【24】逃走!

「ルアアアアアァァァァッ!!」


 背後から、襲い来るブラックマントの歌声!

 頭の中がグラ~ンと揺れて、足がもつれて転けそうになる。


 そんなアスタ目掛けて、ブラックマントの放つ黒い矢が襲い来る!


「うわおうえぐおおおおふはああああああっ!!」


 揺れる意識の中、意味不明の喚き声を上げながら、右に左に樹木や廃屋の壁を巻くようにして駆けていく。

 木の幹に乾いた音を立てて突き刺さる黒い矢。

 さらに傀儡たちが茂みを蹴り散らす音が、徐々に迫り来る!


「や、やばいいいいいいいいいっっ!!」


 と……!


 ガランゴロォン、ガランゴロォン……。


「……教会の鐘の音!?」

「ヒュルルルルァァァァ~~~~」


 ハッとすると同時、背後でブラックマントが風をまいて上昇していく。

 ザザァと木々の葉を揺らし、森の外へと飛び出していった。


 『ブラックマントは警戒心が強く、大きな音に敏感だ────』


 たしか、シャーリス巡査がそんな事を言っていた。

 どこの誰だかわからないが、この状況下ではラッキーだ。

 あとは追いすがってくる傀儡たちを、なんとかしてまけば……!


 バサッと茂みを掻き分けて、勢い良く飛び出した先は……村の噴水広場だ!

 天高く昇った太陽から、燦々さんさんと陽光が降り注いでいる。


「ひいいいいいっ!」


 情けない声を上げながら、壊れた噴水の背後へと走り込む。

 きっと周りを囲まれた……と思ったが……?


「……あれ?」


 傀儡たちが、追ってこない……?

 森の茂みの影から、ジリジリとした様子でアスタの方を伺っている。


「陽の光……? 陽の光が嫌なのか!?」


 ハアハアと荒い息をつきながら、何がなんだかわからないアスタ。

 だが、おかげで一息つけるのも事実だ。

 このまま、ここでヘイトルアーの効果が切れるのを待つか……?


 ブラックマントはまだしも、傀儡たちは単にヘイトルアーに巻き込んでしまっただけかもしれないし。

 今はまだ、交戦せずにいられるならそれが一番だ。

 シャーリス巡査を助け出し、できればロンフォードの意見も聞きたいところだが……。

 ……ロンフォードはいったい、どこに?


 その時、アスタの周囲を、大きな黒い影が包み込んだ。


「ルアアアアアアアアアッ!!!」


 大声とともに、真上からブラックマントが突っ込んでくる!!

 歌声にやられてグラリと意識が揺れ、尻もちをつくしか無い!!


「うわああああああっ!!」


 ガランゴロォン、ガランゴロォン、ガランゴロォン!!


 鳴り響く鐘の音に、ブラックマントがクルリと身を翻す。

 よほどに、大きな音が嫌なのか!?


 憎々しげにアスタをめつけたまま、螺旋を描いて上昇していく。

 今は再び鐘の音に救われたアスタだが、ヘイトルアーが効いているうちは何度でも襲い来るだろう。


 茂みから出てこないとはいえ、周囲は傀儡たちに囲まれている。

 彼らも何かのきっかけで、飛び出してくるかもしれない。


 どうする!?

 どうやってこの場を逃げ出すか……。


 アスタがそんな考えを巡らせている時だった。


「はいやーっ!!」

「はぁーっ!」


 突如として村の出口の方から響いてくる、馬の駆ける足音と男たちの声!

 噴水広場まで駆け込んでくると、ヒヒーンと馬をいななかせて立ち止まり、先頭の男が空を見上げた。


「あれは、ブラックマント!! やはりここにいましたか!」


 肩まで伸ばしたイスパン特有の金髪と、涼し気な碧眼。

 マルカデミーの制服の上から着込んだスケイルメイルに、右手にはマルカデミーガントレットとショートスピア。


 見慣れたその人こそは────!


「は、ハインツさん!」


 ────マルカグラード聖騎士養成アカデミー本科生にして風紀委員のハインツ=ハイネス・ハインリッヒその人に間違いない!


 その後ろには、プレートアーマーを着込んだ一団が続いている。

 マルカーキスレッドのスカーフを首に巻き、第一州マルカーキス伯領の旗を掲げた3人はマルカグラード聖騎士団だ。

 プレートアーマーの上から紫色の外套を羽織り、第三州シビラリウス公爵夫人領の旗を掲げた一団は……おそらく第三州自警団のアメジスト衛兵隊だろう。


 このタイミングで、まさかの援軍だ!


「やあ、アスタくん! ロンさんは?」

「ようやく来たかね、ハインツくん!!! 遅かったじゃないか!」


 アスタの背後、教会の屋根から響く大声。

 白マントを翻し、キランとばかりに丸メガネを光らせるイスパンの男────。

 ロンフォードだ!!


 アスタは思わず、ホッと安堵の息を漏らしていた。

 ロンフォードにハインツ。

 2人がいれば、もう────恐れるものは何も無い!



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