【06】迫る期限
「ジョーイとは誰だね、アスタくん」
片眉を上げて、ロンフォードが鋭い眼差しを向けてくる。
どうやら、アスタだけが情報を握っていることを快く思っていない様子だ。
「えっと……猫のぬいぐるみですよ。そこの、ハンナのリュックの中に、入ってませんか?」
ソファの片隅に無造作に置かれたハンナのリュックを指差してみせる。
ロンフォードは無言でリュックを掴み上げると、その中に手を突っ込んだ。
そして……あの薄汚れたぬいぐるみを掴み上げた。
「これが、ジョーイ?」
「だよね?」
「うん」
「ジョーイは何でもお見通しで、俺が隠れた場所も、すぐにわかったらしいですよ。それに、いろんなお話も聞かせてくれるんだよね?」
「うん」
「ほう……」
ジョーイの後ろ首根を掴み上げたまま、顎に手を当て真剣な眼差しでしげしげと見つめているロンフォード。
どうやら何か、気になっている様子だ。
まるでロンフォードの視線を避けているかのように斜め下を見下ろすジョーイの姿が、妙にシュールに感じられる。
「ジョーイはとても賢い猫さんなの。とても物知りで、世の中のことは何でもお見通しニャ、って自信満々に胸を張るの」
「ぬいぐるみが、しゃべるの??」
シャーリス巡査が不思議そうに尋ねかける。
まあ、「お話を聞かせてくれるぬいぐるみ」と聞けば誰でも不思議に思うだろう。
事も無げに「うん、そうだよ」と頷くハンナに、小さく苦笑を返すしかないようだ。
「……私には、とても猫には見えないが……」
ジッと見つめたままのロンフォードがポツリと漏らす。
気にしてるのは、そのこと……?
……確かにまあ、愛猫家から反論が来そうな作りではあるが。
それにしても、ああしてロンフォードがポツリと漏らすなんてことはなかなか無いことだ。
猫のジョーイに対して、何か非常に釈然としないものを感じているに違いない。
ロンフォードが猫のぬいぐるみに気を奪われたせいか、相談受付スペースに静寂が訪れる。
シャーリス巡査は小さく溜め息を漏らすと、そっと口を開いた。
「……それで、ハンナちゃん。あなたの誕生日はいつなのかしら?」
「ハクラム月の3日なの……」
「えええっ!? 明後日じゃん!」
アスタが素っ頓狂な声を上げた時、ハンナがくしゃりと顔を歪めて嗚咽を上げ始めた。
「だから、助けて欲しいの……」
出会った時には感じられなかった、言葉の重み。
楽しいはずの誕生日が、悪夢で彩られようとしているなら、なおさらだろう。
それに、今から街道馬車に乗っていては、間に合わない……。
小さなその肩に乗せられた辛く重苦しい現実を思うと、アスタの心もズキズキと痛まざるを得ない……。
「大丈夫だよ、ハンナ。絶対に大丈夫。だって、ロンさんがあんなにノリノリなんだから」
「ああ、そうとも! 胸を張って安心するがいいよ、小さきハンナくん! 大船に乗った気持ちでいたまえ!」
掴み上げていたジョーイをドバンと叩きつけるようにリュックの中にしまいつつ、高らかに言い放つ。
ハンナの大切な偉い人をあんな扱いにして、大丈夫だろうか?
そんな心配をしつつハンナの顔色をチラリと伺うと、涙の溜まった瞳を見開いて、どこか不思議そうな表情でロンフォードを見つめていた。
どうやら、怒ってはいないようだ。
「では行こうじゃないか、アスタくん!」
「へ? ……ど、どこにですか?」
「第三州との州境の関所に決っているだろう?」
「え、でも……」
「なぁーにを戸惑っているのだね! 場所は間違いなくあの森さ!」
ビッとばかりにロンフォードはスクリーンを指差してみせる。
「今見えているすべての情報を虱潰しに当たれば、自ずと答えは見えてくるッ!」
「で、でも、もしも間違ってたら……? 明後日までになんとかしないと、ハンナの友だちが……」
「フンッ! 私の見立てに間違いは、無いッ!!!」
ドンと胸を打つロンフォード。
いったい、どこからそんな自信がみなぎってくるのか?
「そこのシャーリスくん!」
「は、はい!?」
「自警団所有馬の、借用手配を! 関所まで一気に駆け抜けられる丈夫な馬を頼むよ! 必要とあらば、シャーリスくんもついてきたまえ!」
「え……ええ、まあ、本件は私が担当者ですから、もちろん一緒に行きますけど……」
「では、グズグズせず、早くによろしく頼むよ! シャーリスくんの上司がグダグダと文句を言って来るようならば、マルマルに一報を入れておけば万事解決さ!」
「ま、マルマル……?」
「あ、マルカグラード聖騎士養成アカデミーのマルガリータ=マルカーキス理事長のことです」
アスタの補足に、「まあ」とばかりに口元に手を当てるシャーリス巡査。
なんとなく事情は飲み込めたようだ。
ロンフォードの噂を耳にしているならば、理事長といとこ同士であることも知っているだろう。
「あの……でも、これって、マルカデミーの外部依頼クエストになってないけど、いいのかしら? あなたもマルカデミー本科生なのでしょう?」
シャーリス巡査の言葉に、ロンフォードがニヤリと笑って前髪を掻き上げる。
「────世界の真理を前にして、マルカデミーなど無に等しいッ!」
出た、いつものアレだ。
卒業する気など全く無し。
マルカデミーに編入したいアスタとしては、クエストに出てくれないと非常に困るのだが……。
思わず、首に巻き付く幅広の白い首輪を指先でグイと引き下げ、溜め息をつくしか無い。
それは日傭生としての契約の証。
マルカデミー編入を目指して、ロンフォードと契約したまではいいのだが……。
胸を張るロンフォードと、ガックリと項垂れるアスタ。
そんな2人の様子に、シャーリス巡査は「ふふっ」と吹き出さずにはいられない様子だ。
「なるほど、噂通りってワケね。うふふ、なんだか楽しそう。じゃあ行きましょうか、ハンナちゃん」
屈託のない笑みを浮かべるシャーリス巡査に、ハンナも涙を拭ってニコリと微笑んだ。
「真理の追求こそ、唯一にして絶対の我がジャスティスッ!!」
今回も、マルカデミーポイントを得られそうにない。
無報酬な死と隣り合わせの危険な旅に、猪突猛進赴くだけが運命か。
我が身の不遇をただただ、痛感するばかりのアスタだった────。
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