第2話 呪われた本の行方

 「昨日の今日で、もう新たな依頼か。絶好調だな」

 玲子は頬杖ほおづえをつき、古武術の本を眺めながら言った。

 「ええ、実に良い傾向だわ。ただ、ユウレイ絵画のように、一日で調査を終えられるような案件ではない、そんな予感がするのよね……」

 「お待たせしました」

 雑務を終えて、浅野が冬子たちの待つテーブルへとやって来た。

 「例の本の貸出情況を調べてみました。本当はプライバシーに関わることなので、禁止されているのですが」

 玲子は身を乗り出して次の言葉を待った。

 「現在借りているのは、2年の山門やまかどさんで、2日前に貸出があったようです。それから、さかのぼって記録を見たところ、およそ3か月前から例の本の貸出が始まったようです」

 「その3か月前から貸出が途切れたことはないのですか?」

 「いえ、一度だけ、返却から次の貸出まで1週間空いたことがあります」

 「なるほど、本の内容が少しわかってきたわ」

 「その山門先輩に直接交渉してみるか?」

 「そうね、本の詳しい内容を知ることが先決だわ。すみません、その山門さんは何組でしょうか?」

 「2年D組です」

 「その本の外見に、何か特徴はありますか?」

 「タイトルや著者が書かれていないことと、あと、真っ白な表紙をしています」

 「表面が真っ白な本……それはまさに、ね」

 「…………」

 沈黙する二人に対し、冬子はまし顔で胸を張った。

 「えっと……他に何かおきになりたいことは?」

 「いえ、特にありません。調査には時間がかかりそうですが、無事に解決してみせます。それでは、本日はありがとうございました」

 冬子たちは頭を下げると、図書室を後にした。

 「あら、その本借りたのね」

 「あぁ、結構参考になる話が載っててさ」

 「レイレイは本当に勉強熱心ね。さて、問題は山門さんが捕まるかどうかだけれど」

 二人が廊下を進んでいると、曲がり角で一人の男子生徒とれ違った。

 「渡りに舟が来たわ」

 「乗るしかないよな」

 男子生徒が右手に持っていたのは、タイトルの無い真っ白な表紙の本。まぎれもなく呪われた本だった。

 「すみません。私は、1年の紫月冬子と申します。その本は今から返却されるのでしょうか?」

 「あぁ、そうだけど」

 男子生徒は面倒臭そうに返事をした。

 「次に誰に貸出すのか、お決まりでしょうか?」

 「……なるほど、この本の噂を聞きつけて来たって訳か。申し訳ないが、先客がいるんでね。そいつと交渉してくれ」

 男子生徒は冬子たちの横を通り過ぎて、図書室の方へと歩き始めた。

 「おい、どうするんだ」

 玲子が声をひそめて言ったのに対し、冬子はウインクを返した。

 「山門さんのDクラス、数学の担任は杉田すぎた先生ですよね」

 冬子の言葉に、山門は立ち止まり振り返った。

 「それがどうしたんだよ。ていうか、何で俺の名前を」

 「杉田先生は週に1度、抜き打ちテストをすることで有名なのはご存知ですか?」

 「あぁ、よく知ってるよ。既にその被害に遭ってるからな」

 「もしも、去年一年分の抜き打ちテストのデータが手に入るとしたら、如何ですか?」

 「君は何を言っているんだ? そんなこと1年の君に出来る訳が」

 冬子は制服の胸元からファブレットを取り出すと、ファイルを開いて画面を山門の方へと向けた。

 「これは、一昨日のテストと全く同じ……いや、問題の順番が入れ替えられているのか」

 冬子は画面をスワイプし、数回分のテストのデータを山門に見せた。

 山門は食い入るようにそのデータに目を通す。

 「メールアドレスを教えていただければ、本日中にこのデータをお送りしますが」

 「……わかった。次に貸す予定だったやつには俺から言っておくから、この本は君に貸すことに決めた。今、決めた」

 「流石、トーコ」

 冬子たちは図書室へと引き返すと、山門の返却と、冬子への貸出の手続を済ませた。

 「じゃあ、例の件、よろしく頼む」

 山門はメールアドレスを記したメモ紙を冬子に手渡した。

 「はい、本日中に必ず」

 冬子の返事を聞くと、山門はそそくさと図書室を去った。

 「上手くいったな」

 「えぇ、こんなに早く入手できるとは思わなかったわ」

 「そういや、あの人の教科担任が何でわかったんだ?」

 「レイレイ、私が入学してから一週間の間に行ったのは、この学校の設備や教員、部活動、委員会などの調査よ。教員の顔と名前、担当教科や担当クラスくらいは頭に入っているわ」

 「抜き打ちテストのデータは?」

 「そのくらいは伝手つてやネットを利用すれば、簡単に入手できるわ。まぁ、レイレイには不要の物だと思うけれど」

 「そうだな。テストってのはどうも、退屈なだけだ」

 「では、早速ひもとくとしましょうか。この呪われた本を」

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