物語は壊れた。

+傘

第1話

 物語に入りたいと思ったことはないだろうか?

 その世界に入って、先を知っているから預言者にでもなってみたいとか思う人もいるかもしれない。

 自分の好きな人物に会って恋愛をしてみたいとかもあるのかもしれない。

 そんな、物語の中に入りたいと思うキッカケとかはなかっただろうか?

 俺はある。俺は小説が好きだ。文字で表されるだけで世界が広がる。字であるのに景色があり、感情があり、物語がある。

 だからこそ、俺はこれを作ろうと思ったのだ。


「よし!出来た!」


 朝っぱらから大声を出す。だが、それはしょうがないことだった。

 俺がもう10年も前から開発していたものだった。

 それが今日、ようやく完成した。


「物語世界創造装置、安直だけど、物の名前なんてそんなもんだろ」


 物語世界創造装置、名前のまま、物語の中の世界を創り出す装置。そしてその中に入ることが出来る。

 部屋の中はいろんなものが散らかっていている、その散らかっているものは鉄だったり、複雑な形をした道具だったりする。それを見てればこの装置を作るのにどれだけの工程があったのか窺い知れるだろう。まあ、ただガラクタ散らかっているようにも見えるだろうが。

 そのガラクタの中に大きな扉がある。それがこの装置の要だ。

 大きな扉の横に箱がついている。この中に本を入れることで世界は創造されるのだ。


「あぁ、ようやく……ようやくあの景色が見られる」


 俺の目的は小説のある景色、それだけだった。

 確かに他の小説の世界に行ってみたいって気持ちはある。だけれど、俺はたった一つ、その小説の景色を見たいがためにこれを作った。

 その小説は恋愛小説なのだが、興味があるのはその恋愛している登場人物のことではない。いや、多少は人物には興味がある。しかし、目的はそれではない。その中に出てくるある景色が俺が見たいものだ。

 実際のところ小説の内容はかなりよかったと思う。最後に読み返したのは大分昔だが。まあそれは仕方ない、俺はその装置を開発するのに没頭していたのだから。

 この小説はとても面白かった、だからこそ俺はこの小説のその景色に感動して、その景色を見ようと思った。その景色をこの目で見てみたかった。

 善は急げということで、早速この装置の起動の準備を始める。

 まあ準備すると言っても、肝心の小説と時間設定さえあれば終わりなのだが。


「えぇと……あの景色が見られる時間は……20xx年7月7日、七夕の夜だったな、確か。念の為18時に設定しておこう」


 俺は小説を隣接する箱の中に入れる。箱の上に出てくる時計に七夕の日に合わせた。あの景色は七夕の日の夜、その場所の丘でしか起こらないと小説書いてあったはずだ。もう最後に読んだのは随分前だ。


「さて、起動しますかね」


 俺は箱についている横のレバーを下から上に持ち上げる。「ギギギ」と音を立てながら少し硬いレバーを上まで上げきった。

 扉が光り始めた。扉の向こうでは世界が生成されてるのだろうか、確かめる術はないが、しかし、上手くいっている自信はある。


 扉が光ってからしばらく時間が経った後、扉の光は徐々に薄くなっていき、そのまま最初と同じ明るさの扉に戻った。


「終わったか?」


 実際のところ世界を作るにしてはあまりにも早い気がするが、元々世界の原点というものはこの小説の作者が考えた時点で存在しているものなのかもしれない。それをこの小説という手がかりのお陰で繋ぐことが出来た、そういう可能性だってあるはずなのだ。それに物語の世界だから、隅々までは作られていないのかもしれない。

 この機械を作ったのは俺だが、本の中の世界に行けるという仕組みは出来上がっている。しかし、その世界自体は出来上がっているのか、それとも今作っているのかはわからないのだ。俺が作り上げようとしたのは作者の想像を具現化させてその世界に入り込む装置。具現化の仕方はよくわかっていない。ひょんなことから成功してしまったのだ。

 想像の具現化の手順で、俺の想像の生物を作り上げようと創意工夫していたらどこからか現れてしまった。作り上げたものかもしれないし、それともどこかの世界から近しいものを見つけてきたのかもしれない。

 だから今回のは元ある世界から近しいものを見つけてきたのかもしれない。そうすると『創造』ではないのかもしれないが。ひょっとしたら作者の物語とはどこからかリンクしてその世界のことが作者の脳内に入り込んだものなのかもしれない。だから今回は具現化というより、近しい世界を見つけてそれと繋げるだけの装置かもしれないのだ。それとも作者の想像された時点で世界が作られた可能性も0ではない。

 結局のところ答えなどわからないのだが。


「とりあえず、行くか」


 扉の前に立つ。開けた瞬間は何が起こるかわからない。成功が保証されているなんてことはありえないのだから。しかし、開けなければ始まることもない。


「ふぅ」


 俺は扉の前で一息つく。心臓はバクバク言っている。


「開けるぞ」


 そうだ、開けなければ。俺はそのためにこれを作ったんだ。やらなければ意味は無い。俺はこのまま開けないで後悔するなら開けて後悔したい。何が起きても、俺は夢のために犠牲にすると決めた。


「ふぅ」


 もう1度息をつく。実を言うと扉を触る前から手が震えていた。怖い。何が起こるかわからない。この扉は実験すら危険だ。だから実験などしないでぶっつけ本番で試す。

 そんな扉が、俺の夢のすべてだ。


「…………よし」


 扉のドアノブに手をかけた。俺の手は震えている。力は入らない。だが、ドアノブが回らないほど力が入らない訳では無い。

「ガチ」と音がなってドアノブが回る。ドアノブを回すと、また扉が輝きだす。向こう側への道を形成するように。


「…………」


 目を瞑って決心をする。

 俺は扉に力を入れて押した。


「……っ!」


 思いっきり押したがなかなか動かない。

 俺は体を扉に押し付けて体を使って扉を押した。

 扉は結構重い。素材自体はそこまで重くなかったはずだが、向こう側を繋いでいるものは扉ではないのかもしれない。それでも開けられない重さではない。踏ん張って肩を押し付けて無理矢理開ける。するとある一定の距離を押すと急に扉が軽くなり勢い余って前に倒れてしまった。


「うおっ!」


 そのまま倒れ込むと草の感触が伝わる。俺の部屋であったのならこの扉の先には硬い鉄の床だったはず。

 俺は思わず顔を上げるとそこには広大な草原と赤く燃え上がるような夕日、夏とは思えない涼しく心地よい風が吹いていた。


「ここは……」


 小説であるから見たことなどない。だが知っている。ここはあの世界だ。確信がある。小説だから想像であるが故に自分の中の妄想と完璧に同じである訳では無い。だが、ここは小説の中のあのシーンの表現と同じであると確信した。


「あぁ、出来たのか、成功したのか……」


 成功した。これは絶対成功したんだ。


「最っっ高の気分だ!」


 思わず声を上げてしまう。広大な草原で大声を上げる。これもまた気持ちいいものだった。

 すると俺の周りに人がいたこと気がつく。


「どうかされました?」


 声をかけてきたのは女性だった。

 あぁ、知っている。この女性は。


「西条皐月……」

「え?」


 急に名前を呼ばれたからかその女性は目を丸くした。

 俺がこの女性のことを知っているのはあの小説の登場人物だからだ。それも主要人物のヒロイン。

 長い黒髪が夕日を反射させて少し赤く見える。肌は白く身体はとても華奢に見える。それなのに佇まいはとてもしっかりしていて、とても美しかった。


「あの……どこかで会われましたか?」


 西条皐月は自分の記憶の中から俺の存在があったかを思い出そうとしている。そういう行動を見ていると物語として作られたとは思えないほど人間味がある。

 本を読んでいた時から俺は彼女の心理描写に感情移入をしていたから彼女は俺にとっては元々一人の人間として本の世界で生きているような気がしていたが。


「いえ、少し話で聞いたことがあっただけです。素敵な男性と愛し合っているというね」


 当たり前のことだが、こんな会話をした描写などない。つまり、彼女の行動は本の内容のような行動しかできない訳では無い。彼女はこの世界で確かに生きているのだ。


「あら……恥ずかしいことですね。そんなに噂になっていたとは」


 彼女は顔を赤くする。彼女の恋は結構情熱的だ。様々なことを乗り越えてやっと結ばれたのだ。かなり周りには噂になっていた筈だったので、名前を知っていたことを噂で聞いたと言い訳にしておいた。不意に名前を出してしまったのは失敗だった。流石に彼女に怪しまれたくはない。


「そうですね、理想の恋人同士だと思いますよ」


 彼女はさらに顔を赤くした。実際に見ると字面で見るよりもかなり鮮明に彼女の存在を感じる。彼女はここで生きてるので当たり前かもしれないが、俺にはとても嬉しかった。

 すると、後ろから男性が現れる。あぁ、やっぱりかっこいいな。想像以上だ。


「どうした? 何かあったのか?」


 東城海斗。西条皐月の恋人だ。男らしく、かっこよく、頼りになりそうなそんな印象を受ける。背は高く、しかしスマートである。よく見れば筋肉がしっかりあり、かなり鍛えられている印象だ。


「いえ、少し話していただけですわ、私たちのことってかなり噂になっているらしいんですよ? 嬉しいような恥ずかしいようなですね」

「む、そうなのか……俺にとっては少し恥ずかしいものだな」


 西条皐月は微笑んでいる。その顔はとても神々しく天使のようだ。対して東城海斗は恥ずかしさを隠すためか顔を顰めている。少し怖い印象を受けるが、声のとても柔らかい印象も同時に受けるので、かなり親しみやすい気がする。


「自分の理想ですよ、貴方達2人は」


 実際のところ俺はこの2人の恋愛には憧れを抱いた。自分が恋をするならこんな付き合いをしてみたいと思ったことは嘘ではない。


「ふふっ、嬉しいものですね、海斗さん」

「まあ、そうだな。認めてもらえたような感じがするな」


 二人は嬉しそうに視線を合わせる。やはりこの2人はお似合いだと思う。ただ、小説の中の仲の良さを実際に見せつけられるとこっちが恥ずかしくなってくるものだ。


「あ、そうだ」


 この2人に会えたのはラッキーだが、俺の目的はそうではない。18時に設定したのは目的の場所に行くためだ。あの扉がどこに行くかわからなかったので夜になる前の時間帯に設定しておいたが、設定すると基本的にその時間帯であるシーンの近く場所に行くようだ。細かいことは後で実験してみようかな。

 確かにこの時間帯はこの2人がこの高原で夕日を見ているシーンだったはずだ。ここからこの2人はあの場所へ向かうはず。ならば場所を聞いておいて案内もできればお願いしたい。小説の情報だけでは道などは詳しくわからないのだから。


「どうしました?」

「すみません、《星降りの地》の場所を教えていただけませんか?」


 《星降りの地》、俺の目的の場所。幻想的でこの世のものとは思えない美しさ。言葉では表せないと書いてあった。

 俺は作者が頭の中でどんな景色を見たのか、それを見たかったのだ。そういう描写は他でもあるかもしれない。しかし、俺が読んだ小説のなかでそのように書かれていたのはこの小説が初めてだったのだ。だからこそ気になった。そのためにこの装置を作ったのだ。


「あぁ、今日は七夕だからか、実は俺達もそこに行く予定なんだ、良かったら一緒に行かないか?」


 東城海斗は優しい微笑みを俺に向けてきた。やはり彼は人当たりが良さそうな人物に見える。


「いいんですか?」

「遠慮しなくて構いませんよ、一緒に行きましょう」


 西条皐月も同意してくれる。物語の主要人物と行動するなんて、一種の幸運かもしれないがどこか緊張する。まるで有名人と一緒に歩く感じだ。


「では、お願いします」


 だけれどこんなチャンスは掴まないともったいない。道はわからないし、案内してもらえるのは願ったり叶ったりだ。


「そういえば、これ見えますか?」


 俺は自分の後ろを指さす。そこには虹色のような何かが扉の形で空に浮いていて、なんとも奇妙な光景だった。そこは俺が出てきた『扉』だった。


「……はい、え? 何でしょうこれ」

「んん? なんだこれは」


 2人は驚きの表情を見せた。見えない訳では無いらしい。基本的に認識しづらいもののようだ。


「ああ、これは俺がここまで来るのに使ったものなんですよ、害はないから気にしないでください」


 下手に嘘ついて大事になったら困る。だから本当のことを言っておく。


「そうなのか、不思議なものだな。今の今まで全く気づかなかった」


 驚きのは表情を浮かべている。まあ確かにこんなの不思議極まりないよな。


「とりあえず行きましょう。案内してもらう側なのに厚かましいですが……」


 俺は苦笑いを浮かべる。厚かましいかもしれないし、自分から出した話題なのだが、結構時間的には厳しい。


「ああ、そうだな、案内しよう。と言ってもそんなに遠くないがな」

「そうね、行きましょうか」


 2人は目的の方向に足を進めて、俺はその後ろをついていった。


 道はかなり自然に溢れていたが、草は足首くらいまでしか伸びていなく、とても歩きやすかった。少し離れなところに街が見える。《星降りの地》とは意外と街から近いところで見られるようだった。

 30分くらい歩いたらそれらしき場所が見えてきた。

 意外に遠い印象を抱いたが、この世界の徒歩30分などかなり近いのだろう。電車が走ってるわけでもなく車もない。そういう世界なのだから。


「あそこの丘の上だ、結構人がいるな。まあ年に1回だし仕方ないだろう」

「毎年見に来ていますが、凄いものですよ? 毎年来る価値があります」


 その丘は基本的に斜面の部分は少なく、台形のような形をしている。丘の上は平坦のようでそこで座って酒を飲んでいる人達が大半だった。そこにはかなりの人数がいる。いくつもの丘が連なっているようで、細長い丘のようになっていた。かなり人数がいてもその平坦で十分な人が座れるようだ。

 西条皐月は毎年見に来ているらしい。これは知らない情報だった。毎年見に来ていても飽きないということを聞いて、さらに期待を膨らませる。


「すまないが、ここで別れよう」

「ごめんなさい、今日は2人で見る約束なの」


 2人は申し訳なさそうな顔をしている。だが、案内してもらっただけでも万々歳なのだ。


「いえ、案内してもらってありがとうございます。お2人の邪魔をしてはいけませんしね、離れた場所で楽しみますよ」


 こう言うと西条皐月は顔を赤く、東城海斗は視線を逸らした。東城はからかわれるのが苦手らしい。


「変な事言ってないで早くいけ!」

「ありがとうございました」

「またお会いしましょう」


 照れて言う東城海斗の言葉は思わず笑みが出てしまった。変な事ではなく紛れもない事実なのだが。

西条皐月はまた会おうと言ってくれた。俺もまた会いたいと、この2人と直に会って感じた。これは小説の中では味わえない、現実の人間と会ったときに抱く気持ちだと思う。


 2人と別れて俺は空いているところを探す。結構な人がいて、なかなかゆっくり見られそうな場所は見つからない。あの2人はこの中でどうやって二人きりの場所を探すのだろうか、ひょっとして穴場的なところでもあるのだろうか。花見と同じ感覚のようでどこもかしこもみんなお酒とかを持って騒いでいる。俺はなるべく静かに見ていたい。


「この辺でいいか」


 ある程度離れたら人が少なくなった。坂で斜めっているところあたりに来た。固まりから離れてしまったがこのあたりの広範囲に大きく見えるはずなので問題は無い、丘の上である必要性は丘の上の方がより綺麗に見えるからだと思う。結構歩いたのでとりあえず俺は座って休むことにした。


「おや」


 誰かが俺に話しかけてきた。後ろを振り向くと俺と同じ年くらいの女性がいる。ちなみに俺はまだ25だ。


「珍しいね、こんなところに」

「誰?」


 俺はそいつを知らなかった。髪は短髪、茶色の髪で目がつり目で高圧的な印象を受けるが、彼女の表情からはなにか面白そうなものを見つけた目をしていた。


「ここはあたしの特等席なのよ、まあ決まっているわけじゃないけれどね、だけどこんな坂の所に来る奴を見るのは初めてよ」

「まあ、ここで見るなら寝っ転がりながらでも綺麗に見えそうだしね」


 平面で寝っ転がると流石に見づらい。それもいいかもしれないが俺は坂のところで寝っ転がり、坂のおかげで体は半分起き上がる。その状態見ようかなって思ったからここにしたのだ。


「へぇ、わかってるわね、私もそうやってみるのが好きなのよ」


 彼女は嬉しそうな顔でこちらに顔を向ける。その表情は先程の高圧的な印象と違い、可愛い。


「ここはあんまり人が来ないの、坂道ではお酒も食べ物も広げづらいしね、みんなは中心から見ることにこだわってもいるから」

「なるほど」


 確かに、花見気分で見るならばこのあたりはかなり使いづらいだろう。それに中心は一番見やすい気はする。そういう考えは割とわかるが、多分どこでも意外と変わらないと思う。まあ、俺にとっては好都合だが。


「まあ、今年は2人ってことかな。静かに見たいからこっちに来たんだろうけれど、あたしもたまには見ながら話しをしたいわ、付き合ってよ」


 俺も基本的には誰かと共感したいことはある。

 だからこの提案は魅力的だった。騒がしく見たくはないが、誰かと話しながら見たいとも思っていたのだから。


「わかった、俺も誰かと感想を共有したいしね、今回が初めてなんだ」


 基本的にこの世界では嘘はつかない。俺はそう決めていた。この世界の人達には真摯に向き合いたいと感じていたからだ。

 無駄に嘘をつこうとして誰かに怪しまれたくはない。


「へぇ! そうなの! 初めてならかなり感動すると思うわよ〜、初めてならここで見るのもおすすめね!」


 今までの会話で一番興奮している。かなり熱くなっていて、彼女は俺に対してかなり熱弁してきた。よっぽどこの星降りの地が好きなんだな。


「そういえば君の名前は?」


 俺は彼女に聞いてみる。彼女のことは小説の中では心当たりはない。


「九条夏目よ、あんたは?」


 俺は驚きを隠せなかった。彼女のことは本当に何も知らなかったからだ。

 俺はどこか、この世界の主要人物以外は人っぽくないのではと感じていた。周りのエキストラなど、ゲームのNPCと同じで基本的なことしか出来ないと考えていたからだ。

 しかし、夏目は違う。この星降りの地が好きで熱弁してくる可愛い女の子だ、そして生きている人間だ。夏目はこの世界で生きているのだ。この物語はありえないほど現実に近いことを実感した。

 そう考えるとこの世界はやはり作者の頭の中にリンクしたもので、元々この世界というのは存在していた可能性もあるのではないかという考えが現実味を帯びてきた気がする。いや、それともやはり想像によって世界が作られて、その足りない部分は何かが補っているのだろうか。

 人間の想像というのは計り知れないものがあるのかもしれない。それこそ、世界を作り出す力がある可能性も0ではない。


「ちょっと、聞いてるの? あんたの名前よ!」


 俺は考え事をしていて彼女のことを無視してしまっていた。


「あ、いや、すまん。俺は■■■■■だ」

「■■■■■ね、似合わないわね。略してランタとかでいい?ランタって感じの顔してるから」


 どんな顔だ。

 なかなか傍若無人な性格をしているらしい。そんなところがかなり人間っぽい気がする。いや、やめよう。彼女は人間っぽいんじゃない。彼女は紛れもなくこの世界で生きる人間なのだ。


「まあ、呼び方なんてどうでもいいよ、好きに呼ぶといい」

「そう、じゃあランタ、あたしの事も夏目でいいわよ」

「急に女性を下の名前で呼ぶのはハードル高いものがあるなぁ」

「なによ、ヘタレね。ランタは彼女とかいたことないでしょ」

「余計なお世話だ」


 心の中ではもう名前を呼び捨てにしてたけどな。

 夏目と話してるのは楽しかった。俺と夏目の話し合いはとても今日出会ったばかりとは思えないほど気兼ねの無い会話だったと思う。

 それはひとえに彼女のおかげだと思う。彼女は俺が話しやすいように基本的に質問の形を取っていて俺はそれに答える感じ。そして軽口を叩きながら話してくれるのでとても距離が近く感じる。それが俺にとってとても心地が良かった。


「結構話し込んじゃったわね、多分そろそろよ」

「ようやくか」


 ようやく。ようやくこの時が来た。俺の目的。あの景色、あの光景が見られる。楽しみで思わず落ち着かないで貧乏ゆすりしてしまう。


「ちょっとランタ、それ鬱陶しいからそれやめて」

「あ、悪い悪い」


 それでも心臓は落ち着かない。常にバクバク言っていて血流はいつもの倍くらい早く感じる。体はもう暑さを通り越して体に体温を感じなくなったようだ。

 遠くからゴーンゴーンと鐘の音?が鳴る。何かが響く音で何かの合図の役割だろう。


「さあ、始まるわよ」


 ゴクッとつばを飲む。つばを飲んでわかったが、喉はカラカラだ。興奮してまた顔に体温が戻り熱くなる。


「あ、始まった!」


 それを見た俺は。
















「すげぇ……」


 あまり言葉は出ない。ただ、ただ凄かった。上から星の光が落ちてきてそれを反射して地面から星が空に飛んでいく。星の速さはそれほどでもない。ただそれだけでも周りに星が落ちてきて、その星もすぐに空に飛んでいく。綺麗で思わず無意識に立ち上がってしまう。折角寝っ転がって見れるところまで来たのだが。それほどまでに幻想的だった。


「でしょ? 私も毎年来てるけど。これは毎年来る価値あると思うのよ」


 ああ、そうだろうとも。こんな幻想的景色俺の世界じゃ見られるはずが無い。俺の世界では星はただの石の塊だ。

 手を広げて星を触ろうとする。しかし、その星は俺を通り抜け、そのまま下の落ちて反射して空に登る。


「あはは、星は掴めないわよ。掴みたい気持ちはすごくわかるけれどね」


 この星はなんという物質なのだろうとか、そういうことはどうでも良かった。この幻想的な景色をただ眺めていたら涙が出そうになってきた。


「どう? 凄いでしょ! まるで自分が星の一部になった気がするのよ!」


 あぁ、確かに、今自分は星の中を駆け抜けている気分だった。自分に光が通っていって。光が自分から出ていく。それがとても綺麗で美しかった。

 その光も長くは続かなかった。10分ほどだったと思う。しかし、余りにも夢中になり過ぎて30秒ほどに感じるくらいだった。


「あぁ、終わっちゃったな」

「そうね」


 俺は終わったことが残念でたまらなかった。一気にテンションは落ちる。だけれど目をつぶってさっきの光景を思い出すと、また、感動で体が震えてくる。


「年に1回。この時のためにみんなが集まるの。終わる時はみんな一緒、少し寂しがる。だからそのためにみんなは酒を飲んで騒いでいるの、少しでも寂しさを紛らわすためにね」

「一応理にかなってるんだな」


 なるほど、そういう意味もあったのか。確かに少し虚しいし酒を飲んで騒ぎ立てたい気持ちもわかる。だが俺は。


「この寂しさも、また一種の楽しみなんだろ?」

「……へぇ。ランタが初めてよ、そんな事言ったの」


 この悲しさがあってこそのこの景色なんだ。この、なんとも言えない虚しさ。小説を読み終えた時のもう続きは無いとなんとも言えない虚無感が俺はなんとも言えない心地よさがあった。この景色を見た後も似たような感情を抱いた。


「あぁ、来年も来たくなる気持ちがよくわかる。またみたいな、この景色」

「そうやって、みんな毎年来るようになるの。あたしもその一人だけれどね」


 小説だって、また見返すことが出来る。完結したものだって、再度見返したらまた同じ感動を味わうことだって出来ると思う。小説と違うのは、この景色の見返しは一年後だということだ。

 そうして、俺は夏目と軽く感想を話し合う。言葉では表せないなんとも言えない景色の中で、必死にその景色に近い言葉で表現する。こう考えると言葉というのはなんとも未完成なんだろう。

 そういった意味では小説もなんと未完成だろうか、字だけであれだけの世界を表現出来る。だが世界を表現出来るのはその世界の一端でしかないとここに来てからずっとそう感じる。


「それじゃあランタ、あたしはもう行くね」

「もう行くのか?」

「もうって…………割と遅いよ?」


 随分話し込んでいたらしい。少し離れた場所にいた人たちはまばらになっていた。今でも残っている人たちは朝まで飲む人たちなのだろう。


「あぁ、そうなのか。まだまだ話足りないくらいなのにな」

「まあ気持ちはわかるわよ。でも、あたしも家族が心配するからね」

「家族と一緒に見に来たりしないのか?」

「父さんと母さんはお酒で騒ぐ派だからね、一応来てるんだけれど朝までは飲まないのよ。心配性で18なのにまだ1人で遊ばせてはくれないのよ」

「じゅうはち!?」


 俺より随分年下だった。かなり大人びてる印象で、とても10代には見えなかった。


「なによ、そんなにおばさんに見えたの?」

「いや、かなり大人っぽく見えて、いろいろなところとか」

「へぇ……どこの話?」


 そりゃあ……その大きなむ……いやごめんなさいそんなに睨まないでください。


「ランタ、そんなんじゃ本当に恋人なんて出来ないわよ?」

「余計なお世話だ」


 夏目の大人びた印象は、この世界の環境の影響があるのだと思う。この世界の成人は15だ。大人になるという認識があると人間は意識が変わる。人間の意識によって体も変化する。この世界の人間は大人になるのが俺の世界より早いだろう。


「それじゃ、またね」

「おう、またな」


 ここでの別れが少し虚しい。どちらも住んでいる場所は教え合っていない。多分夏目も気づいていて言っていない。ここで教え合うのは何か違う気がするのだ。


「また……」

「ん?」

「また来年、ここで待ち合わせねランタ」

「……ああ」


 夏目はそれだけ言い残して少し離れたお酒を飲んでいる集団に向かって走っていく。

 また来年。この言葉が俺にとって心地よい。

 俺の場合おそらく帰ったら一年後に設定してすぐ行けるだろう。だけれど、俺はこの時点で時間設定を動かすのはやめようと決心した。俺はこの世界を物語としてではなく、ただひとつの世界として受け入れようと思った。


「帰るか」


 俺は元来た道を戻ろうと立ち上がる。帰り道は覚えている。複雑な道などなく、基本的にまっすぐな道のりだ。


「ん、また会ったな」

「あら、奇遇ですね」


 少し歩いて会ったのは東城海斗と西条皐月だった。


「こんばんは、また会えて嬉しいです」

「私達も嬉しいです、もうお帰りですか?」

「えぇ、家に戻ろうかと思います」


 とりあえず一度帰ろう。成功するか半信半疑だったため食料とかもある訳では無い。

 こちらにいても住む場所もお金もないので暮らしてはいけない。次来る時はいろいろ準備してからにしようと思う。


「そうですか、次会えるのはいつになりますかね?」

「また来年ここで会えますよ」


 俺は来年もこの場所に来る。またあの景色を見返しに来る。きちんと一年後に。


「お前が来年ここに来るとしても俺達は来るとは限らんぞ?」

「え、来ないんですか?」

「ふふっ、来年も2人で来ますよ」


 西条皐月は面白そうに微笑んでいる。東城海斗も意地の悪そうな笑みで俺を見てる。からかわれたようだ。


「お前はあの扉から帰るのか?」

「ええ、あれが俺の唯一の出入り口ですから」

「不思議な人ですね、ひょっとして宇宙人だったりするのかしら」


 宇宙人か、考え方によれば間違いではないのかもしれない。まあ冗談だろうけどな。


「ええそうです! 別の星からやってきました! 次はもっといろいろ準備してから来ます!」


 2人は大きく笑ってくれた。その笑いが2人の人の良さを表しているようだった。


「それではまた来年。会えることを願ってます」

「じゃあな、一年後、待ってるぞ」

「こちらこそ一年後を楽しみにしてます!」


 彼らも俺と会うことを楽しみにしてくれた。それがとても嬉しい。俺はもう自分の世界には何も残っていない。家族はもう既にいない。友人もずっとあの装置を開発していたせいでいない。これに関しては後悔はしていないが。

 いっそのこと、すべてを捨ててこちらの世界に移住してしまおうか。この世界が俺の世界との違いなんてほとんどないことを今日実感出来たのだから。


 とりあえず俺は最初にこの世界に来た『扉』まで来た。来た時と変わらない状態のままだった。


「……帰るか」


 夢から覚めるようなそんな感覚がある。戻ったらこの世界でのことはただの妄想だったんじゃないかってそうなってしまいそうで少し怖かった。

 だからといっていつまでもこうしていられる訳ではない。俺は意を決して俺が通ってきた『扉』の光の中に飛び込む。


「うわっ!!」


 来た時と同じように倒れ込んでしまう、今度感じるのは鉄の床でほんのり冷たい。出る時は扉を開ける勢いで倒れたが戻ってくる時はちょっと勢いつけて飛び込んできたのだが、その勢いはなかったかのように出てきたので思わず転んでしまった。


「……戻ってきたか」


 見慣れた机。見慣れたガラクタの山。俺がもう何年もの歳月を過ごしてきた部屋だ。

 通ってきた場所には開いたままの扉があった、向こう側は見えない光の壁のようなもの、こちら側から押してドアを開けているので、扉は見える。しかし、向こう側に扉が見えないのは少し不思議である。


「夢じゃなかったみたいだな」


 思わず俺は苦笑した。ちゃんと夢じゃない。当たり前だが、不安だった。


「いろいろ準備して、向こうに行くか」


 この時もう俺の心は決まっていた。こちら側の世界を捨てる決心はもうついていた。

 向こう側で過ごすにはどうしたらいいのだろう。


「まあ、行ってみればなんとかなるか? とりあえず食料さえ持っていけばなんとかなるだろ」


 楽観視だったかもしれない。でも、何が何でも向こう側の世界で俺という人間を作りたかった。

 向こう側の世界の時間を戻そうとも進めようとも思わない。これは俺が向こうの世界の人間になるという覚悟でもある。俺が生きる世界はもう向こう側の世界であるという意識だった。だから俺はもう向こう側の世界に行ったらこちら側の世界には帰ってこないと決心していた。


「とりあえず近くのスーパーに行って、保存できそうな食料を買っておくか……と、その前に」


 その前に確認しておきたいことがあった。俺は『扉』の横にある箱を開ける。本をその箱の空間から出さなければ『扉』は繋がれたままのはずだ。

 俺はその箱の中の小説を開き、パラパラとページをめくる。


「……変わってない」


 俺が行ったことによって小説の各部分に変わりがないか探したが、変わった部分はなかった。

 小説はあくまで記録であり、世界そのものではないということだろうか。ひょっとしたら時間を進めたりしたら俺が向こう側の世界に行った事実などなくなっていたのかもしれない。


 俺は部屋のドアを開けて玄関に向かう。部屋は一番奥にあって廊下を少し歩いて一度曲がってその突き当たりに玄関がある。靴を履いて玄関のドアノブに手をかける。こちら側の世界の外に出るのは何日ぶりだろうか、もうずっと部屋に引きこもって食べ物も出前だったり、通販で買ったりしていて外には出ていなかった。

 今日外に出て買いに行こうと考えたのはこの世界の景色をみるのはこれで最後だと思ったからだ。

「ガチャ」と音がしてドアが開く。あの扉と違って重くはない。


「うわっ、まぶし!」


 咄嗟に目を日差しから守るために手で隠す。

 部屋の中が暗かっただからだろうか、向こう側の世界に行った時はもう夕方だったし、こっちは昼間なのをすっかり忘れていた。

 目が慣れてきて、その手をどける。すると目の前には信じられない光景が広がっていた。


「なんだよ……これ……」


 目の前にはいつもなら目の前に一軒家が建っていて、遠くにはマンションが見えるはずだった。

 しかし、目の前の住宅も、そのまわりも崩壊していて、マンションに至っては半分から上がなくなっていた。


「何なんだよこれ!!」


 所々で煙が上がっていて家事が起きてるところがありえないほどある。この家はかなり内側にあるためほかの住宅の様子はよく見えないが、玄関から少し顔をのぞかせたところから見える景色はどこもかしこも煙が上がっていた。

 俺は状況を把握するためによく周りを見る。

すると、少し離れた上空にあるものを見つけた。


「嘘だろ……?」


 そこにあったのは俺が向こうの側の世界に行った時にあったような『扉』だった。

 そこから銃を持った人間が入ってきたいたのだ。


「どういうことだ……」


 あの『扉』がこちら側にある。

 つまりどういうことかといえば。


「この世界の物語に入ってきたってことか……?」


 この世界が物語である可能性は向こう側の世界に行った時に考えた。しかし、深くは考えることは無かった。それは自分の存在が作りものである可能性を考えるのと同義だったからだ。

 銃を持った人はどんどん増えていく。すると、何かが割れた音がした。


「……っ!? 何の音だ?」


 空を見上げるとと空間が割れていた。それはところどころで発生している。まるでこの世界が崩壊していくような。この世界そのものがなにかに耐えきれなくなったかのように。


「くそっ! どうなってるんだこれは!」


 世界のヒビはどんどん広がっていく。空間は少しずつ黒く染まっていく。

 この世界に入ってきてる奴らは何かを探してひとつひとつの住宅を探していた。

 俺はすぐさま家の中に逃げ込んだ。ここはわかりづらい位置にあるので見つかるのはそう早くないはずだ。


「すぐに向こう側の世界に行くしかないか……」


 俺は『扉』のある部屋に戻り、ちょっとした価値のありそうなものを集める。

 すると、部屋の中でも外で見たような割れ目が生じた。


「何なんだ……? これは」


 その割れ目は何も無い空間上に割れていた。その異様さが触ってはいけないことを示しているかのようだった。

 それを実験で床に落ちていたガラクタの一つを投げる。すると、そのガラクタは何の音もせず、その黒に触れた部分がただ、消えた。


「……なんだこれ」


 俺は急いで準備を進めた。

 すぐに準備を終えるとそのまま扉の中に飛び込もうとする。


 ――あることに気づくまでは。


「ちょっと待て……」


 そもそもなんであいつらはこのタイミングで来た。

 この俺が物語世界創造装置を完成させたタイミングで来た。これは偶然だろうか?


「……まさか」


 これは最悪の考えた。最悪の考えだが可能性は高い。


「あいつらは俺の物語に入ってきたのか……?」


 自分が語られる物語。その中に入ってきた可能性。それはありえない話ではない。

 それならば俺がこれから向こう側の世界に行くことによって何かが起こる可能性も高いのだろう。だからこそこのタイミングなのだ。

 俺が向こう側の世界に行った後のタイミングじゃない、ということはこの行く時にきっかけがあるのかもしれない。ならば俺は。


「向こう側の世界に行くことで巻き込んでしまうのだろうか?」


 どうする。俺が向こう側の世界に行くことによってあいつらが乱入してくる可能性が高い。

 どうすればあの世界は巻き込まれない?


「あの箱と一緒に飛び込めば……こちら側との道はなくなる」


 あの小説がこの世界と繋げる架け橋だ。だからあの小説ごと向こう側の世界に飛び込めばこちら側との接点が切れて、あいつらは向こう側の世界には来れないはずだ。


「……いや、これはダメだ」


 あいつらは俺の物語に入り込んでいる。つまり、俺が向こう側の世界に行くことによってあいつらはまだ俺という接点が持てるのだ。

 つまり、俺がいる限り接点は持ててしまうのだ。

 ならどうするか。俺が生き残る道は無い。ならばせめて、向こう側の世界だけでも守ろうと、そう考えた。


「だったら……」


 俺はまず『扉』の横にある箱を持つ。それを扉の中に投げ込んだ。

『扉』の光はどんどん暗くなり、そのままただの扉になってしまった。


「……これで向こう側の世界との接点は切れたな」


 時間を進めたわけではなく戻した訳でもなく。ただ、その世界との繋ぎを消した。これで俺の存在は向こう側の世界でも残ってくれるだろうか。西条皐月も東城海斗も九条夏目も、俺のことを覚えていてくれるだろうか。

ほんの数時間しかいなかったあの世界だが、あの世界との繋がりが切れたのはとても寂しかった。

 自分の近くでまたガラスの割れる音がする。どんどん、俺の物語は破滅に向かっているようだ。

 俺はまた玄関に向かう。部屋にあったアレを持って。

 アレは昔ちょっとした趣味で作ったもので、それを今回に備えて火薬の量を増やしておいた。

 俺は玄関を開ける。外を見るとどんどん空間のヒビが大きくなっていた。外にいた人間はひとつひとつの家をしらみつぶしに探しているようだった。俺の家が見つからなかったのはこの家は前にある家の横の細い通路の先に玄関があるからだろう。あまり気づくことがない。

 もうかなりの量の割れ目がある中でそいつらはそれを避けて歩いていた。やはり、やつらもあの割れ目によって巻き込まれるのだろう。

 そして、俺がやらなきゃいけないこと。それは。


「あの『扉』を破壊する……」


 あいつらが戻るための『扉』を破壊すること。もし、このままあいつらがあの扉に戻ってしまったらこの世界の時間を戻されて次は対策をしてきてしまうかもしれない。小説は外部が入り込んでも中身が変わらないと証明されたから。


「そうしないと、俺は向こう側の世界を守れたとはいえない!」


 俺はその『扉』に向かって、アレを投げる。

 それを見た何人かの人間が俺の方を見た。

 戻らせはしない。

 何の音も聞こえず、失敗したかと思ったが、そこにあったはずの『扉』は消えた。

 よかった。あの時限爆弾はちゃんと奴らの世界で爆発してくれたらしい。

 こっちを見ていた人間は手に持っていた銃でこちらを撃ってこようとする。しかし、そこにいた人間は消えてしまった。

 よく周りを見るとさっきあったヒビ割れがさっきよりかなり早いスピードで進んでいる。あいつらが来たはずの『扉』を壊したと同時に。

 あいつらはすぐに消えていた。どうなったかはわからない。存在が消えたのかもしれないが、それを知る手立てはない。

 周りの物もどんどん消えていく。空間がどんどん闇に包まれていく。俺の家があった場所も空間の割れ目によって残骸になっていた。俺のあの部屋の扉も、もう消えていた。

 俺ももう時期消える。この物語の崩壊と一緒に。

この世界は物語として未完成なのか、元々このような話ではなかったはずだ。それによって俺の物語は破綻してしまったなのか。


「もう、どうでもいいか……」


俺が、あの装置を大々的に発表とかしていたら、今の俺の世界のような可能性があったのだろうか。物語の中に入る。夢なのかもしれないけれど、より今の世界と変わらないものを求めることで、自分達が物語である可能性を高くする。それを完成させた時点で自分達が物語である可能性を考えなければならないのか。

自分達が物語を覗くことで、何かが自分たちを覗いてる可能性があるのか。

いくらでも仮定の話は出てくる。もう意味などはないけれど。

不意に向こう側の世界の光景が頭によぎる。

あの景色、あった人達。どれも俺の大切になったものだ。


「約束……守れなかったな」


 向こう側の世界での約束。また来年に会う約束。

 嘘はつかないと決めていたのに。結局最後には嘘をついてしまった。

 もう1度あの景色を見たかった。あの景色を思い出すと、自然と涙が流れていた。


「……あぁ、もう満足だと思ったけど……まだ、足りないんだな……」


 夢見てた景色は見れた。それでもう人生十分だと感じていたのに。

 いざ消えるとなると怖かった。

 でも、向こう側の世界を守れたのかもしれない。そんなことに少しだけ満足できた。




「きっとあの世界は平和でありますように」




 こうして、俺の物語は――

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物語は壊れた。 +傘 @namepen

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