【12】ばあや

「それでそれで、糸売りお爺ちゃんはいつも、ハンナにおまけしてくれるの!」

「うんうん、そうなのね」


 手にしたフォークをぶんぶんと振り回し、楽しげに語っているハンナ。

 ロバのバートンと無事に再会を喜び、住み慣れた我が家でご飯を食べて、相当に元気が回復した様子だ。


 話している内容は、ダイームアグニヴィッルダエードからの手紙の指示に従って、ケツアゴおじさんとともに一番近くの村に糸や布、食材を買い出しに行くという内容だが……。

 ────わけもわからない魔物に、良いようにこき使われている。

 そんな気がしてならない。


 そんなハンナを、シャーリス巡査が微笑ましそうに見守りながら、耳を傾けている。

 上座のハンナの右側にシャーリス巡査、その向かいにアスタ、そしてアスタのすぐ横にロンフォードという席順だ。


 話の内容はともかく、温かで美味しい食事に、和んだ雰囲気となっている。


「おかわりは何になさいますか……」


 ステーキ肉と麦パンとサラダとスープを一通り平らげたアスタの横に、ばあやがそそっと寄って来て、小さくボソボソしたしゃべりで尋ねかけてくる。

 なんとも不思議な事だが、しっかりと給仕をこなしてくれている。


 おそらく魔法で操られているのだろうが……。

 いったい、誰がこんな風にしたのだろう?


「ああ、えっと……じゃあ、ステーキをもうちょっと貰えます?」

「かしこまりましてございます……」


 小さく頭を下げると、楚々として皿にステーキを盛り付け始める。

 指もないまっ平らな板だけの手なのに、何の問題も無いようだ。


「貴方様も、何かなさいますか……?」


 アスタにステーキを配膳し終わると、横に座るロンフォードに声をかける。

 ロンフォードはワイングラスをそっとテーブルに置くと、腕組みをしながらばあやに視線を投げかけた。


「いくつか、質問を良いかね?」

「なんでございましょう……?」

「この屋敷に、地下室はあるかな?」

「地下室……はい、ございます。ですが、私どもは使用しておりません」

「うむ! ではダイームアグニヴィッルダエードとは、どのようなモンスターなんだい? 我々は、ハンナくんの依頼でダイームアグニヴィッルダエードなるモンスターを討伐しに、ここへやって来たのだが」

「ダイームアグニヴィッルダエード……はい、それでしたら……」


 ばあやが何か言いかけたその時────!

 いきなりカクンと首を項垂れたかと思うと、ガタガタッと音を立ててその場に崩れ落ちた!


「ええええっ!?」


 大袈裟な声を上げてしまうアスタと、驚いて腰を浮かすシャーリス巡査とは対照的に、ロンフォードはニヤリと小さく笑みを漏らすだけ。


「ちょ、ちょっと!? ばあや、どうなったの!?」


 ハンナの方を振り返ってみるが……ハンナも思いの外、落ち着いている……?


「ときどきね、こうなっちゃうの。老人だから仕方ないのニャ、って猫のジョーイはいつも澄まし顔」

「ふむ、やはりそうか……フフフッ」


 顎に手を当て、満足気な表情をするロンフォード。

 どうやらロンフォードは、こうなることを予期していたようだ。


「……ど、どういうことです、ロンさん?」

「まあ、落ち着きたまえ。まだ少し、情報が足りないのでね」


 そう言って、薄笑いを浮かべたると、口を閉ざしてしまった。

 ……こういう時は、何を尋ねても無駄だろう。

 だがロンフォードがこれだけ落ち着いているなら、特に問題はないはずだ。

 ドギマギしながらも椅子に腰をおろすと、アスタはそぉっとステーキを口に運んだ。


「大丈夫、きっとすぐに目を覚ますの」


 不安げな表情のシャーリス巡査に、ハンナがニコニコ顔で言葉をかける。

 シャーリス巡査はみんなに視線を走らせたあと、おずおずと椅子に腰を下ろした。


「これって、ダイームアグニヴィッルダエードの仕業なのかしら?」

「ふむ、その可能性は否定出来ないな」

「どんなヤツなのかしら?」

「さあ、わからないね。ハンナくんの言う……」

「目がふたつに、鼻がひとつ、口元にはいつもアルカイックスマイルを浮かべた好紳士、かしら?」

「きっとそうなの!」


 ハンナが元気よく言い放つと、思わずシャーリス巡査も笑顔になる。

 どうやら、いつもの落ち着きを取り戻したようだ。


「それでね、シャーリス。明日はバートンが大好きな……」

「うんうん……」


 ニコニコ顔のハンナが楽しげに、明日は何をして遊ぶか、という話をし始めている。

 それと、誕生日プレゼントはぬいぐるみが欲しいなんてことも。

 ……その日は、ダイームアグニヴィッルダエードがバートンを生け贄にすると宣告してる日でもあるんだが……。


 シャーリス巡査はというと、そういうツッコミを入れること無く、プレゼント用に花冠を作ろうだとか、赤いリボンがあるとなお良いだとか言っている。

 ハンナの話に上手く合わせているようだ。

 この2人、なかなかいいコンビかもしれない。


 食堂が再び、和気藹々として穏やかな空気に包まれる。


「失礼いたしました……急に意識が遠くなりまして……どのようなご用件でございましたでしょう?」


 気づけば、ばあやが起き上がって頭を下げている。

 ロンフォードは何事も無かったかのように澄まし顔で、口を閉ざしたままだ。


「ロンさんが、そこのイチゴジャムパイをひとつ、だって」

「かしこまりました……」


 腹が減っては戦が出来ぬ。

 アスタはほんの少しだけ気合を入れると、おかわりのステーキをペロリと平らげた。



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