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 私があの年の思い出話を語り終えたのは、居酒屋のオーダーストップの時間になった頃だった。

 その後のことは、付属的な出来事だから語るようなことは何もなかった。随分と長い思い出話になってしまったが、目の前の彼、黒田くんは真剣に聞いてくれた。


「あれから色んなことがありましたね」


 そう、あれから色々なことが起こった。小春が高町カフカを名乗って本格的な文筆業を始めたのも一つの事件だったし、それ以外にも色々な事件が起こった。でも私が気がかりなのは、野崎くんの行方だった。彼は今、どこで何をしているのだろう?


「結局、あの年の出来事は何だったんでしょうか?」


 あの年の出来事をどう解釈すべきか、ということらしかった。それはとても重要なことだと思えた。高町カフカ、つまり小春にとってはあの年の出来事が最も人生の煌めいたときだったのかもしれない。私などはその煌めきのようなものを体感せずにここまで来てしまったが、そんな人間が生き残っているのは感慨深いものがあった。人というものが輝けるのにも限界量というものがあるのかもしれない、そんなことを考えたりもした。

 黒田くんはどう考えているのだろう。


「今となっては分からないことだらけです」


 数学的知識を蓄えた学生がいたとして、その知識を活かすことなく何十年も経ってしまえば、それは風化してしまう。それと同じように一度は強い感情を身の内に住まわせて自分と同化させたとしても、年月が経てばその自分の行動を不可解なものに感じてしまう。そうしたことを言いたいらしかった。

 それは私にも腑に落ちた。それは悲しいことかもしれないけれど、でもそうして忘れることができるからこそ人は生きていけるのかもしれない。

 居酒屋の前で黒田くんと別れてから、夜道を歩きながら私は考える。

 生きてさえいれば。

 そうしたなら、私の中の思い出もきっと生き続けるだろうし、その意味も分かるかもしれない。だから、私は歩き続けるのだ。

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Re:AA-07 雨宮吾子 @Ako-Amamiya

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