匿名の手紙
ハミルトンと共に家に帰ったメアリーとエンハンスは、そこで紅茶を飲んでくつろいでいるアンダーウッドの姿を発見した。
「お父さん」
メアリーが声をかけると、彼は、
「おう、早かったな」
と、片手を挙げて応える。
「早かったな、じゃ無いわよ。どうなっているの?」
娘の剣幕に、アンダーウッドはきょとんとした表情を浮かべていたが、その隣に立つハミルトンに目を留め、状況をある程度理解したのか、
「それはこっちが聞きたいくらいだ。さあ、これから捜査だ、と思った矢先に、お前は今回の事件に関わるな、だからな。肩すかしも良いところだ」
「いくら何でも、横暴ですね」
エンハンスが純粋に感想を口にする。
「それは俺も思ったが、まあ、お偉いさんの決定だ。俺がどうこう出来る話では無いさ」
口先では物わかりの良いようなことを言っているが、その表情は苦虫をかみつぶしたようで、内心で納得いっていないことは明白だった。
「おい、ところでウイル」ハミルトンが口を挟もうとすると、すかさずアンダーウッドが、
「ジェラルド、お前は何でここにいるんだ?」そんな質問で言葉を遮る。
「おいおい、随分とご挨拶だな。お前の顔を見に来たんじゃ無いか。容疑者にされた男の顔をな」
「ふん、大きなお世話だ。それより、どうする? 一応、先日の事件で、第一発見者が誰だったのか、どういう経緯で発見したのか、そういった事は確認してきたが、聞くか?」
「もちろんです」
ハミルトンを無視するように、アンダーウッドはエンハンスに問いかけると、エンハンスは力強く応えた。
「良い返事だ。分かった、話してやる」
「おい、ウィル、良いのか? 捜査情報を漏らしちまって?」
「構うモノか。俺は捜査から外されたんだ。つまり俺はもう捜査関係者じゃあない。今から話すのはただの思い出話さ」
「しかし」
「お前が外に漏らさなければ、なんの問題も無いことさ。そうだろ、ジェリー?」
ジェラルド・ハミルトンに向け、アンダーウッドはニヤリと笑ってみせる。
「お前は本当にいつも」
ハミルトンはそう言ってあきらめのため息を吐いた。
「なんでもあの日の朝五時に、倉庫の管理局に一通の封書が届いたらしい」
ハミルトンの言葉を聞き流し、アンダーウッドは話し始める。
「あなた方が管理している倉庫で、男の死体を見つけた、といったような事が書かれていた」
「その手紙を出した人物が誰かは?」
「分かっていない。管理局の呼び鈴が鳴らされ、玄関を開けると誰もいなかったが、代わりにどこにでもあるような白い封筒が置かれていることに気がついた。それ以上のことは全く分からないそうだ。どこにでもあるような白い便せんに、筆跡をごまかすような金釘流の文字が書かれていたと言うことだよ」
「そんなの、あからさまに怪しいじゃ無い」
メアリーが思わずそんな声を出す。
「そうは言っても、無記名の告発と言うのは良くある事だ。事件に関わりたくないと言う気持ちからだろうけどな」
「それでも、その手紙を出した人物が怪しいのは間違いないですね。もし、たまたま死体を発見したとしても、その男性はどうしてそんな時間に倉庫にいたのか、そういう疑問が残ります」
エンハンスの言葉に、
「まあ、その通りだな。しかし、我らが名探偵様は、その不審者を捜索する様なことはせず、たまたま犯行時刻に現場の近くにいた俺を逮捕したと言うことさ」
「ところで、アンダーウッドさんは事件のあったあの日、現場には行かなかったのですか?」
アンダーウッドの嫌味に苦笑いを浮かべつつ、エンハンスが問いかける。
「基本、倉庫の中までは確認しないさ。一応、倉庫の中は私有地だからな。探偵様ならいざ知らず、一介の刑事がおいそれと中に入ることはできない」
「それは、そうですね。では、連絡が有ったことまでは分かりましたが、その後、どういう動きがあったのでしょう?」
「手紙を受け取った管理人が、その近くで作業していた作業員に連絡を取り、倉庫の確認に行かせた。そして、手紙の通りそこにモイーズの死体を発見し、警察に通報した、と言ったところだな」
「死体があった以外に、倉庫に異常は無かったのでしょうか?」
「と言うと?」
「鍵が掛かっていなかったとか、誰かがいる気配を感じたとか」
アンダーウッドの疑問に、エンハンスは例を挙げて応える。
「そうだな、鍵は掛かっていなかった。と言っても、中には何も無かったからな、元々掛けていなかったらしい。不用心な話だけどな。それと、倉庫内には誰もいなかった。現場はだだっ広い倉庫だ。物が置かれていなければ遮蔽物のまったく無い場所だからな。一目で誰もいない事は分かったそうだ」
「事件の前、最後に倉庫の中を確認したのがいつかは?」
「それは、分からないな。記録を確認していないのか、それとも確認はしても記録に残していなかったのか、とにかく、そう言った情報は俺の手元には無い」
「調べる事は?」
「できないことは無いだろうが、おれは捜査から外されているからな、どういう理由を付けるか」
アンダーウッドは困ったように腕を組む。
「何とか確認してもらえる方法はありませんか?」
「なんなら、俺が確認してこようか?」
エンハンスの懇願に、渋い顔を浮かべるアンダーウッドの代わりに、ハミルトンが声を挙げる。
「お前が?」
突然の申し出に、アンダーウッドが驚いてハミルトンを見る。
「そんなに驚くことは無いだろう? 俺は、強行犯係のお前と違って防犯が専門だからな。それを利用して、倉庫会社にどの程度の頻度で見回っていたのかを確認するくらいは訳無いさ」
「良いのか? 下手をすると、職権乱用だぞ?」
「なあに、正規の業務の延長線上さ。それに、あの高慢ちきな探偵の鼻を明かせるのなら、こんな愉快なことは無いからな」
ハミルトンは笑顔を見せる。
「さすがは、ジェリーだ。よし、なら、その大役はお前に任せよう。ホーネストも、それで良いよな?」
「え? ええ。構いません。ハミルトンさん、どうか、よろしくお願いします」
「任しときなさい。それで、他に確認するべき事はあるか?」
「そうですね……」
そしてエンハンスは、いくつかの質問をハミルトンに託すと、早速行って来るよ。ハミルトンはそう言ってメアリーの家を出ていった。
ハミルトンを見送った後、エンハンスは、アンダーウッドが逮捕に至ったまでの経緯について説明を求める。
「確かに、あまりにも手際が良かったからな」
アンダーウッドもその点に関しては疑問に感じていたことを打ち明けると、
「倉庫街を出たのは午後十一時、不審な人物はいないし、出入り口の監視はされている、問題は無いと判断してそこを出た後、街の見回りをしつつ署に戻ることにした。町の見回りを終えて署に戻ったのは午前六時頃のことだったかな。突然上司から呼び出しを喰らってな。まあ、呼び出される理由に思い当たる節が無い訳じゃあ無かったが、それにしてもそんな早朝に呼び出されるのはおかしいと思いつつ、顔を出すと、その前の晩、倉庫街に行ったのか、と尋ねられた。まあ、実際その通りだし、隠すことでも無い、それに活動記録を確認したらすぐに分かることだったからな、何も考えずに肯定すると、お前を今から拘束する、と言われて、後は檻の中さ。疑問を差し挟む隙すら無かった」
「六時? 倉庫会社に連絡があったのがその日の五時でしょう? それから、死体の確認、警察への通報、被害者の特定、そして、アンダーウッドさんの逮捕、いくら何でも手際が良すぎますよ」
エンハンスがそう言って驚いた声を出す。
「まあ、その通りだな。だから俺もそこに何らかの作為を感じてしまうわけさ。俺を恨んだ者の犯行じゃ無いかとね」
言っている内容に比して、アンダーウッドは落ち着いた様子で紅茶をすする。
「お父さん、そこまで他人に恨まれる覚えがあるの?」
メアリーがその様子に呆れたように尋ねると、
「まあ、身に覚えは無いけどな、それでも知らないうちに勝手に恨まれていると云う事はあるだろう。お前だって、気が付かないうちに誰かに恨まれているかも知れないぞ? 冷たく袖にした男とかに」
「そんな相手いないわよ。でも、お父さんに罪を被せるためだけに、人を殺したりするかしら?」
「さあな。俺だけで無く、モイーズも恨んでいた人物の犯行、と言うことも考えられる」
アンダーウッドは考えても無駄だとでも言うように、大きく右手を振る。
「でも、お父さんはモイーズと直接の面識は無かったんでしょう?」
「まあな。それでも、人と人の関係というのはどこで繋がっているか分からないからな。とにかく、モイーズの事件に関して俺が知っているのはこんな所だ。お前達の方は、何か分かったか?」
アンダーウッドの問いに、エンハンスは首を振る。
「ただ、今の話を聞いて、容疑者が一人、明確になりました」
「ほう、それは?」
エンハンスの言葉に、アンダーウッドは興味深そうに眉を寄せる。
「アンダーウッドさんを恨み、且つ、モイーズとも関係のあった人物、それはもちろんジェームズ・フランクです」
アンダーウッドは、エンハンスの応えを想定していたらしく、小さく頷いただけで、それほど大きな反応は示さなかった。
「でも、フランクはモイーズの仲間だったのでしょう? それが、どうして?」
「良いかメアリー、人と人の関係というのは複雑な物だ。近ければ近いほど、その二人の間にある絆は、こんがらがる物なのさ」
メアリーは、昨日まで親友然としていた二人が翌日、いきなり口も聞かないほど険悪になっていた、そんな知り合いの様子を思い出し、なんとなく納得した。
「アンダーウッドさんは、フランクの家がどこにあるのかを知りませんか?」
「フランクの家? 知らない事は無いが、どうするつもりだ?」
「一度、行ってみませんか? アンダーウッドさんが負わした怪我の見舞いを兼ねて」
エンハンスはそう言うと、茶目っ気のあるウインクをして見せた。
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