【29】最後のあがき

 ザッと土煙を上げて、聖騎士とアメジスト衛兵隊が、猫のジョーイの周囲をグルリと取り囲む。

 もはや彼に、逃げ場はない。

 アスタを打ち倒し、ハインツや聖騎士たちの剣戟を逃れ、傷ついたシャーリスやアメジスト衛兵隊を討ち滅ぼすまで、彼に勝利の二文字はないのだ。


「ダイー・デタエーフ・トゥスールツ……ダイー・デタエーフ・プーイッシュドネイルフ……」


 それでも猫のジョーイは詠唱をやめようとはしない。


 ならば、ここで決着をつけるのみだ────!

 油断なく、ヘイトブレイカーを構えたアスタがグッとその手に力を込める。

 ロンフォードの黒蜘蛛たちは、まだアスタのうなじに取り付いたままだ。

 狂化毒が駆け巡り、アスタの全身に力がみなぎる!


「────ヘイトルアー!!!」


 ターコイズブルーに瞳を輝かせると、猫のジョーイから昇り立つ黒い靄が、一際大きく膨れ上がって、グルンとうごいて戦慄わなないた。


「ダイー・ムア・グニヴィッル・ダエード……ダイー・ムア・グニーク・ニ・エト・レーエ……」


 呪詛とともに、ゴリラのようにムキムキの身体と化していく猫のジョーイ。

 引き出された大量の憎悪は、山羊の角を持つヒョロ高い人影を成していた。

 細長い手足にするどいツメ。

 やけに大きなおでこと、鷲鼻。


 これが、彼の本当の姿だろう────。


「フンッ……死せる者が何故ゆえに生を求めるのか……。真なる死を受け入れず、しがみついてでも生きながらえるほどの物が、いったいこの世のどこにあるというのだね」


 目を細めるロンフォードの呟きに、アスタはギリッと奥歯を噛み締めた。

 あの世への引導を、この場で渡すことこそ、アスタに託された使命だ────。


「────ヘイトブレイカァーッ!!!」


 バキメキボキガギョボゴゲヘブギブハッドゴブキボゴォッ!!!


 アスタの持つヘイトブレイカーが猫のジョーイの背後に昇り立つ黒い靄を吸い上げる!

 その刀身に幾つもの頭蓋骨が浮き上がり、骨の手がアスタの腕にまとわり付き、鋭い牙がメキメキと伸びていった。

 悲哀と怒りと恐怖と憎しみと綯い交ぜになった無表情の骸骨たち。


「ヒフゥゥゥゥ……」


 漆黒の刃が悲しみに満ちた声をあげる。


「ダイー・ムア・グニヴィッル・ダエード、ダイー・ムア・グニヴィッル・ダエード!!!」


 ガシャッとばかりに、猫のジョーイの手に鋭い鎌のように大きな鉤爪が現れた。


「────ヘルブラックフレイム!!」


 猫のジョーイが言い放ちざま、アスタの足元から黒い炎が立ち昇る!


「うわっ! 熱つっ!!!」


 慌てて飛び退るアスタが目を離した瞬間、猫のジョーイがヒュンとばかりに風を切った!


「キシャアアアアアアアッ!!!」

「くっ……!!」


 飛びかかってきた猫のジョーイの一撃を、ガキィンとヘイトブレイカーで受け止める!

 普段のアスタなら戸惑うばかりでやられていただろう!

 だが今のアスタは、三倍狂化毒で研ぎ澄まされている!!


 ギンと睨み返すアスタの眼差しに、憎々しげに顔を歪めると、猫のジョーイは続けざまに大きな爪を振り上げた!


 ガキンッ! ギンッ、ガンッ、ドズッ! ザシュッ!!!


「くっ……!!」


 数度、引っかき攻撃を受け止めたアスタだが、避けそこねて一撃を浴びてしまう!

 肩から吹き出す血飛沫!


「ギャハアアアアアッ!!!────ヘルブラックフレイム!!」


 再び沸き立つ黒い火柱!

 同時に、猫のジョーイの姿が掻き消える!


 身を捻りながらザッと後退したアスタは、グッとヘイトブレイカーを握る手に力を込めた!!


「ふははははは!! 無駄にデカくなりすぎたのが命取りだね、ダイームアグニヴィッルダエード!!!」


 ロンフォードの勝ち誇ったような高笑い!

 アスタの背後の地面から飛び出してくる猫のジョーイ!!


 だがしかし────!


「(見えた……!!!!)」


 今のアスタに敵はない!

 背後から現れた猫のジョーイの気配を、アスタの第六感がしっかりと捉えていた。


 迷いなく、ブルゥンとヘイトブレイカーを薙ぎ払う!!!


「────ダーク・ザン・ダークネス、スラァァァァッシュ!!!」


 真っ黒の稲妻が轟いて、猫のジョーイを切り裂いた!!


 ズガシャアァァァァァンッッ!!!


「ギャヒィッ……!!!」


 飛び散る紫の血飛沫!

 驚愕に大きく見開かれたその瞳から、フイッとばかりに赤い光が消え失せる。


 ドシャッ、ゴロゴロ……。


 土煙を上げて、地面を転がる猫のジョーイ。

 すでに、全身を覆っていた黒い靄も掻き消えた。


 だが……。



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