【19】誰の墓

「その理由が、この墓の中にあるんです?」

「いや、これは別件さ。墓標を見てみたまえよ!」


 ニヤッとイタズラげな笑みを浮かべるロンフォード。

 シャーリス巡査が怪訝そうな表情で、墓石にランタンの光を当てた瞬間……!

 アスタとシャーリス巡査は揃って、息を飲んだ。


「これって……!!!」


 墓石に刻まれたその名前。


「ハンナ=ミゲルニクス……って、えええっ!? は、ハンナの、お墓……?」


 シャーリス巡査は言葉を失い、目を見開いて口元を手で覆っている。

 ロンフォードはそんな2人の様子に、ニヤニヤが抑えきれない様子だ。


「不思議だろう? 没年を見て見たまえよ」

「I.C.226年リボットーコ月19日……って、100年も前?」


 それに生年がI.C.202年ということは……24歳にして死亡した?

 ハンナは明後日の誕生日に6歳になるらしいが……これって……?

 アスタには、何が何だか分からない。


「フフフ、この土の下から、いったい何が出てくるだろうね? 私は興味津々だよ!」


 土に突き刺すシャベルの先が、ガツッとばかりに何か固い物に当たる音。

 おそらく、棺桶に到達したのだ。


「どうやら、掘り当てたようだ! アスタくんもボヤッとしてないで、手伝いたまえよ!」


 どうしたものかと逡巡しゅんじゅんするアスタだが、一つ大きく息を吐き出すと、両手で土を掻き避け始めた。

 みるみるうちに、棺桶の蓋が姿を現す。


 シャーリス巡査は、信じられないといった表情のまま、2人の作業を見つめているだけだ。


「そろそろいいだろう!」


 両手用シャベルを放り捨て、ロンフォードがブワッと両腕を広げる。


「我が深謀遠慮にして叡智を司る下僕たちよ、我が言葉に従いて汝らの力を行使するが良い────!」


 ロンフォードの右手にはめたマルカデミーガントレットが、白い光を放って輝く!

 マントがバサバサとはためいて、その中から2匹の黒蜘蛛が飛び出してきた。


「キキキィ!」


 呪術師ロンフォードの、使い魔たちだ。

 甲高い声を上げて、棺桶の蓋を這い回る。


「棺桶の釘を抜け!」


 彼らはロンフォードの意に従う忠実な下僕だ。

 高いところも暗い場所も、彼らなら苦にしない。

 時には目となり耳となり、幾度と無く、ロンフォードとアスタに有用な情報をもたらしてきた。


 そして8本の足を器用に使い、細かい作業も見事にこなす。

 それに、30cmほどのその小さな身体にもかかわらず、信じられない程の力強さを発揮する。

 黒蜘蛛1匹と蜘蛛の糸1本で、ロンフォードの身体を宙に吊り下げられるほどだ。


 しかし、あれれ……?

 いつもなら3匹いるはずだが……1匹足りない。

 もしかして、すでに何かしている最中なのだろうか??

 屋敷のどこかを探っている、とか……?


 首を傾げるアスタを置いて、深々と打ち据えられた錆びついた釘が、2匹の黒蜘蛛たちによってスポンスポンと音を立てて抜け飛ぶ。


「いいだろう! 中を拝見しようじゃないか」

「待ってください! これって、死者への冒涜ぼうとくじゃありませんか!?」


 シャーリス巡査が、差し迫った声をあげる。

 確かに、恐れ知らずの失礼極まりない行為に違いない。


「真実を追求する者に、この世の断りなど無為に過ぎない! 私は前へと進むのみさ!! 安心したまえ、シャーリスくん。キミのような純真にして純僕な市民に、危害が及ぶことなどありはしないのだから」


 言い放つと、ロンフォードはグッと棺桶の蓋に手を掛けた。

 そしてジャラジャラと土と小石を撒き散らし、勢い良く開け放つ。


 即座に、シャーリス巡査の持つランタンが、棺桶の中身を照らし出す。

 そこには……。


「ふむ、身長からして成人女性だ」


 顎に手を添え、ピクリと片眉を上げるロンフォード。

 さしものロンフォードも予期していなかったか、もしくは思ったよりツマラナイ結果だったか……。


 確かに棺桶には、成人女性の亡骸が埋葬されている。

 ボロボロになった衣服、頭にはパサパサになった焦げ茶色の髪の毛が数本残っているだけ。

 胸には薄汚れたブローチがひとつ。

 あとは何もない。


「アスタくん、元に戻しておいてくれたまえ。終わったら、ゆっくり休むと良い」


 サッと足元のランタンを拾い上げると、ロンフォードがさっさと歩き始める。


「ろ、ロンさんは、どこに行くんですか?」

「ちょっと、ロンさん! あなたがやったことでしょ? 元に戻していきなさいよ!」

「私は忙しいのだ! あとは頼んだよ!」


 ブンと片手を振り上げると、振り返りもせずその場から去っていく。

 アスタもシャーリスも、呆気にとられるしか無い。


 天高くに昇った月が、静かに2人を見下ろしている。

 そういえば、教会の鐘の音って……ロンフォードの仕業だったのだろうか?


 呆然としたまま、墓標に目を走らせる。

 本当にこれは、ハンナの……?

 それとも名前が同じだけの、全くの別人なのか?


 ……何がなんだかわからない。


 アスタは溜め息をつくと、そっと棺桶の蓋に手を掛けた────。


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