【16】屋敷の番人
「び、びっくりしたぁ!!」
「すみません、私こそ……お邪魔したみたいで……」
廊下に出ると、妙にドギマギした様子のシャーリス巡査が立ち尽くしていた。
飛び出してきたアスタと、視線を合わせようともしない。
それに……いつもは隠そうともしないその胸の谷間を、そっと襟を合わせて隠している。
何か、妙な意識をしてないか……?
……ってまあ、ちょっと前にハンナの部屋のお風呂場で、あんなことをしてしまった後だし……。
「あ、あれ、幽霊だから! 俺、全然関係ないから!!」
「幽霊……?」
信じられないといった表情でシャーリス巡査が顔を上げる。
まあその気持もわからなくはないが……。
しかしそもそも、こんな人里離れた村へ、どこから人間の女性がやってくるというのか?
アスタは思わず溜め息をつかざるを得ない。
「そ、それより、さっきの教会の鐘の音って……」
「そ、そう! 教会の鐘の音よ! あれって何かしら?」
「わからないけど……ロンさんは?」
「えっと……見てないわ」
「ハンナは、寝てる?」
「え、ええ。ハンナちゃんなら平気」
シャーリス巡査は、別の部屋から掛け布団を拝借して、ハンナの部屋のソファで寝ていたらしい。
「スヤスヤとよく寝てたし、ばあやもベッド脇で作業を続けてるみたいだから……でも、なんだかちょっと不安になって、念のため、屋敷の中を見て回ろうと思って。そしたら、また鐘の音が聞こえたから、それでアスタくんとロンさんを探しに……でもまさか、あんな……あんなことしてる最中だなんて……ごめんなさい、お邪魔して」
「だから、違うって……」
記憶が巻き戻り過ぎだろう。
さっき、幽霊女だと納得したはずなのに……。
思わず乾いた笑いしか出てこない。
「とりあえず、ロンさんの意見を聞きたいな。事務室でまだ調べ物をしてると思うから、俺、見てくるよ」
「ええ、そうね……。待って、私も行くわ! それと、万が一に備えて、ちゃんと身支度もしておきましょ」
言われてみて、ハッとなる。
確かに、何が起こるかわからないのに、丸腰のままはまずいだろう。
シャーリス巡査なんて、Yシャツ一枚羽織ってるだけで、下着すらつけているかどうか……。
「そうだね。俺もブレストプレートと剣を取ってくるよ」
アスタが頷き返すの見て、すぐにシャーリス巡査が小走りで部屋へと戻っていく。
その背中を見送りながら部屋の中へ戻ろうとしたアスタは、ギクリとして立ち止まった。
その目に映るのは、嬉しそうに微笑む幽霊女……。
まだ自慰行為にふけっているようだ。
「きてぇ……見てぇ……あぁン……」
もしも前もって占い師に見てもらっていたならば、今日という日は女難の相を告げられていたに違いない。
そうすれば、アレとコレぐらいはトラブルを回避できたかも……。
いや、そんなことを考えてみたって徒労だ。
思わず、「やれやれ」と溜め息をつくしか無いアスタだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あとは、この地下室ぐらいかしら」
「そう、だね……」
事務室にロンフォードの姿はなく、今は屋敷をくまなく探し回っているところだ。
だが、目にするのは、食事の後片付けをする人形や掃除をする人形たちと、一心不乱に何かをしている様子の幽霊たちだけ。
ロンフォードの姿はどこにもない。
あとはもう、目の前に口を開ける暗い下り階段を降りてみるか、外に探しに出かけるかだが……。
「食事の時に、地下室があるかどうか、尋ねてたし」
「だったら、やっぱり下にいるんじゃない?」
「そうかもね」
なんて話をしていた時だった。
不意に音もなく、まるで闇の中から突き出てきたかのように、暗い階段からスッとばかりに人影が現れた。
「うわああっ!!」
思わず声をあげて後退るアスタと、ビクッとして身をすくめるシャーリス巡査。
2人の前に立ちはだかったのは……あの、紺ローブの大男だった。
目深に被ったフードの端から、ケツアゴと引き締まった口元が覗いている。
「……地下室は誰もいない。なぜなら使われていないからだ」
くぐもった低い声。
ハンナの言う、”ケツアゴおじさん”に違いない。
だが、妙だ……?
引き締まった口元が、まるで動いていない。
「あなたも、人形なの?」
シャーリス巡査の問いかけに、ケツアゴおじさんはピクリとも身動ぎしない。
押し黙ったまま、地下室への階段の前に立ち塞がっている。
まるで、この屋敷の番人だとでも言わんばかりに。
フードの端から垣間見えるその口元とケツアゴは……浅黒い肌のようにも見える。
他の人形たちとは違って、精巧に作られているだけかもしれないが……。
兎にも角にも、この先にだけは行かせたくない様子だ。
「俺たち、ロンさんを探してるんだ。金髪でメガネかけてて、白いスーツにマントを羽織ってる人」
恐る恐る、アスタがケツアゴおじさんに言葉を投げかける。
ロンフォードもここへ来たに違いない、と思ってのことだ。
するとケツアゴおじさんは、スッとばかりに右腕を真横に差し上げた。
廊下の先、玄関ホールへと続く方だ。
「教会で見かけた……」
「教会? ってことは、外に出て行ったってことなのかしら?」
「そういえば、さっき鳴ってた教会の鐘の音って……夜に鳴らす習慣があるのかな?」
アスタとシャーリス巡査2人して疑問を投げかけるが、ケツアゴおじさんは口を閉ざしたまま。
暖簾に腕押し、返答を待っていても時間の無駄のようだ。
「探してみましょ、アスタくん。外に出たのなら、ロンさんの身も心配だわ」
「そうだね……」
仁王立ちしたままのケツアゴおじさんを残して、2人は足早にその場を立ち去った。
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