第4話 キサラギとアイスクリン

 「本当か?」

 「えぇ。ただ、本で読んだわけではなくて、電子書籍のような形で読んだはず」

 冬子はそう言いながら立ち上がると、呪われた本を片手に出口へと向かった。

 深慮にふける冬子の代わりに、玲子が浅野に一礼をして、二人は図書室を出た。

 「そう、確か小説投稿サイトにあった作品だった。ジャンルはホラー。タイトルはなかった。作者は女性。それから……」

 冬子は独り言なのか判別のつかない口調でまくし立てた。

 玲子は慣れた様子で鼻唄を唄いながら廊下を歩いた。この状態の冬子には話し掛けないのが一番であると知っていた。

 冬子たちは1年A組の教室に入った。

 冬子は自分の席に着くと、通学鞄からタブレットを取り出し、あるサイトを開いた。

 「小説を投稿できるサイトよ。私は書かないけれど、ここに投稿された作品を読むことはあるの」

 「そうなのか。面白そうだな」

 「あの呪われた本の内容は、少し前、確かにここで読んだことがある。作者名は……そう、アイスクリン」

 作者名から検索し、タイトルのない一つのホラー作品に目が留まった。

 「これか! でも、なんでこの小説が本になって、しかもこの学校の図書室に蔵書されたんだ? あの装丁からして、普通の書店に並ぶような本じゃないよな」

 「その謎を解き明かすには、少し時間がかかりそうね。この作者、アイスクリンさんのプロフィールには、ペンネームと性別しか書かれていないし、投稿された作品はこのタイトルのない作品のみ」

 「内容は全く同じなのか?」

 「えぇ、恐らく一言一句同じものよ。それから、例の本の章タイトルが日付だった訳はこれでわかったわね」

 「なるほど、投稿日か」

 「そう、このサイトに投稿されたのも全部で12章。その各章の投稿日と、例の本の章タイトルは一致しているわね」

 「手掛かりになりそうなのは……」

 「この、キサラギという読者とのコメントでのり取りくらいかしら。6章から10章まではアイスクリンさんとキサラギさんの遣り取りが残っているけれど、11章と12章に対しては、アイスクリンさんの返信はなく、キサラギさんのコメントだけが残っているわね」

 「あの呪われた本の謎を解き明かすためには、少なくともこの二人のどちらかに接触するしかないか」

 「そのようね。夜一に頼みたいところだけれど、彼にはユウレイ絵画の件を依頼したばかりだから、あまり負担をかけたくはないわね」

 「まぁ、トーコの頼みだったら、夜一は喜んで受けるだろうけどな」

 「フフ、そうかもしれないわね。でも、一先ず、私たちにもできることをやってみましょう」

 「集まった手掛かりは本とこのサイトの二つ。そこから、この二人の素性を暴くってことか」

 「そうなるわね。まず、本だけれど、正直に言って手掛かりはゼロに等しいわ。描写の中で、作者の個人情報を推測させるようなものは一切なかった。気になるのは最後の4行くらいね」

 「やっぱり、鍵はこのサイトか」

 「えぇ。プロフィールからわかるのは、アイスクリンさんが女性であること。この、キサラギさんとの遣り取りから分かるのは、アイスクリンさん自身と、キサラギさんの御祖母おばあさんが高知出身だということと、キサラギさんは去年4月に高校生になったこと」

 「つまり、今は2年ってことか」

 「そうなるわね。そして、キサラギさんの知り合いに出版社の人がいること、キサラギさんは多くの人にこの作品を読んでもらおうと考えていることからすれば、あの呪われた本を製本して図書室に蔵書したのは、キサラギさん自身かもしれないわね」

 「そうなると、この学校の2年生にキサラギ本人がいるってことか」

 「恐らく。次に気になるのは、11章の投稿以降、アイスクリンさんのコメント返信が途絶えたことね」

 「12章を投稿したってことは、11章のコメントを見て、敢えて無視したってことか?」

 「その可能性もゼロではないけれど、このサイトには例に漏れず、予約投稿の機能があるわ」

 「予約投稿か……なるほど」

 「10章のコメント返信後、11章が投稿されるまでの間に、11章と12章の予約投稿を済ませていたと考えるのが自然でしょうね」

 「予約投稿ってことは、投稿内容は事前に完成していて、投稿する日時を予め指定しておくってことだよな」

 「えぇ」

 「ということは、この作品はやっぱり、12章で完成していたのか?」

 「どうかしら。私には、この物語には少なくともあと1章分は足りないように思えるわ。それから、予約投稿であるとすれば、何故、最後の章の投稿日を2月4日に指定したのか」

 「節分に思い入れがある……ってのは違うか」

 「そうね、何かしらの意図があったのは確かでしょうね」

 「そもそも、予約投稿でなければならなかった理由は何だろうな」

 「将来的に自力で投稿することが不可能、あるいは、困難であることが予めわかっていたからでしょうね。例えば、病気に罹っていたとか、引っ越しでインターネットに接続できなくなるとか……いえ、後者は不自然ね。一時的な障害であれば、作品の続きを投稿したり、少なくとも、キサラギさんのコメントへの返信をしたりしているはず」

 「兎にも角にも、解決には少し時間がかかりそうだな」

 「えぇ、キサラギさんについては、すぐに見つけられそうだけれど、問題はアイスクリンさんね。彼女の素性、それから、最後の4行の意図を推理する必要があるわ」

 「キサラギって人物に当てがあるのか?」

 「この学校のオカルト研究会会長が2年B組の如月きさらぎ夏衣かいさんよ。まずは、彼を訪ねてみようと思うわ」

 「同好会まで把握してんのか。流石、トーコだ」

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