【13】事務室
「こっちには村人の名簿だ。ふむ、どうやら100年前の代物のようだね。しかも膨大な量がきちんと保存されている」
────館の事務室。
そこは大きな書庫の隣接する、簡素な部屋だ。
大きなデスクと事務用の机と椅子が並べられた以外は、書棚が所狭しと並べられ、そこにビッシリと何かの記録帳が収められている。
ロンフォードは書棚から記録帳を手にとっては、丹念に隅々まで目を走らせている。
どの本もホコリひとつ被っておらず、非常に状態がいい。
まるで、つい最近まで使用されていたかのような、良好な保存状態だ。
「やはりこの館は、村長の自宅であり、村役場だったようだね」
「そういうことですか」
「ああ、アスタくん。『218年ジュリィスの月 アのラ』を探してきてくれたまえ」
「はい」
書棚の目印を頼りに、大きな書庫へと足を踏み入れる。
ロンフォードの指示する本を探し出しては、デスクの上に積み上げていっているのだ。
もうかれこれ、1時間近くもそうやっているだろうか。
随分、夜もふけてきた。
昔の記録を丹念に調べて、いったい、どうするのだろう?
他にも調べるべきことはたくさん、ありそうだが……。
アスタには、ロンフォードの考えが全く理解できない。
「ロンさん、ありました」
「ああ、そのへんに置いてくれたまえ。それより、見て見たまえよアスタくん」
記録帳を手に、事務室へ戻ってみると……ニヤニヤと笑みを浮かべたロンフォードが、窓の外を眺めていた。
デスクの上に記録帳を置くと、アスタも窓辺に近づいてみる。
「……えっ!?」
そして外の様子を目にした瞬間、思わず声を上げていた。
外には、たくさんの人。
まるで村に、人が戻ったかのような光景だ。
ある者は農具を担ぎ、ある者は出店の用意に励んでいる。
通りをすれ違いざまに頭を下げる者。
しずしずと歩くシスターらしき姿も見える。
夕方、ここに辿り着いた時には、ひっそりとして何の気配も感じられなかったのに……!
「『今はみんな、眠ってるだけなの』」
ハンナの言っていた通りだ。
だが、はっきりとおかしいところがある。
皆、足の先がないのだ。
それに薄らボンヤリとした白い燐光を放っている。
「あれは……?」
……人間では、無い?
もしかして……幽霊というヤツだろうか?
モンスターにはゴーストの類も存在するが、もし眼前の彼らがそうであるなら、アスタたちを見た瞬間に襲いかかってくるだろう。
生者の霊魂を吸い取り、自らの憎悪のパワーへと変え、死せるままに生き続けるのだ。
もちろん、人に危害を加えない類もいるだろうが……。
果たして、このプーリィドン村の彼らは、どちらだろう?
「フフフ、やはりね。私の思った通りさ。心配することはないさ、アスタくん。彼らは無害だろう」
ロンフォードは相変わらずだ。
自分だけ何かを納得して、悦に浸っているようだ。
何を根拠に、無害と言い切れるのか……。
もちろん、ロンフォードの言うことに間違いはほとんど有りはしない。
だから今回も、ロンフォードがそう言うのならば無害なのだろう。
「ロンさん。あれって……」
アスタがついと外を指差し、尋ねかけようとした時だった。
「アスタお兄ちゃ~~ん!」
背後から元気な声が聞こえたかと思うと、トタトタと駆けてくる足音が近づいてくる。
そして、ドバフッとばかりに、アスタの腰に抱きついてきた。
「うわわわわっ」
「えへへ、見つけたの!」
「び、びっくりしたぁ! って……ええええっ!?」
抱きついたハンナの姿を見て、アスタは二度ビックリした。
すっぽんぽんの真っ裸!!
それに全身、水滴だらけだ。
長い髪の端からなだらかな胸、すこしだけくびれた腰から割れ目が覗く股間に細い太ももまで、水滴が滴り落ちている。
「な、なんで服着てないの!? って濡れてるし!!」
「お風呂に入ってたんだもん、あたりまえでしょ~?」
当たり前も何も……だからって、全裸のままやってくることはないだろうに。
「アスタお兄ちゃんも一緒に入るの!」
「……へっ?」
呆然とするアスタの手を、ニコニコ顔でハンナがグイッと引っ張る。
「ちょ、ちょっと!?」
「はやくはやく~。風邪ひいちゃう~」
それはハンナの個人的事情だろう。
助けを求めるようにロンフォードの方を振り返るが、窓の外に視線を向けたまま、シッシとばかりに手を振っていた。
口元に、なんだか皮肉めいた笑みを浮かべて……。
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