は、メアリーの中に落ち着きを生み出した。
「しかし、モイーズが六時に仕立屋にいたことと七時までに倉庫街に入ったことは事実だろう? この矛盾を解決する方法はあるのか?」
三人の会話を断ち切るように、アンダーウッドが次の議題を提出する。
「それは簡単です。ホワイトは、モイーズを別の場所で殺害した後、明け方になってから死体を運んだんですよ」
エンハンスの応えに、
「しかし、現場の様子はどうなるんだ? 俺は写真で見ただけだが、床に流れた血の様子から判断しても、あの場所が犯行現場だとしか思えないぞ」
「ええ。モイーズは間違いなく、あの床の上で殺害されました」
「どういう事だ?」
エンハンスの矛盾した様に思える応えに、アンダーウッドが眉をしかめる。
「あの倉庫の床はタイル張りでした。そして、タイルの特徴は、はがして別の場所に運ぶことが出来ると言うことです。そして張り直すことは何度でも可能です」
「ああ、もしかして、タイルを別の場所に運んで、敷き直し、その上でモイーズを殺害したと言う意味ですか?」
メアリーが驚きと共に考えを述べる。
「そうです。事前に倉庫のタイルをはがし、別の場所に張り直しておく。そしてその上でモイーズを殺害し、血液が完全に乾いた後で再度タイルをはがし、倉庫に運んだ。もちろん、この時はモイーズの死体と共に」
「なるほど、それなら別の場所で犯行に及びながら、倉庫内での犯行に偽装できる。しかし、そんな事が証明出来るのか?」
アンダーウッドが尋ねる。
「ハミルトンさんが倉庫会社で聞いたところでは、事件が起こる前に確認した時点では、倉庫になんの異常も無かったそうですね? タイル一枚欠けてはいなかったと」
「ああ、そう聞いたな」
急に話を振られたハミルトンは、何度も首を縦に振る。
「しかし私達が現場に行った時、床にはタイルがはがれている箇所がありました」
エンハンスの言葉で、メアリーは、自身がタイルの欠けている場所で躓いたことを思い出していた。
「あれは、タイルがはがされた証拠です。たぶん、別の場所へ運ぶ途中でタイルが一枚割れてしまったのか、もしくは紛失してしまったのでしょう」
エンハンスがそう断言する。
「なら、俺が確認した、明け方頃、倉庫に近付いていく船というのは」
「ええ。ホワイトが、モイーズの死体とタイルを運ぶために利用した船でしょう。たぶんこの時、犯人はフランクにも協力させたのでは無いかと思います。一人で全てを終えるのは、かなりの重労働ですから」
「もしかすると、最初に倉庫からタイルを持ち出した時は、モイーズにも手伝わせたかも知れないな」
「ええ、その可能性はあります」
「なら、本当の現場はどこだったんですか?」
メアリーの問いにエンハンスは、
「それは分かりません。ただ、人目に付かず、ある程度の広さがある場所で無いと、このトリックは使えません。ですから、ホワイトの家では無いかと思っています」
「ホワイトの家?」
「はい。ホワイトの家であれば、人目に付くことはありませんし、大きな荷物が出入りしても、捜査物件だとでも言えば深い詮索はされないでしょう。それに何より、探偵の家を探ろうとする人物はほとんどいない」
エンハンスの言葉に、アンダーウッドは頷いていた。探偵に反感を持っている自分ですら、探偵の家を探ろうなどと言う発想は持っていなかったのだから、とでも考えているのだろう。
「でもホーネストさんは、ホワイトの家を知りませんよね?」
「まあ、はっきりとは知りませんが、探偵通りで、おばあさんに教えてもらったS級の探偵が住んでいるという家を基準にすれば、十分すぎる広さがある家だったとしてもおかしくは無いでしょう?」
メアリーはその言葉で、おばあさんが一つの家を指さし、S級の探偵の家だと教えてくれた時のことを思い出す。
「もしかすると、あれがホワイトの家だった可能性も」
「多分にありますね。この町でS級の探偵は数人だったのでしょう?」
「つまり、こういうことか、ホワイトは、倉庫から持ち出したタイルを自分の家の床に並べ、家にモイーズを呼び出す。タイルの上でモイーズを殺害し、タイルに流れた血液が固まるのを待ってタイルをはがし、モイーズの死体と共に倉庫へと運んだ。そして、倉庫でタイルに付いた血液の形に注意しながら元通りに貼り直し、その上にモイーズの死体を横たえた」
アンダーウッドが、エンハンスの言葉をまとめる。そして、
「しかし、どうして、そんな手の込んだことをしたんだ? どこにもメリットが無いだろう?」
「メリットなら有ります。アンダーウッドさんを容疑者にできるというメリットが」
アンダーウッドの疑問に、エンハンスは即座に答える。
「アンダーウッドさんも言っていたじゃないですか、自分とモイーズ、両方に恨みのある人物が犯人では無いかと」
「そうは言っても、俺はホワイトに恨まれた覚えは無いぞ?」
「そうですね。直接は無いでしょう。ただ、探偵に対して否定的な人物を排除する、その対象に選ばれたということだと思います」
「たった、それだけで?」
エンハンスの説明に、メアリーが呆れたような声を出す。
「もちろん、モイーズを殺害する理由は他にもあったのだと思いますよ。これは想像の域を出ませんのではっきりと断言はしませんが、例えば、今までの事件において、モイーズの協力の下、犯人をでっち上げていた、その口封じとか」
「随分と飛躍した話だな」
アンダーウッドはエンハンスの言葉に不快感をあらわにする。その発言は警察関係者として、とても聞き逃すことのできない話だったのだろう。
「もちろん、全ての事件がそうだったとは言いません。それでも、何人かの方が、いわれの無い罪で捕まっている、もちろんそれも疑惑ですが、その様な現状があります」
「それは、否定出来ない」
アンダーウッドは不承不承に頷いた。
「そういえば、果物売りのおじさんも捕まったし」
メアリーが独り言のように呟く。
「それを行ったのは、フランクであろうと思われます。そして、フランクはホワイトと関係があった、なら、過去に同じようなことを繰り返していたとしてもおかしくはありません」
アンダーウッドはエンハンスの言葉を否定することができない。それは、彼が薄々感じていたことだったからだ。
「その一つの証明が、今回の、アンダーウッドさんの逮捕でしょう。あれは、あまりにも手際が良すぎた。普段から同様のことをしていたとしても、おかしくありませんし、今回の事件の目的の一つにアンダーウッドさんが含まれていたであろう事も想像できます」
「確かに、事件が発覚してから数時間後にはもう逮捕されていましたからね」
メアリーもエンハンスの言葉に頷く。二人の会話に当のアンダーウッドは苦々しい表情を浮かべるが、自らが体験したことだけに、否定することもできないと言った風だった。
「それで、フランクの事件はどうなるんだ?」
ハミルトンが次の話題へと水を向ける。
「そうですね、こちらはそれほど難しい話はありません。ホワイトとフランクは元々繋がりがあったのですから、ホワイトがフランクの家に出向き、飲み物にでも毒を混ぜれば良いだけです。モイーズ殺害の手伝いをさせている以上、彼を殺害することは織り込み済みだったと考える方が自然です」
「自然ねえ」
アンダーウッドは一つため息を吐くと、
「どうにも納得がいかないな」
エンハンスはアンダーウッドの言葉を聞き流すと、手を机の上で組み、
「それとたぶん、こちらの事件の容疑も元々はアンダーウッドさんになすりつけるつもりだったのだと思います」
「俺に?」
アンダーウッドが片眉を跳ね上げる。
「そうです。アンダーウッドさんが事件の捜査から外され、家に帰された。それとほぼ同時にフランクは殺されました。ここには何らかの繋がりがあったと考えた方が無理がない。アンダーウッドさんを捜査から外しただけでなく、自宅謹慎まがいの指示が出されたのは、アンダーウッドさんのアリバイをなくすことが主目的だったのでしょう。そうでなければ、別の事件の捜査をまかせれば良いだけで、家に帰す必要は無いですから」
「しかし、実際には自殺と言うことで処理されたぞ?」
「それは、運悪く、失礼、犯人にとっては運悪く、アンダーウッドさんにとっては運良くですが、アンダーウッドさんが第一発見者になったからです。そのために容疑者にすることができなくなった。あの場でも言いましたが、何時間も前に亡くなっているはずの死体のそばに、犯人が、それも二人の人間を引き連れていつまでもいるはずがありませんから。その違和感を考えるなら、自殺として処理した方が都合が良かった」
「なら遺書はどうなる?」
「元々、アンダーウッドさんに罪をなすりつけるつもりだったのなら、ホワイトが用意していた偽物でしょう。筆跡鑑定の結果だって、ホワイトに掛かればどうとでもできます」
「随分と都合のいい話だな」
「ええ。それだけの権力を、今の探偵は持ってしまっています」
アンダーウッドの言葉に、エンハンスは暗い声音で応えた。
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