【09】前進

「……フォレストハーピーってヤツぁメスばかりでやしょ? そのたわわに実ったパイオツカイデーを、これ見よがしにポロンポロン出してやがるわけっすよ。そうして男を魅了して、近づいてくる間抜けの内臓を食い散らかすんでさぁ」


 どこか冷静を装いつつ、どっかりと腰を下ろす監査官が、フンと鼻を鳴らす。

 その見立てには、相当の自信があるようだ。


 確かに、シャーリス巡査も道中、そんなことを言っていた。

 歌声で男の欲情を煽り、女には嫉妬心を湧き上がらせ、近づいてくるように仕向けるのだと。


 ならば、昔からこの先の街道に出るという噂のその魔物は、ブラックマントと取り巻きのフォレストハーピーだった、って可能性も大いにあるだろう。


「くだらないね、実にくだらない。よくある旅人の与太話だろう。

 この世は日々、同じように繰り返す。景色の移り変わりをよく知る旅人ですら、長い年月の中で刺激というものを失いがちなのさ。そうした折に、人々が羨む夢のような妄想を思い描き、さも自分がそうした経験をしてきたが如く、語るわけだよ。

 仮に、それが事実あったとしても、ハーピーであろうはずはないね! ニンフかドライアードの類の方が、まだしも信憑性がある!」

「ヘヘッ……信じるかどうかは好きにしなせぇ。しかし、もうすぐ夕暮れだ。悪ぃことはいわねえから、今日のとこはここまでにしておくのが良いですぜ。そこの宿で一晩過ごし、明日の朝に出るが良いでしょうよ」

「フフフッ、お気遣いには感謝しよう」


 バサリとマントを翻して小屋を出ると、ロンフォードはさっさと馬の背に飛び乗った。


「あの、ロンさん!」

「なんだね、シャーリスくん」

「念のため、ハインツ様と聖騎士団にも、お声がけをした方が……」


 シャーリス巡査の言葉に、ロンフォードは顎に手を当て、フッと物思いする表情を見せた。


「そこの気高い職務意識のキミ! 第三州シビラリウス公爵夫人領アメジスト衛兵隊に、緊急短信は打てるかね?」

「それぐらいなら承りますぜ」

「よろしい! ではアメジスト衛兵隊とともに職務中のハインツ=ハイネス・ハインリッヒくん宛に、『ブラックマントは我が手にあり! ロンフォード=ロンガレッティより』とよろしく頼むよ!」


 アスタは「あれ?」と思わずにはいられない。

 さっきまで、この件はブラックマントとは関係ない、って話をしてた気がしたが……。


 当のロンフォードは、何食わぬ顔で懐から通貨の詰まった袋を取り出すと、ジャラッとばかりに監査官に向かって放り投げた。

 あの大きさの袋なら、10ロイン硬貨100枚はあるだろう。

 今夜、監査官1人が飲み明かしても、お釣りが来るほどの金額だ。

 しっかりと受け取って、嬉しそうに頷く関所の監査官。

 これで関所通過も問題なし、緊急短信も間違いなく届くだろう。


 ロンフォードはニヤリとした笑みを返すと、腹を蹴って颯爽と馬を走らせ始めた。


「監査官、緊急短信に『第一州報告書データベースNo.12-0097シャーリス=バスティノワを参照のこと』って付け加えておいて」

「了解しやした」


 片手を上げて苦笑いを浮かべるシャーリス巡査も、素早く馬に飛び乗る。


「ちょっ! ま、待ってくださいよ、ロンさぁ~ん! 行こう、ハンナ!」

「うん」


 慌ててハンナを馬の背へと乗せるアスタ。


 いつも動き出しは慌ただしい。

 この先に、いったい何が待ち受けているかも、わからないままだというのに────。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ────陽が大きく傾き、木々を赤く染め上げる頃。


「アスタお兄ちゃん」

「え、なに?」


 ハンナに服をクイクイと引っ張られ、アスタが肩越しにチラリと視線を向ける。


「ここから森に入るニャ、って猫のジョーイが指差してるの」

「マジで!? ろ、ロンさぁーーーん!!」


 慌てて手綱を引きながら、前を行くロンフォードを呼び止める。


「どうしたんだね、アスタくん?」

「ハンナが、ここから森に入って、って」

「ほう!」


 両側を森に囲まれた街道の途中。

 いやもうほとんど、深い森の中と言っていいだろう。

 街道がなければ、迷子になっても不思議はない。


 そんな森の真ん中の、鬱蒼とした茂みのその先を、ハンナはジッと指差している。

 3人は馬を止めてしげしげと森を見やるしか無かった。


「……本当に、ここなの?」

「猫のジョーイはウソをつかないニャ、って」

「そうなのね」


 シャーリス巡査がクスリと微笑んで肩をすくめる。


「では行こうか! アスタくんが先頭に行きたまえ!」

「えっ、マジですか?」

「当たり前じゃないか。ハンナくんが道案内してくれるのだからねえ」

「んふふ、ハンナもわからないけど」


 屈託の無い笑みを浮かべるハンナに、乾いた笑いしか出てこない。

 だがしかし、ロンフォードの言う通りだろう。

 きっと猫のジョーイがハンナに教えるに違いない。


 アスタはゴクリと生唾を飲み込むと、森の奥へと馬を進めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る