【05】手紙
「……あのね、お手紙があるの」
「手紙……????」
何の手紙だろう……??
唐突な話に、アスタもシャーリスも目が点になる。
そんな2人を置いて、ハンナはリュックサックの中をゴソゴソと漁り始める。
そして、少しシワの寄った数枚の紙切れを取り出した。
「はい、これ」
どうやら、ちゃんとした手紙用の便箋らしい。
シャーリスも思わず腰を上げ、ハンナの方へ近寄ってくる。
受け取ったアスタはすぐに、そこに書かれた文章に目を走らせた。
「────お前が6回目の誕生日の夜を迎える時、お前のたった一人の友だちが、この偉大なるダイームアグニヴィッルダエードに捧げられるだろう。
────お前のたった一人の大事な友だちは、ダイームアグニヴィッルダエードによって無慈悲にその喉笛を噛み砕かれ、ダイームアグニヴィッルダエードに心ゆくまでその血を貪り尽くされるのだ。お前の友だちの霊魂は呪い
────友だちの生命を助けたくば、この偉大なるダイームアグニヴィッルダエードを討ち滅ぼすがいい。できるものならやってみろ。小さきお前の手にかかるほど、この偉大なるダイームアグニヴィッルダエードは愚かではないと知れ。
────この偉大なるダイームアグニヴィッルダエードは、小さきお前にチャンスをやろう。街に行き、この偉大なるダイームアグニヴィッルダエードに立ち向かう強くて頼もしい愚かな勇者を、探してくるがいい。偉大なるダイームアグニヴィッルダエードは逃げも隠れもせず、このプーリィドンの村で待ち構え、強くて頼もしい愚かな勇者に鉄槌を食らわせてやるのだ」
文面を見る限りでは、ダイームアグニヴィッルダエードと名乗るモンスターからの手紙のようにしか見えないが……。
アスタから手紙を渡されたシャーリス巡査も、何が何だかわからない、といった様子だ。
「ブラックマントって、文字の読み書きができるんですかね?」
「知らないわ。そんな話、聞いたこともないもの」
ようやく判明したかと思われたモンスターと村の場所。
しかしどうやら、ハンナの言うモンスターとは違うようで……。
それにどうして、その自分を殺しに来いだなんて手紙を……???
「話は聞かせてもらった! ダイームアグニヴィッルダエードは確かに、討伐すべき危険なモンスターだッ!」
突然、部屋中に響き渡る大きな声!
聞き慣れたその声に、アスタは思わず腰を浮かせて立ち上がっていた。
ブワッとばかりにマントを翻し、パーティションを飛び越えて、姿を現したのは────白いスーツに丸メガネの金髪碧眼男だ。
そして右腕には、キラリと光を反射するプラチナのガントレット────マルカグラード聖騎士養成アカデミーの本科生たる証『マルカデミーガントレット』をはめている。
マルカデミーガントレットのブレスレット色は紫。
それは、メインクラスが呪術師であることを示している。
アスタの雇い主、ロンフォード=ロンガレッティその人に間違いない!
「ろ、ろろろ、ロンさん!?」
「やあ、アスタくん! なぁーにをこんなところで油を売っているのだね!」
「そ、それはこっちのセリフですよ……。昨日の夜も、帰宅してないですよね? あ、それからマルマルさんが……」
言いかけたアスタを制するようにして、ロンフォードがブワッと大きく右手を振り払う。
「ふわーっはっはっはっ! 今の私に休んでいる暇など、無いのだよッ!」
どこか勝ち誇ったような表情で高笑いを上げるロンフォードを、シャーリス巡査が驚きに満ちた眼差しで見つめている。
「あなたがあの有名なマルカデミー本科生の、”呪われし”ロンフォード=ロンガレッティ……?」
ポツリと漏らすシャーリス巡査に、ロンフォードはニヤリと口角を上げてみせた。
「フンッ! くだらない醜聞に先入観を支配されるのは構わないがね!」
呆けたようなシャーリス巡査にツカツカと歩み寄ると、サッとばかりにハンナの手紙を奪い取った。
「第三州に狂化モンスター『ブラックマント』が出現していると聞いてね! しかも第三州の要請に応えて、ハインツくんが自警団を率いて出動したというじゃないか!」
「ハインツさんが……?」
「そんな面白い事件を、ハインツくんが親の七光りで独り占めするなんてズルすぎるだろう! そこで私も負けじと、モンスターデータを調べていたというわけさ!」
どうやらブラックマントについて興味津々らしい。
それなのに、調査隊から漏れたことを非常に腹立たしく思っているようだ。
放っておけば、今日の昼にでも、アスタともども駆り出されていたところかもしれない。
「(……って、マルマルさんからロンさんへの用事って、まさかそれのことじゃ……)」
「あれ?」と思うアスタが、あえて口にしない。
それを言ってみたところで、こうして勢いがままに突き進むロンフォードを止められようはずもないからだ。
「ふむ、それにしてもこれはおかしい! なんだねこの手紙は!? 自分を殺すチャンスをやろう、だって? 愚か者はどっちだ!? はははは! 涙が出るほど笑い転げてしまうよ!」
「やっぱりこれって、ブラックマントからの手紙なんですかね?」
「そんなわけはないじゃないか! 別物に決まっているさ! ブラックマントは単なる狂化モンスター、こんな手紙を出そうはずもないからね! ところで、ハンナくんと言ったかな?」
キランと丸メガネを光らせ視線を向けてくるロンフォードを、ハンナはとても不思議そうな表情で見上げている。
でも、どうやら怯えている様子はない。
なんだか、天使か神様でも見上げているかのような目をしたままで、そっと口を開いた。
「ハンナ……ハンナ=ミゲルニクス」
「うむ、よろしい! ではハンナくんにお聞きしよう! この手紙にある、ハンナくんのお友だちとは、誰のことかね?」
ハンナは悲しげにそっと眉を潜めると、掻き消えそうなほど小さな声で呟いた。
「バートン……ロバのバートン」
「ロバ!? ははははは! ロバ!?」
やたらニコニコしながら、ロンフォードが尋ね返す。
二度も聞き返すなんて珍しい。
「ロバだなんて1頭や2頭、モンスターに食われたところでなんともないだろう? いやむしろ、豊穣を願う祝祭に生け贄として捧げる風習があったっておかしくないことだ! なぁ~~にをそんなに悲しむことがあるのかね?」
「バートンは優しいの……森の暖かい場所をよく知ってる。ハンナを乗せて、柔らかい草のところまで連れて行ってくれるの……。今もハンナを信じて、馬小屋でお留守番してるの……たった一人の、ハンナの大切な友だちなの……」
「ほう、なるほどねぇ! ロバのバートン以外に、友だちはいないとでも!?」
ロンフォードの問いかけに、ハンナはコクリと頷いた。
「お世話やお話をしてくれるばあやたちはいるけど、誰も一緒に遊んでくれないの」
「村人は?」
「夜だけ……。みんな、夜だけ起きてくるの」
「ほう、面白い!!! 面白すぎて訳が分からないよ、ねえアスタくん!!!!」
訳が分からないのはアスタもだ。
なぜゆえに、そこまでロンフォードがハイテンションになれるのか?
膝をかがめてハンナに寄り添うシャーリス巡査も、ロンフォードのハイテンションにはついて行けない様子だ。
そんなみんなを置き去りにして、ロンフォードはグッと拳を握りしめ、キラキラと瞳を輝かせている。
「つまり! ロバのバートンは、ハンナくんの唯一にして無二の親友というわけだ! なんというロンリー! なんというミステリアス!!!」
「ジョーイは? 猫のジョーイも友だちだよね?」
「ジョーイ……ううん、猫のジョーイは……えらい人」
「偉い人? そうなんだ」
なんだか「あれ?」と思わずにはいられない。
ジョーイのことをとても信頼しているように見えたが……。
まあ、偉い人、と言うならば、そうなのかもいれない。
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