【21】追跡

 事務室を飛び出して、全速力で階段を駆け下りる。

 そして玄関ホールに飛び出したアスタは、そこでギョッとなった。


「人形たちが、いなくなってる!」


 昨晩、あれほどズラッと並んでいた木の人形が、一体もそこに見当たらないのだ。

 いったい、どういうことだ!?

 嫌な予感しかしない!


 湧き上がる焦燥感に、アスタは玄関ドアを勢い良く開いて外へ飛び出した。

 驚いて「ヒヒン」と声を上げる馬に、チラッと視線を走らせた時……!


「バートンもいない……!」


 3頭の馬たちと仲良くそこに繋がれていたはずの、バートンまで姿を消している!


「どうしてバートンまでいないの!? 期限は明日のはずでしょう!?」


 シャーリス巡査も動揺が抑えられないようだ。


「『うたげの時は近いと思え』」


 手紙に書かれていたその言葉が、アスタの脳裏を駆け巡る。

 これはもう、ダイームアグニヴィッルダエードが、『宴』の準備を始めたようにしか思えない。


「アスタくん、あそこ! ケツアゴおじさんが!」


 シャーリス巡査が指差す先、村の中央広場へ走り去る背中がチラッと見えた。


「待ちなさい!!」


 シャーリス巡査が盾を手に取り、腰に下げたサーベルを抜き放つ。

 それを合図に、アスタも一緒に駆け出していた。

 今この状況で、あの男を逃すわけにはいかない!!


 廃屋の連なる通りを抜け、噴水のある中央広場まで走り出る。


「どこへ行った!?」


 紺ローブの大男は、颯爽と行方を眩ませてしまった。

 ここは彼にとって庭のようなものだ。

 地の利は向こうにある。

 もしも鬱蒼うっそうとした森に逃げ込んだのならば、到底、アスタとシャーリス巡査に見つけ出せようはずも無いだろう。


「……何か、聞こえる……?」


 盾とサーベルを構え、辺りを油断なく見渡していたシャーリス巡査が、耳をそばだてている。

 アスタもそれにならって、耳を済ませると……。


「……お兄ちゃん……」


 廃屋の向こう、木々の間から、少女の声……!


「お兄ちゃん……あたしは、ここだよ……」


 今度ははっきりと、2人の耳に届いた。

 どうやら……茂みの向こうらしい。


 木々の生い茂る深い森の奥から、少女の声は聞こえてきているのだ。


「ハンナ……? ハンナなのか?」


 問いかけるが、声がパタリと止んでしまう。

 もしも、これが敵の罠ならば……。

 そんな思いがアスタの脳裏を駆け巡る。


「行きましょう、アスタくん。どうせ私たちには、他に道が無いもの」


 盾を前方に構えて、キリッと表情を引き締めるシャーリス巡査。


 虎穴に入らずんば虎児を得ず……。

 いつだって冒険は死と背中合わせだ。

 そうした時にも、ロンフォードさえいてくれれば、どんなピンチでも打開できるのだが……。

 そのロンフォードも、下手をすればもうこの世にいないかもしれない。

 もしもそうだとすると……。


 思わず視線を落として、溜め息をつくしか無い。


「お兄ちゃん……お兄ちゃん……。怖いよ……」


 再び聞こえてくる少女の声。

 アスタは顔を上げると、腰に下げたショートソードをスッと引き抜いた。


 ……今は、自力でなんとかするしかない。

 それに、シャーリス巡査も一緒だ。

 もしかしたら窮地で何かが弾けて、ロンフォードのアレと同じぐらいの力が出せるかもしれないし。

 手にした霊鉱石ラムセス製のショートソードに秘められた力を、最大限に発揮しさえすればどんな敵だって……。


 ────その時はきっと、平穏の終わりの始まりだ。


 そう思うと、やっぱり深い溜め息をついてしまう。


「行こう、シャーリスさん」


 アスタの言葉に深く頷くシャーリス巡査。

 そのすぐ後ろから、アスタもゆっくりと、深い森へと分け入って行った。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 所々に、廃墟が残る深い森。


「お兄ちゃん、ここだよ……」


 徐々に声が大きくなっていく。

 背丈ほどまで伸びていた茂みは徐々に低く解けていき、陽光は高い樹木の枝葉に遮られ、辺りは一層暗さを増していく。


 恐る恐る進むうち、眼前の木々がまばらになったかと思うと、背の低い茂みの向こうから一際太い巨木の幹が姿を現した。


「こ、これは……」


 アスタもシャーリス巡査も、ハッと息を飲むしか無い。


 ────巨木の根元に、うず高く積み上げられた無数の死骸!


 人も、馬も、牛も、羊も、豚も……。

 一切の血が吸い取られ、干からびたミイラのような姿だ。

 頭蓋はカチ割られ、目玉は無く、大きく引き裂かれた腹の中身は空っぽ。


 それらが巨木に寄り添うようにして、うず高く積み上げられている。

 そんな死骸の山の上に、うずくまる人影────!

 亜麻色の髪に、肩から羽織ったオリーブ色のポンチョ。

 見慣れたその姿は……。


「ハンナちゃん!」


 シャーリス巡査の呼びかけに、ピクリと身動ぎする。

 そして……ゆっくりと腰を上げ……2人の方を振り返った。


「えっ……」


 わずかばかりの安堵感が込み上げていたはずの2人が、揃って言葉を失う。

 たしかにその少女が纏う衣服は、ハンナのものだ。


 だが────!


 2人に向けるその顔は、ツルンとしていて目も鼻も口もなく、見えるのは木目だけ!

 服には真っ赤な血糊が飛び散り、そしてその足元には……ロバのミイラ……?


「く、傀儡くぐつ? う、ウソだろ……? ハンナは……ハンナは傀儡だったっていうのか……?」

「ウソよ……そんなのウソよ! ハンナちゃんが……ハンナちゃんが……」


 それに、足元の死骸は、バートン……?


 斜め前に立つシャーリス巡査も、小さく肩を震わせている。

 きっと、この信じがたい光景に、戸惑いを隠せないのだろう。


 だが……昨夜、ロンフォードが掘り返していたあのお墓。

 地縛霊ならば100年経とうが、その霊体がこの世から消え去ることはない。

 それに、ハンナにだけ聞こえる声。

 それらはつまり、ハンナが傀儡で、傀儡使いの言葉を聞いていたからだ、ということでは……?

 筋が通っているような……気がする……。


 でも……。

 事務室に駆け込んできた裸のハンナや、ベッドで寝入っているハンナ。

 あれは絶対に、生身だったはずだ!

 だとしたら、アスタたちが眠りこけているうちに傀儡にされた……?

 でもそうなると、ハンナに聞こえていた声は……??


 混乱するアスタの目の前で、傀儡の少女がスッと頭上を指し示す。


「助けて、お兄ちゃん……助けて……。あれが、あたしをいじめるの……」


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