【15】深夜の住人

 ────ガランゴロォン、ガランゴロォン……。


 教会の、鐘の音だ。

 こんな夜中に……。


 アスタは、ボンヤリとした夢の狭間を彷徨っている。


「……ねえ、見て……」


 ふと、耳元でクチュリと水音がする。

 夢うつつの中、アスタはピクリと身動ぎした。


「……こんなに、ぁ……なっちゃった……ぅん……」


 何がどうなってるって?

 ボンヤリとした意識が徐々に戻ってくる。

 頬にヒンヤリとした、冷たい空気。

 肩の上までスッポリと、分厚く暖かい布団にくるまっている。

 いつもの固くてヨレヨレの感触とは、なんだか違う。


「(……そっか、研究室じゃないんだっけ)」


 朝にハンナと出会って、ロンフォードやシャーリス巡査とともに州境の森までやって来たことを思い出す。

 そこで廃墟と化したプーリィドン村に来て、豪勢な夕食をとり、ロンフォードの書物漁りに付き合って……それから眠気に負けて1人、事務室の隣のベッドルームに引っ込んで……。


「見て……ねえ、見て……ほら、こんなに……」


 さっきからクチュクチュと鳴っている水音が、妙に激しさを増している。

 どこからか、水でも漏れているのだろうか?


「なんだ……?」


 部屋の中は、チロチロと小さいランタンの灯火だけ。

 ベッドの上で、横向きに寝ているのだ。

 ふと、目の前に、何かあることに気付いた。


「太もも……?」


 のように見えるが……。

 ベッドの上に誰かが、膝をついているようだ。

 だが、白くて淡い燐光がまとわり付いているうえ、ふくらはぎから先が……無い??


「ぁん……ぁん……ん!」


 ピチャピチャピチャ!


 水が激しく跳ねる音は、アスタの身体の上から聞こえてきているようだ。

 ふと、そちらに視線を向けると……!


「……は?」


 アスタの首の真上、視線を上げたちょうど目の前に、人の……尻?

 丸い尻がクネクネと悩ましげに蠢いているのだ。

 細い2本の指先が、その間で薄く口を開けた秘所にずっぷりと埋もれている。


「はぁ、はぁ、はぁ、ン……!」


 股の向こうで、ブルブルと揺れるたわわな乳房。

 さらにその向こう、目を潤ませた金髪碧眼の女の顔が……!


 寝ているアスタの上に、女が四つん這いになって尻を向け、自慰行為にふけっている……!?


「ちょっ!!?」


 思わず後ずさるようにして身を起こす。


「やだ、恥ずかしい……恥ずかしいよぉ……」


 言葉のわりに、女は逃げようともしない。

 秘所に突っ込んだ指先を、さらに激しく揺さぶり始める。


 ドギマギしながらも、思わず女の痴態を眺め回すアスタ。

 やはり、ふくらはぎの途中から、透明となって消えている。

 それに、女のクレバスから涎のように滴り落ちているはずの愛液が、一向に布団の上に落ちてこない。

 クチュクチュクチュと弾ける飛沫は、アスタに降り注ぐことなく、暗闇へと消えていくばかりだ。


 これは……。


「ゆゆゆゆゆ、ゆ、ゆ、幽霊……!?」


 ゆ、幽霊に間違いない!

 外にはたくさんいたが、まさか屋敷の中にまでいるなんて!


「いいから、そんなことどうでもいいからぁ~~~……見てて、見てて! あ、あ、ああああっ!!!」


 悩ましげに眉を潜めて、幽霊女がイキそうな表情をしてみせる。

 クイと腰を浮かせて、ズイと近づいてくる丸い尻。


「うひいいいいっ!」


 背筋を伸び上がらせるアスタの胸元に、女の尻がめり込むが、ヒンヤリとした感触がするだけ。

 やはり、生身の体ではないようだ。


「見られると恥ずかしいの……恥ずかしくて恥ずかしくてこんなになっちゃうのぉぉぉ、やだぁぁぁ……」


 女が背筋を弓なりに伸び上がらせたその時────。


 ガランゴロォン、ガランゴロォン……。


 また、鐘の音だ。

 外から聞こえてくる。

 ハッとして窓の外に視線を向けると同時、戸口のドアがコンコンとノックされた。


「アスタくん、ロンさん?」


 ガチャリとドアが開いて、サッと明るい光が部屋を染める。

 ランタン片手に顔を覗かせたのは、Yシャツ一枚羽織っただけの、シャーリス巡査だ。

 解いた長い焦げ茶色の髪が、肩からフサリとこぼれ落ちた。


「あぁぁン、だ、ダメなのぉ~……」

「!!?」


 そして一歩部屋に踏み込んだ瞬間、ドキリとした表情になる。

 アスタと幽霊女を交互に見つめるシャーリス巡査が、信じられないといった様子で首を横にゆっくりと振り始める。


「えっ?……あ、ちょ、こ、これは……!?」

「ご、ごごごご、ごめんなさぁい!!!!」


 クルッと踵を返すと、トタタタタと部屋を飛び出していった!

 絶対に、何か勘違いをしている!


「ちょ、ま……シャーリスさん!!!!」


 転げ落ちるようにして、ベッドを離れるアスタ。

 幽霊女はどうやら、その場から動く気配は無さそうだ。

 恍惚とした表情のまま、指をくわえて、アスタにもの寂しげな視線を送っている。


「どこに行くのぉ? ねえ、見てて……見ててよぉ、おねがぁい……」

「い、いやいや……」


 慌てて立ち上がるアスタの目に、半開きのクローゼットが目に映る。

 薄く開いたそのドアの向こうにも、白くて淡い燐光が……。


「ぅしし……ルルたん、ハァハァ……」


 頭の禿げ上がった、初老男の幽霊だ!

 全裸でクローゼットの中から片目を覗かせて、一心不乱に自らのイチモツをまさぐっている……!!!

 これってまさか……そういうプレイ中なのかっ!?

 う、うわああああ、ど、どどど、ド変態だああああうああああああっ!!!!


 愕然としながら掛け布団を放り捨てると、アスタは廊下へと駆け出した。




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