第3話 どこかで読んだホラー小説

 冬子たちは、先刻座っていたのと同じテーブルに着いた。

 真っ白な表紙には一切文字がなく、開いてみても、タイトルや筆者名は記されていない。

 背表紙のラベルのような、貸出に最低限必要な施しだけはなされていた。

 「目次はあるんだな」

 最初に目に入った文字は「目次」の二文字。章のタイトルは全てだった。

 「変わった目次だな」

 「えぇ。どうやら、一週間刻みのようね。最初の章が11月16日。次の章が11月23日。その後、一週間ずつ経過していくけれど、最後の章は2月4日になっているわね」

 「節分の日か。その前の章が1月25日だから、ここだけ一週間以上空いてるんだな」

 「全部で12章構成ね。とりあえず、読み進めてみましょう」

 冬子たちは肩を寄せ合い、呪われた本を読み始めた。

 「……ストップ! トーコ読むの速いって」

 「あぁ、ごめんなさい」


 内容はホラー小説だった。

 図書室でタイトルのない本を見つけた主人公は、興味本位でその本を借りることにした。帰宅後、自室で読んだその内容は、不可解なものだった。

 ――夜中に爪を切れ、鏡に向かって自分の名前を唱えろ、胸の前で手を組んで寝ろ……

 そういった、意味不明な指示が書き連ねてあるのだ。

 不気味に思った主人公は、本に書かれていた指示など無視して、すぐにそのタイトルのない本を返却した。

 その翌日、一時間目の準備のために、自分の机の抽斗ひきだしを探ると、返却したはずの例の本が出てきた。青ざめた主人公は、再びその本を返却しに行ったのだが、翌日には抽斗に戻って来ていた。

 何度もそれを繰り返しているうちに、主人公は悪夢にうなされるようになった。

 やがて、幻覚も見るようになった。

 主人公はある日、この呪いを解く方法を思いついた。それは、この本を返却したその日のうちに、他の誰かに借りさせるというものだった。それによって、呪いの対象は自分ではなく、新たな借り手に移るだろうと考えた。

 しかし、一つ重大な問題があった。

 、である。

 主人公には嫌いな同級生がいた、先輩がいた、教師がいた。

 主人公は悩んだ末、標的をある同級生に決めた。上手くそそのかし、その同級生に本を借りさせることに成功した。

 主人公は心の底から安堵あんどし、数週間振りの安眠をむさぼった。

 その翌日、主人公が自分の席に着くと、抽斗からはみ出した本が一冊あった。

 主人公はつかみかかる勢いで例の同級生を問いただした。

 「昨日確かに、この本を貸したよな?」

 「何言ってんだ? お前からその本を借りたのは確かだけど、その後、やっぱり返してくれって言うから返したんだろ。


 冬子は最後の章を読み終えた。玲子は、冬子の肩を枕に、スヤスヤと寝息を立てていた。

 「なんだ、読み終わったのか……」

 玲子が左目をこすりながら訊ねる。

 「えぇ、これが最後のページなのだけれど……」

 冬子は最後の4行を指でなぞった。


 ――かれゆく声で叫ぶ。

   るつぼのなか。

   また奴がこちらをのぞく。

   たすけは未だなく


 「文自体も違和感を覚えるが、この4行の前にある空行が気になるな」

 「流石ね、レイレイ。最後まで目を通したけれど、文と文の間に空行を挟んでいるのはここだけよ」

 「最後の行、ここだけ句点がないな」

 「そうね。何故、唐突に声がれてしまったのか。坩堝るつぼとは何を指しているのか。奴とは何か。不自然に途切れた結末の意味は。最後の4行だけが支離滅裂になっているのは確かね。それから、私……この小説をどこかで読んだ記憶があるのよね」

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