【25】三倍狂化毒

「ルア~~ルルルルゥ~~~~~~」


 上空高くを旋回しながら、ブラックマントが歌声を上げている。

 その声に応えるかのようにして、ブラックマントの周囲に集まってきている無数の影……。

 フォレストハーピーたちだ!

 ブラックマントが、新たにフォレストハーピーを呼び寄せたのだ。

 忌々いまいましい人間目掛けて、一斉に攻撃を繰り出してくるつもりに違いない。


 そして時折、ザワザワと茂みが揺れ、木々と廃屋の陰から傀儡くぐつたちの赤い目がチラチラと見え隠れしている。

 アスタ目掛けて特攻するチャンスを伺っているかのようだ。

 彼らもなんとかしなければ……!


「アスタくん、『三倍狂化毒』でブラックマントも傀儡も、まとめて一気に仕留めるぞ!」


 教会の屋根の上から軽やかに舞い降りたロンフォードが、バッと両腕を広げてマントを翻す。

 三倍狂化毒……そう、それがあればきっと、ブラックマントも傀儡もまとめて撃退できるだろう。


「でもロンさん! 傀儡の中にはハンナが……!」

「は? なぁにを寝言を言ってるんだね」

「だって、いたんですよ! ハンナそっくりの傀儡が!」

「ふわーっはっはっはっ!! 何を迷うことがあるんだい、彼らは単なる傀儡! もう死んでいるんだ! 我々がすべきことは、ダイームアグニヴィッルダエードから彼らを解放してあげることだと思わないかね?」

「ロンさん、アスタくん。事情はよくわかりませんが、あのブラックマントを逃すわけには行きません」


 ブラックマント迎撃に向けて、すでに隊列を整えた様子のハインツが、真剣な眼差しを送っている。

 見れば、馬から降りた10名のアメジスト衛兵隊が、茂みに向かって大きなスクエアシールドと長槍を構え、噴水の周囲にずらっと半円状の防衛ラインを築いている。

 その防衛ラインの内側では、3人の聖騎士たちがロングソードを構えていた。


「迎撃体制は万全です。あとはアスタくんのヘイトルアーで、アレを地表まで引きずり下ろしていただけますか?」

「いいとも、ハインツくん! アスタくんがヘイトルアーを放ったら、キミたちはまず、特攻してくるであろう傀儡とフォレストハーピーたちを撃退してくれたまえ! 傀儡たちはターンアンデッドをフルバレットブーストで十分だろう!」

「なるほど、わかりました。ブラックマントへの初撃は、アスタくんにお任せしましょう。あれに取り憑く”呪蠱じゅこ”を解き放ったあとは、僕たちにお任せください」

「ああ、それでいいだろう! いくぞ、アスタくん!!」

「ちょ、ちょっと! ま、待ってくださいよ!」

「傷ついたシャーリスくんも助けねばならない! 我々は未来へ前進するしかないのだよ、アスタくん!!!」


 ガシっと腰に両手を当てて胸を張り、マントをはためかせるロンフォード。

 冷や汗がアスタの頬を伝い落ち、胸の鼓動が嫌な感じに高鳴っていく。


 首に巻かれた白い幅広の首輪をグイと押し下げると、アスタはゴクリと生唾を飲み込んだ。


 ────ロンフォードに賭けるしか無い。


 いつだってそうだった。


「ロンさん、俺に三倍狂化毒を!!!」


 意を決して立ち上がると、スチャリとショートソードを構えるアスタ。

 ロンフォードはニヤリと笑うと、サッとばかりに腕を振り上げた。


 ロンフォードの使い魔たちがもたらす『狂化毒』────。


 一時的にバーサーカー状態となって、身体能力と戦闘能力を飛躍的に高めるスキルだ。

 先天性精霊力者グァルノイドには絶大な効果を発揮するうえ、しかも1匹でも十分なところを3匹分にパワーアップして叩き込むロンフォードオリジナルの強化版!


 未だに、三倍狂化毒を受けたアスタの前に屈しないモンスターには出会ったことがない。

 アスタとロンフォードが織り成す必殺スキルなのだ!


「行け、我が深謀遠慮にして叡智を司る下僕らよ! ────三倍狂化毒!!」

「キキィッ!」


 金切り声を上げて、3匹の黒蜘蛛がアスタの首筋に飛びかかる。

 そして大きな顎をクワッと開いて、その項にグズっと噛み付いた!!


 瞬間、アスタの目がターコイズブルーの輝きを放つ!

 こめかみに、首筋に、手の甲に、極太の青筋が浮き上がっていく!!


「う、お、お、お、お、お、おおおおおおおおおおおっ!!!!」


 アスタの全身を駆け巡る、黒蜘蛛たちの狂化毒!

 漲る力にギシリと歯を軋らせて、アスタの髪の毛が総毛立つ!

 これでもう、ブラックマントの歌声も怖くないだろう!


「アメジスト衛兵隊は、マジックシールド展開! 聖騎士は、フォレストハーピー撃退の用意!」


 ハインツの号令に、アメジスト親衛隊がドンと音を立ててスクエアシールドを地面に突き立てた。


「────アメジストアークライトフィールド!!」


 ビュンと音を立てて、薄紫色の光がドーム状に広がって、噴水広場を包み込む。


 その背後で、アスタがグンとばかりにショートソードを突き上げる!

 そして天に向って高らかに吠えた!


「────ヘイトルアアアアアアアアアッッッッ!!」


 ズバヒュゥゥゥゥンン!!


 アスタの周囲を旋風が舞い踊る。

 瞬間、上空のブラックマントとフォレストハーピーたち、そして木々の間の傀儡たちからからキラーンとばかりに赤い光が放たれた。

 三倍狂化毒を受けたアスタのヘイトルアーは、モンスターが秘める憎悪のすべてを残らず引き出すのだ。


 瞬く間に、上空を覆い尽くす漆黒の靄!!

 陽光を遮り沸き立つ黒い靄は、シュワシュワと蠢いて、コウモリの姿を成していく。


 黒い靄に太陽が遮られ、薄暗い影に覆われていく噴水広場。


「ぐももっ!!!」

「ぶほぅっ!!」


 くぐもった声とともに、茂みの中から十数体の傀儡たちが一斉に飛び出してきた!

 どの傀儡も、全身から黒い靄が立ち上り、それが苦痛に満ち満ちた顔を成している。

 傀儡に込められた地縛霊たちの憎しみや悲しみや怒りが、止めどもなく溢れ出しているのだ!


「クルアアアアアアアアア~~~~フルルルルルルルル~~~~~!!」


 上空から響き渡る怒りに満ちた大合唱。


 その瞬間、マジックシールドを展開するアメジスト衛兵隊たちの身体がグラリと揺れる。

 ドーム状に展開された半透明シールドが、僅かに瞬いた。

 これは、まずい!


「ぐもうぅっ!」


 傀儡たちから一斉に投げつけられる石つぶてと、放たれる矢!

 さらに上空にいた数十羽ものフォレストハーピーたちが、一斉に襲いかかってきた!!


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