【04】ビンゴ?
「あのね、馬車の中で2回、夜を過ごしたの」
状況に翻弄されっぱなしのアスタとシャーリス巡査とは裏腹に、ハンナは小さな指を2本立ててみせた。
「マルカグラードに着いたのは、昨日の晩だって言ってたよね?」
「うん。昨日の夜、街に着いたけど、御者のおじさんがそうしたら良いって言うから、馬車の中で寝たの。朝起きて、猫のジョーイが『強い人を探しに行こう』って」
「なるほどね」
「ということは……2日間馬車に乗ってたって、ことね?」
気を取り直した様子のシャーリス巡査は、再びコンパネに向き直った。
「マルカグラードは、王都に続く中央街道の最北端の街。そこから街道馬車で2日間の地点は……第二州内の宿場町か、もしくは第三州州境の関所ね。……あっ! これって……」
コンパネをカタカタと操作するシャーリスが、大型スクリーンに映った地図に目を丸くする。
街道馬車のルートが表示された、第一州マルカーキス伯領とその近隣州の地図。
その地図の第三州との州境近辺が大きく赤丸で囲われており、『警戒レベル4』と書かれていたのだ。
「今ね、この区域には────『ブラックマント』が出没しているの」
「ブラックマント……?」
「そう、ブラックマント。フォレストハーピーの狂化モンスター」
シャーリス巡査がコンパネを操作すると、すぐにモンスターデータが映し出される。
そこには、空を舞う大きなコウモリのような姿の写真画像が。
だが、その胸元には大きな乳房。
下半身も太ももまでは、はっきりと人間女性の姿だ。
ただ肩から先はまさしくコウモリそのもの。
黒い飛翼が脇腹から太もも、つま先まで覆い尽くしている。
頭には、大きなコウモリの耳も見て取れる。
「第三州からの要請を受け、聖騎士団とマルカデミー風紀委員の合同部隊が出動している最中なのよ。もしかしたら、ハンナちゃんの言うモンスターはこいつかも。ちょっと待ってね、この近辺にプーリィドン村は、っと……」
シャーリス巡査がコンパネを操作して、警戒レベル4のマップを拡大してみる。
が、しかし……。
「……無い、ですね?」
「そうね……」
あるのは、州境の関所と街道沿いの宿場村が2つ3つだけ。
あとは森と山ばかり。
ここにプーリィドン村が存在してくれれば、それで事態は好転していただろうに……。
「ハンナちゃん、そのプーリィドン村がどういう感じの村か、お話してくれる?? 教会があるとか、村にどういう人がいるとか、村長さんのお名前とか?」
「あのね、森の中なの。お家はみんなボロボロで、ハンナの住んでるお屋敷だけが立派なの。みんなお日様がキライで、お月様が大好きだから、お昼は寝てるの。ばあやは木のお人形さんのために、たくさんたくさん、服を作ってるの」
目をクリクリしながら話してくれるハンナだが、何の事だかよくわからない。
ただ、森の中だということだけははっきりしているようだ。
「ってことは、その森のどこかに、プーリィドン村があるってことですかね?」
「そういうことになりそうね。『ビンゴ!!』って気分じゃないけど……。でもどうして、データベースに村の名前が出てこないのかしら……。仮に、村の名前が違うにしても……」
スクリーン上の情報を見る限り、森の中に存在する村が、無い。
シャーリス巡査は不思議で仕方が無い、といった様子だ。
「ハンナちゃんが倒して欲しいっていうモンスターも、このブラックマントで合ってるのかしら?」
アスタとしては、これで十中八九間違いない、って気分だ。
なにせ、ハンナの証言と距離感も合うし、すでに騒動を起こしているモンスターなのだから。
それに警戒区域の中は森ばかり。
ハンナの証言にピッタリと合致している気がしてならない。
村やモンスターの名前が多少違っていたとして、それは些末にすぎないと思うのだが。
だが……どうもハンナは、釈然としない表情だ。
モニターに映し出されたブラックマントの画像を見上げたまま、押し黙っている。
「あのね、モンスターデータによると、ブラックマントは甲高い歌声で人を幻惑させるらしいわ。こんな歌声」
言いつつ、シャーリス巡査がポチッとコンパネのボタンを押す。
「『ルア~~ア~~~クルアァ~ララァ~~~~』」
耳から胸の奥まで染み渡るような甲高い歌声だ。
なぜだかアスタの胸が、ドキドキと高なってくる。
「……この声は聞いたことあるの」
「ホントに!?」
やはり、ビンゴ!
「でも……う~ん……」
ハンナは人差し指を唇に当て、小さく首を傾げてみせる。
やはりどこまだ、釈然としない様子だ。
「それとね、ブラックマントは人の生き血を吸っちゃうらしいわ。だから遺体は、ミイラのように干からびちゃうんだって。それと、引き連れているフォレストハーピーたちが、脳みそや眼球、内臓をほじくり返して食べるらしいから、頭が割れてて目がなく、お腹がついばまれた痕がたくさんできるらしいの」
……聞くだけでも吐き気がしてくる。
しかしそこは流石に自警団らしく、シャーリス巡査は平然とした様子だが……。
「村人が襲われたり、死人が出た時に、そういうことはなかった?」
「ど、どうなの、ハンナ?」
「ふぅ~~ん……猫のジョーイはね、あれはツマラナイただの魔物だニャ、ってツンと澄まし顔なの。それに……ばあやが言ってたダイームアグニヴィッルダエードと、ちょっと違うと思う……」
唇をすぼめてどこか困った様子だ。
だがどうやら、ブラックマントの歌声は聞いたことがあるようだから、ハンナがやってきた場所は、スクリーンに映る警戒区域のどこかに違いない。
「ハンナちゃんのばあやは、ダイームアグニヴィッルダエードはどんなモンスターって?」
「あのね……目がふたつで鼻はひとつ、優しい口元はいつも笑ってるの」
……ベタなネタが来たかと思いきや、思わずアスタも「ん?」となる。
「それでそれで……とても賢くて物知りで、みんなの幸せを第一に考えてくれるの。ばあやたちが困っている時に、難しい病気をいっぱい治してくれたんだって。今でも、村のみんなが幸せなのは、ダイームアグニヴィッルダエードのおかげなの」
……いやいや、ちょっと……待って欲しい。
それは、”聖人”ってヤツじゃないだろうか?
モンスターとは全く違うような……。
シャーリス巡査も、驚くというより困惑しているようだ。
モンスター討伐依頼のはずが、妙な方向に話が……。
もしかしてハンナは、怪しい暗殺邪教団の一味か何か……??
これってまさか────暗殺依頼ってヤツ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます