【07】州境の関所

 パカラッ、パカラッ、パカラッ……。


 街道を外れ、ラクダのコブのようにうねる丘陵地帯を、アスタたちは馬に乗って疾走している。


 向かう先は、第三州シビラリウス公爵夫人領州境の関所。

 街道を行けば2日掛かる行程も、丘陵地帯を突っ切って馬を飛ばせば、1日とかからないはずなのだ。


 そろそろ昼を過ぎた頃だろう。

 心地よい陽射しが、アスタたちに優しく降り注いでいる。

 アスタの背中に抱きつくようにして一緒の馬にまたがるハンナも、どこかご機嫌な様子だ。


「猫のジョーイは、キラキラお陽さまが大嫌い。朝なんて来なければいいニャって、いつも怒ってるの」


 陽射しが嫌いな猫……?

 そんな話、聞いたこともない。

 猫って生き物は、日向でのほほんと寝るのが大好きだと思うが。


「それでね、ブラックマントは大きな音に警戒するみたい。夜通し、教会の鐘の音を鳴らして警戒したという記録もあるの。ブラックマント自体は日中でも動けるけど、夜の行動を好むのは、昼間の喧騒を避けて忍び寄るためという意味もあるんじゃないか、って」


 立ち上げた半透明スクリーンを見ながら、シャーリス巡査が器用に馬を走らせている。

 よくあれでバランスを崩さないものだと、アスタは感心しきりだ。


 今はYシャツの上からブレストプレートをつけ、さらにその上からマルカーキスレッドのマルカグラード自警団制服を羽織っている。

 足には膝上までの黒いロングブーツを履き、背中にはラウンドシールド、腰にはサーベル。

 マルカグラード自警団の、一般的な出で立ちだ。


 マルカデミー卒業生なのか、右手にマルカデミーガントレットをはめている。

 ブレスレット色が赤ということは、メインクラスはウォーリア系列らしい。


 不思議なもので、事務所で見た時には”明るい事務員のお姉さん”といった様相だったのに、武器防具で身を固めたその姿は、頼もしい自警団そのものだ。

 ざっくり大きく開いた胸元から覗くふくよかな胸の谷間と、タイトスカートから突き出す健康的な太ももが、なんだかやけに眩しいが。


「歌声で人や動物を怯ませたあと、付き従えているフォレストハーピーたちに一斉に攻撃を仕掛けさせるのが常套手段みたい。フォレストハーピーたちが獲物を取り囲んだところへ、矢のように舞い降りて、その鋭い鉤爪で獲物を鷲掴みにするんですって」

「ばあやの料理は世界一。小川で取れたヒメマスの塩焼きが得意なの。パイ生地に包み込んで、アツアツホクホクでペロリペロリ。猫のジョーイもヒゲをヒクヒクさせて、喉を鳴らすんだよ」


 童話でも読んでいるかのようなハンナと、資料を丁寧に読み上げるシャーリス巡査。

 どっちに耳を傾けたものかと、アスタは戸惑うしか無い。

 前を行くロンフォードは、チラリとも振り返らない。

 せめてロンフォードがシャーリス巡査の相手をしてくれると、アスタとしては助かるのだが……。


「マルカデミーガントレットには、幻惑魔法の効果を和らげる機能があるけど、アスタくんとハンナちゃんは気をつけなくっちゃね」

「ロバのバートンの大好物はヒメイチゴ。大きな鼻をクンクンさせて、日陰に隠れた掘り出し物を探り当てるの。のんびりおじいちゃんだから、あま~いモノには目がないの。んふふふ……」

「私も、ヒメイチゴのジャムが大好きよ。朝ごはんには欠かせないでしょ」


 馬を横に寄せて微笑みかけてくるシャーリス巡査。

 ……どうやら、ちゃんとハンナの話を聞いていたようだ。


「シャーリスもきっと気に入るの。ばあやの作るいちごパイと、バートンの大好きな木漏れ日の広場」


 後ろから、ハンナの楽しげな笑い声が聞こえてくる。

 馬を巧みに並走させるシャーリス巡査と、顔を見合わせて笑い合っているようだ。

 2人が楽しげなのは、何よりだ。


 こんなポカポカ陽気の昼下がり、猫たちがそうするように、丘の斜面でのんびり昼寝をしていられたらどんなに幸せだろう、なんてアスタは思っているが。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ────街道の関所。


 太陽が西に傾いて陽射しが赤みを帯び始めた頃、アスタたちは第三州シビラリウス公爵夫人領との州境にある関所にたどり着いていた。

 第一州マルカーキス伯領と第三州シビラリウス公爵夫人領の関係は、非常に良好。

 双方の住人ならば、市民証を見せるだけで通り抜けられる。

 呼び止められるのは、遠くから来た旅行者ぐらいだ。


 だが今は、狂化モンスター『ブラックマント』の出現もあってか、関所は物々しい雰囲気に包まれ、いつも以上に警戒態勢が敷かれている様子だ。

 プレートアーマーに身を包んだ兵士たちが物見櫓から周囲を見渡し、すべての通行人をくまなく調べあげている。

 今はアスタたちも馬を降り、関所の管理小屋で通行許可を得ようとしている最中だ。


 管理小屋の中は、簡素な木机と書類棚が置いてあるだけ。

 木机の向こう側に、ゲジゲジ眉毛で焦げ茶の髪をピッチリセンター分けにした小太りの男が座っている。

 どうやら、そのゲジゲジ眉毛男が関所の監査官らしい。


「『出すモノ出して、さっさとココを出て行くがいい』って顔なのニャ、と猫のジョーイが忍び笑いしてるの」


 ハンナの辛口コメントにジロリと睨みを利かせ、疑り深そうな眼差しでジロジロとアスタたちを眺め回していた監査官だが、シャーリス巡査がマルカグラード自警団の通行証を見せた途端、表情が一変した。

 州都マルカグラードから調査官が来たとでも思ったのだろうか?

 ピッと背筋を正してやけに従順な面持ちになっている。


「へえ、確かにその子でしたら、ここから街道馬車に乗せてやりましたがね」

「ほう!」


 思わずシャーリスと顔を見合わせるアスタ。

 その監査官が言うには、3日前の夜、紺のローブに身を包みフードを目深に被った大男が、第三州領内からロバを引いてやってきたのだという。


 この街道の先、警戒レベル4の区域に、プーリィドン村があるというのは確かなようだ。




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