【17】死せる村

 ────村の中央広場。


 そこは、白い燐光りんこうを放つ幽霊たちでごった返している。

 出店を開いている様子の女もいれば、芸を披露している道化師、横笛を掻き鳴らしている音楽隊の一団に、しきりと掃除をしている老婆や、噴水に腰掛けてジッとしている老人、グルグルと広場の周囲を駆けまわっている若者たちなどなど。

 まるで、祭りの最中さなかにいるようだ。


 皆、ボソボソと小声だが、それでも時折耳に届く声は、明るく楽しげだ。


「なんだか、みんな、とても楽しそう」

「そうだね。誰も、俺たちのことなんか興味ないみたいだ」

「ええ。夢中になって、この世の春を謳歌してる、って感じね」


 ロンフォードの言った通り、どうやら危害はなさそうだ。


 ただ、どこか……アスタには何か引っかかるものがあった。

 楽しげな様子には間違いないが、何かが足りない。


 よくよく見れば、誰も互いに干渉すること無く、それぞれがそれぞれに、やりたいことに没頭しているだけなのだ。

 まるで客を相手にしない店主、店先に並んでいる品とは全く違う物を買って嬉しそうな表情をする客、ゲームの途中で勝利を宣言して大喜びしている若者……。

 一見、みんなで集い楽しんでいるようで、実は個々に好き勝手にやっているだけという……。


 果たしてそれは、本当に楽しいのか?

 ふと、ハンナの「友だちはバートンだけで、他にいない」という言葉を思い出す。

 確かにこれでは、とても友だちになれないだろう。

 屋敷で家事をしている木の人形たちだって同じだ。

 少しの会話はできるが、決められたことを淡々とこなしている時間の方が圧倒的に多い。

 あれじゃハンナは、ちっとも楽しくないに違いない……。


 イキイキとしているようで、やはりここは……死んだ村なのだ。


 そんな村の中央広場を横切って、2人は教会の前までやってきた。

 屋敷と同じく、壁一面、蔦が覆い尽くしている。

 戸口のすぐ横に停めてある古ぼけたほろ馬車の車輪にも、同じく絡みつく蔦。

 あちこちにこけし、合間からキノコが顔を覗かせている。

 もう何年も、このままの状態で放置されている……そんな様子だ。


 ただし、そんな中でも、教会の戸口には一切、蔦が絡んでいない。

 日頃から、誰かが利用しているのだろうか?


 シャーリス巡査がキイと音を立てて、教会のドアを押し開く。

 同時に、とても埃っぽくてカビ臭い匂いが鼻を突いた。

 真っ暗な中は、しーんと静まり返っている。


 誰か出入りはしているようだが、あまり手入れはされていないようだ。


 ランタンの明かりに照らされた部屋は、村の教会によくあるこじんまりとした広さだ。

 4人掛けの長椅子が左右に6つずつ。

 ただし、その奥の主祭壇の置かれた内陣ないじんは、一際天井が高くなっている。

 外から見た感じだと、その上が鐘楼だろう。

 アーチ状の天井付近は、絵画のような精巧なステンドグラスが一面にグルリとしつらえてある。

 小さな村にしては、やけに凝っている印象だ。

 そういえば、昔の記録を調べていたロンフォードが「経済的には潤っていたようだ」とか言ってた気もする。

 きっと、そうした儲けをこういうところに使っていたのだろう。


「見て、あそこのドアが開いてる」


 シャーリス巡査が指差す先、内陣ないじんの横手のドアが半開きになっていた。

 きっと墓地か、司祭の居住空間に続いているはずだ。


「行ってみよう」

「ええ」


 2人はそっと足を忍ばせながら、ドアの方へと近づいていった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ザック……ザク、ザック……。


「待って、何か聞こえるわ」


 内陣横の、半開きのドアの前まで来た時だった。

 シャーリス巡査が「しぃっ」とばかりに人差し指を唇に当て、足を止めた。


 ザクッ……ザッ……。


 半開きのドアの向こうから、土を掘る音がする


「きっと、ロンさんだよ」


 頷き返しながらも、シャーリス巡査は慎重に、半開きのドアの向こうを覗き見る。


「ランタンの明かりが見えるわ……それに……白いマント」


 どうやら、ロンフォードに間違い無さそうだ。

 シャーリス巡査はそっとドアを押し開けて、その向こうへと足を踏み出した。


「ロンさん!」


 足元にランタンを置いた人影が、チラリと顔を向ける。

 丸メガネがキラリと光り、その奥の碧眼がイタズラげな光を湛えていた。


「おや、アスタくんじゃないか」

「な、何やってるんですか、ここで?」


 そこは、教会裏手の集団墓地のようだ。

 少し開けた場所に、ビッシリと生い茂る背の低い草。

 その茂みの中から頭を覗かせている墓標には、やはり蔦が絡みついている。


「気をつけたまえよ。あちこち、穴だらけだからね」


 アスタとシャーリス巡査の2人が「えっ」とばかりに足を止める。

 周囲にランタンをかざすと、確かに、ロンフォードの言葉通りらしい。

 いくつもの墓が、掘り返されているのだ。

 ボロボロの棺桶が、開け放たれたままで放置されている……。


「これ、まさかロンさんが1人で……?」

「そんなわけがあるかい。私が掘り返してるのは、この墓だけさ。他は、もとからそうなっていたのだよ」


 手にした両手用シャベルをザクっと地面について、ロンフォードが額の汗を拭う。

 こうして肉体労働をするなんて珍しい。

 よほど興味を惹かれる何かがそこにあるのだろう。


「まさか……村の幽霊たちは、墓を自分で掘り返して出てきたってこと、ですか……?」


 シャーリス巡査の言葉に、ロンフォードは呆れたと言わんばかりの表情で首を横に振った。


「彼らは、墓に埋葬すらされない地縛霊さ。墓の中から出て来ただなんて、あり得ないね。掘り返された墓は、盗掘に遭ったに違いないよ。教会の表に、ほろ馬車が停まっていただろう?」

「え? ああ、ありましたね」

「その幌馬車の荷台に、このシャベルとそしてツルハシ、それから木箱の中には盗品と思しき財宝が詰まっていたが、見てないのかね?」

「そ、そうなんですか……」


 誤魔化し笑いを浮かべてみせるアスタに、ロンフォードはさも呆れたと言わんばかりに、大袈裟に肩をそびやかしてみせる。

 細かいところまで観察すれば、自ずと真実は見えてくる。

 だが、調べもせずに見過ごしていれば、それは迷宮の深みにハマるのと同じこと。

 そう言いたげだ。




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