第1話 古書店にて

 冬子とうこは例の古書店に来ていた。

 水縞みずしま公園で玲子れいこと別れた後のことだった。

 昨日のうちに、『絵画に関する都市伝説の本』を読み終えていた冬子は、次なる獲物を必要としていた。

 「あっ……」

 冬子の手と、冬子と同じ制服を着た女生徒の手が、同じ本を取ろうとして接触した。

 「すみません」

 「こちらこそ、すみません」

 2人は互いに会釈えしゃくをし、眼鏡を掛けた女生徒はその場から離れようとした。

 「あの、図書委員の浅野あさのさんですか?」

 「はい、そうですが。何処かでお会いしましたか?」

 「いえ、私はよく図書室で本を読んでいるのですが、その時にお見かけしただけです。私は1年の紫月しづき冬子と申します」

 「あっ、よく見ると、同じ柳國やなぐに高校の生徒さんですね。私は2年の浅野亜美あみと言います。ここには初めて来るのですが、紫月さんはよくいらっしゃるんですか?」

 「はい、毎日のように。……というのも、何故かここ、来る度に並んでいる本が変わるんです」

 「そうなんですか? 不思議な本屋さんですね。……不思議なことと言えば、図書委員の間で、こんな噂があるんです」

 ……噂。

 冬子は、この言葉を耳にした途端、棚の本に掛けていた手を止めて、浅野の手を両手で握った。

 「その噂、聞かせていただけますか?」

 浅野は、少し躊躇ためらってから再び口を開いた。

 「あの、少し子どもっぽいと思われるかもしれませんが、笑わないでくださいね?」

 「勿論もちろんです」

 冬子の眼は本気だった。

 「では、話しますね。学校全体では今、ユウレイ絵画の噂で持ち切りですが、図書委員の間では、呪われた本の噂の方が、ずっと深刻な問題になっているんです」

 「呪われた本?」

 「はい。タイトルのない、不思議な本なんです。著者も出版社も出版年も、何も書かれていません。そんな本が、いつ頃からか、図書室に蔵書されていたんです。そして、その本を読んだ人は、本に書かれた内容と同じ行動をとらなければ、不幸な目に遭うというんです」

 「浅野さんは、実際にその本を見たことがあるのですか?」

 「はい。怖くて、詳しく内容を読んだことはありませんが、何人かの方に、貸出かしだしの対応をしたことがあります」

 「今も、その本は貸出中なのですか?」

 「はい。不思議なことに、返却があるとその日のうちに、次の貸出希望者が現れるんです」

 「本の内容に従わずに不幸に遭った人はいるのですか?」

 「実は、他の図書委員から聞いたのですが、部活動中に骨折した人がいるとか……にわかには信じられませんが」

 「興味深いお話です。あの、ご迷惑でなければ、明日の放課後、図書室でもう一度詳しいお話を聞かせていただけませんか?」

 「はい、構いませんよ。明日はちょうど私の当番ですし、私自身、不気味で仕方がないので、お力を貸していただけると助かります」

 「こちらこそ、垂涎すいぜんものの……いえ、少しでも助力できれば幸いです」

 冬子は、目についた、『図書室にまつわる都市伝説の本』を手に取ると、店主の元へと足を弾ませた。

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