【28】すべての元凶

 いつもなら、ダーク・ザン・ダークネススラッシュを放てば、すべての憎しみが解き放たれるはずなのだが。


「これって……」


 激しい憎悪を掻き立てている者が、この周囲にまだ、いる……?

 アスタがロンフォードに尋ねかけようとしたその時だった!


 ザザッ、シュッ!!


「うわわわっ!」


 廃墟の間から、黒い影が飛び出してきた!

 不意打ちを寸でのところで避けたアスタだが、バランスを崩して尻もちをついてしまった!


「滅殺……」


 紺ローブに身を包んだ大男、ケツアゴおじさんだ!!


 背中から黒い靄を滾らせて、フードの奥で爛々と赤い目を光らせている。

 そして、その両手に握りしめた2つの大きな鎌。

 こいつが、ヘイトブレイカーに宿る憎しみの主……?


 戸惑うアスタに再び、ザザッとばかりにケツアゴおじさんが詰め寄ってくる!!


 ガギィン!


「……ぬぅ」

「くっ……」


 振り下ろされた鎌を、ヘイトブレイカーで受け止めるのが精一杯だ!

 高々と振り上げられた、もう一つの鎌!


 まずい、やられる……と思ったその時だった!

 未だにフラつくアメジスト衛兵隊の間を割って、人影が飛び出してきた!


「────セイクリッドリッパー!!」


 女の声とともに、ヒュンと一筋の光が煌めいた!


 バギシャッ!!!


 背後から、一撃の下にケツアゴおじさんの首を跳ね飛ばす!

 シャーリス巡査だ!

 背中から血を滴らせ、荒い息を吐き出しているが、その目の闘志は衰えていない!


 跳ね飛ばされた頭はゴロゴロと地面を転がって、クルリとアスタの方に向き直る。

 切り取られてなお、爛々と輝く赤い瞳!


「フンッ!!」


 頭を失ったケツアゴおじさんが、シャーリス巡査めがけて鎌を薙いだ!


 キンッ! カンッ、ガッ!


 まだ動ける!?

 しかも頭が無くてもまるで問題ないかのように……!

 これが傀儡の、戦闘能力か!


「くっ……」


 手負いのシャーリス巡査は、ケツアゴおじさんを相手に防戦一方だ。

 先ほどのスキルですら、死力を振り絞った一撃だったに違いない。


「僕が相手になります!」


 言い放ちざま、ハインツがショートスピアで突きを繰り出す!

 スッと避けたケツアゴおじさんと、ヨロリと片膝をつくシャーリス巡査の間に素早く割って入るハインツ。

 速い!


「────アークライトスラッシュ!!」


 シュンッと風を切り裂いて、ケツアゴおじさんの右太ももを跳ね飛ばす!

 さらに左右に詰め寄った聖騎士たちが、その左脚と右肩を跳ね飛ばした。

 そして、背後に回りこんだ聖騎士が、地面に向かって剣を突き立てる!


「────ターンアンデッド!!」


 キラーン!!!


 昇り立つ光の十字架!

 ケツアゴおじさんの身体がガクガクと揺れて、ポロリと鎌を地面に落とす。


 地面に転がっていた頭から、赤い光が掻き消えて、ケツアゴおじさんはドサリと前のめりに崩れ落ちた────。


 今度こそ、終わった……?


 ────いや!

 倒れ伏したその身体から昇り立つ黒い靄が、掻き消えない……?

 それにヘイトブレイカーも、黒い刀身を不気味に光らせたままだ!

 ……これはどうしたことだろう?


 シーンと静まり返った噴水広場で、誰もが、ケツアゴおじさんの胴体に視線を注いでいる。


「おのれ、年端も行かぬ小僧どもめ……我が楽園を踏みにじりよって……」


 喉の奥から絞り出すような呪詛の声。

 ケツアゴおじさんのうなじあたりがモゾリと動いて、フードがはらりと払いのけられる。


 そこから姿を現したのは……!!


「じょ、ジョーイ!? 猫のジョーイ!?」


 間違いない、あの、猫のぬいぐるみだ!

 ダランと垂れ下がっているだけだったのがウソのように、今はしっかりとその細長い足で立ち上がり、眠たげだったその目をカッと見開いて、真っ赤に爛々と光らせている。


「ふわーっはっはっはっ! ついに姿を見せたね、傀儡使いくん! いや……

 ────ダイームアグニヴィッルダエード!!!」


「これが……ハンナちゃんを脅していた、張本人……?」


 まさか、ずっと一緒にいたなんて……!


「我が謀略を踏みにじるとは……やってくれたのだわ……」


 ギリリと歯軋りをして、苦々しげに睨みつけてくる。


「これは……どういうことですか、ロンさん?」

「すみません、ハインツさん! 今は説明している暇が無いです!」


 立ち上がったアスタは息を整えながら、まだ黒い刃の残るヘイトブレイカーを、両手に構えた。


「フフッ、自らの庭園に引き込めば、数で圧せるとでも思ったのかね? 確かに、やって来たのがアスタくんとシャーリスくんだけだったならば、キミの薄っぺらな計画も成就したかもしれないねぇ。だが、無駄骨だったのさ。────諦めたまえよ、バケモノくん」


 スッと腕を組みながら、ロンフォードが言い捨てる。

 その瞳に嘲りの色を湛え、猫のジョーイを冷たく見据えていた。


 だが、猫のジョーイは聞く耳を持たないといった様子だ。

 ダラリとした細長い手をユラ~リと大きく漂わせ始めた。


「フーッ、フーッ……我がとっておきの秘術を見せようぞ……

 ダイー・デタエーフ・チェアエプー……ダイー・デタエーフ・エヴォール……」


 瞳を真っ赤に輝かせ、呪詛にも似た呟きを吐き始める。

 すると、ボコリと音がして、その細い肩が隆々とした筋肉に包まれた。


 どうやら、凶悪な姿へと、変貌しようとしているようだ────!

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