5

所長室の滞在時間……

わずか三十分にも満たなかった。内訳は二十分弱が小憎らしい二人による小物弄りだ。

聞きたいことがまだ幾らでもあった。なんせアヴァロンは腹がどす黒く染まっているので、肝心なところは秘密にしている節がある。

人によっては願いの数が違うとか、百八つの願いが叶うと、どんな願いでも一つだけ叶えられることができるとか、漂流者狩りだとか教えなかった。

説明が面倒なのか、オーベルの人間があの演説で教えるまで黙していたのか?

……あの性格ならありえるかもしれない、それとも絶対に秘密にしておきたい事があったから、木を隠すには森の中。の要領で、重大なことがどこかに隠されているのは間違いないだろうと思う。

ここから先は、アヴァロンの白い肌とは対照的に、黒く染まった臓腑に探りを入れてかなければならない。

そうしなければ私はどこか重要な所で、足を踏み外すかもしれない可能性があるからだ。

そんなのは嫌だ!

私は新たに生きる目標ができた。見たい世界が広がったのだ。

だから私の知らない所で、私の知らない人や力が動いて私を動かす。そんな世界はもう懲り懲りだ。だから私から動いてやる。

たとえそれが動かされているのだとしても、それが世界の真理だとしても、自分が世界の中心に偉そうに居座っているつもりなら、きっと世界は開けてくるはすだ。

だから自分から新しい世界を見つけに行こう。

そう意気込んでアヴァロンを睨み付けてやった。

怖いものには敵わないとばかりに肩を竦めて、帽子を目深に被り直す。

横を見るとアヴァロンが食べなかったスコーンをアルテミスがむしゃむしゃと口一杯に詰まらせて、まるで栗鼠みたいだなと思っていたら、紙コップに入った熱いエスプレッソで慌てて流し込んでいる。

止めたほうがいいと声をかけようとしたが、遅かった。小さくぐむっ、と女子からぬ悲鳴を上げて舌と喉に軽い火傷ができたみたいだ。

お嬢様キャラかと思ったが、案外食い意地が張っているんだな。などと思っていたら勢いよくスコーンらしき物が飛んできた。

「食い意地が張って悪かったな」

アルテミスは怒った顔をしているが、本当はこれでも食べて落ち着けだと理解して、私の顔は渋々。心はナイトメアの味にワクワク。わざと文句を言いながら口に運ぶ。アルテミスの優しい心遣いに多謝。多謝。などと思ったのが間違いだった。口中を刺激が突き抜ける。

「……アルテミスさん。つかぬ事をお伺いいたしますが、これはなんて食べ物ですか?」

「ん? 聞きたいか? 知らぬが仏とは祭の国の言葉でなかったか?」

「この得体の知れない初めて口にする。摩訶不思議な物体の正体が私の貪欲な学究心を刺激するものですからね。お嬢様」

「ん。感心な心がけだ。ならば答えよう。それはアーロンが朝一番に捻り出した糞だ」

美しい笑顔でさらりと答えられては、返す言葉も失った。

この旅で精神が擦り切れるかもしれないと予想できた。

「アルテミス悪戯はその辺にしてくださいね、あまり食い意地が張ると、また体重が増えてダイエットとは名ばかりの絶食拷問を強制させますよ」

アヴァロンは笑いながら、紅茶の入った熱々紙カップを手元でくるくると廻し、顔は笑っていながら眼の奥が残虐な光を発していたので、実際に敢行したことがあったのだろう。

その証拠にアルテミスはだんまりを決め込んだ。

「どんな眠気もそれを食べると一発で目覚めますよ。こっちが正真正銘のナイトメア産のお菓子です。頬っぺたがとろけるくらいに美味しいので、味わって食べてくださいね」

包みに閉じられた紐を解くと、中から十個くらいの菓子が見え、それぞれが個別にラッピングされた菓子が見えた。

先程の一件があったので、今度は慎重に。爆弾解体のように丁寧にラッピングを外し、匂いを嗅いで指で軽く摘んでみた。

うん匂いは悪くない。とても甘いバターみたいな香りだ。

見た目もクッキーみたいでお手ごろサイズだ。

これならば今度はいけるだろうと思い、恐る恐る口に入れてみた。

口に入れた瞬間、今まで忘れていた記憶を突然思い出した。

「……この味、昔幼い頃に一度食べた事がある。外国の物だと思っていて、その味が忘れられずにいて、今迄に何度も捜し求めて食べ歩いたことがある」

「……本当ですか? その味に偶々似通っているだけで、違うと思いますよ? だってそのお菓子はナイトメア産なのですから」

言われて確かにそうだ。私はナイトメアに来たのは今回が初めてなのだから、行きたいと思っていても、海外旅行みたいに簡単に行ける場所ではないのだから。

「そうだよなー確かにナイトメアに来たのは今回が初めてだもんな。偶然で味が似ているだけなのかもしれないしな…… でも昔食べたのよりは美味かった気がするな。なんか改良版みたいって感じか職人の腕が上がったみたいな感じかなー?」

「へーそんなもんですかね? じゃあまさに思い出の味みたいなものですかね?」

「まぁ幼い頃の大切な味かな? そう言えばあのお菓子をくれた女の子も外人だった様な気がしたな……」

「そ、そのときにょ女の子の事を思いだ、だだせるか?」

「ん? 何アルテミスがどもってるんだよ? 普通だったら俺が茶化される番だろ?」

あまりの面白さに私は噴出しそうになり、茶化そうとアルテミスに振り向いた。

しかしそんな考えはすぐに吹き飛んでしまった。

アルテミスはなんと表現したらわからない程の、泣きそうな笑顔で乙女のように頬を赤く染め上げていて、瞳がいつの間にか琥珀色から深紅の瞳に移ろいでいて軽い涙で潤んでいる。

正直ヤバイと思った。こんな表情されたら俺はどうしたらいいんだ。

これから一年間どんな顔でアルテミスに接すればいいのだろう。

もしそんなことがアヴァロンに知られたら、この旅は地獄になるかもしれない。

アルテミスの肩を思わず抱きたくなる衝動を抑え込んで、どうやら打算的な理性が勝ち取ったようだ。

思わず口からでた言葉はとにかく逃げの一手だった。

「んーまあ幼い頃の記憶だから微かにしかおぼえていないけどな。まっ、とてもスゥイ~トで甘甘な初恋の話さ……」

本当はあまり覚えていないけれど巧く乗り切ったと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。逆効果だったみたいだ。

アルテミスは瞳を爛々と潤ませ。

アヴァロンは弱点を発見した猟犬張りのにやけ面。

何だ? 何でこいつらこんなにこの話題に喰らいついて来るんだ?

角度がずれた照準を元に戻さなくては。

「そ、そうだ!そう言えばナイトメアの世界ってなんか懐かしいよな? お、俺前にも一度来たみたいな不思議な感じだよ!」

ちらりと様子を伺うと、ますます二人のご機嫌度が増えている。

もう勝手に舞い上がって頂戴な。

……しかし本当に昔ナイトメアの世界に旅した気がする。錯覚だと思いながら、この懐かしい思いは忘れ去ることができないし、初めてこの景色を見たときにも感じた思いだった。

そして微かに覚えていた外人の女の子。

この子の記憶が頭の片隅から急に掘り起こされたのは、ナイトメアの世界に来てからだ。

突然思い出したのはお菓子の偶然かはわからない。

でもせっかく思い出した記憶なんだ。大切にしないと。

新たな想いがまた一つ、胸に大切に刻み込み決意させられる。

……それにしてもこの二人、大切な任務をやる気はあるのかな?

疑問を持ち、首を軽く傾げ独り真剣に悩んでてしまった。これが孤立無援状態なのか?

あーそれにしてもなんでこの場所にいるんだっけ?

 状況を整理するために、一端過去に記憶を戻さないと。



ジェフリーの所長室で人間界に急いで戻ることで話が纏まり、また蒸気機関車で戻るのだとばかり思っていたが、そう思っていたのは私だけらしかった。

「へ? じゃあどうやって戻るんだ? まさか魔法の箒で向かうとか言い出すんじゃないだろうな?」

どんな方法で人間界に戻るのかが疑問で、思わず間抜けな顔で聞き返してしまった。

「へ? 祭さん私駅に着いた時に言ったじゃないですか。やだなーもうお忘れになったんですか?」

アヴァロンも負けじと間抜けな顔で答えた。

「私達は自力で人間界を自由に出入りできる位の力の持ち主ですよとね」

またもや芝居がかった演技で、青い片目をつぶりながら、人差し指をたてつつ、自慢げな顔をしていた。

「つまりこうしたほうが早いってわけですよ」

アヴァロンは言い終わるや、ご自慢のステッキを頭上に掲げたかと思うと、埋め込まれていた緑色の宝石が発光し、部屋一面を淡い緑色の光で満たし、私たちの体を光が包み込むようになったと思ったら意識が途切れた。

「ドゴッ」

鈍い音を発し顎からもろに地面に落ち、硬いアスファルトのコンクリートに投げ出された。「痛い何だいったい? 何が起こった?」

あまりの顎の痛さに体が起き上がれなかったので、とりあえず顎を抑えながら体を仰向けにする。

目に入った光景に驚いた。

……ここはほんの一日なのか、数時間なのかわからないが、私が日常を送っていた人間界じゃないか。

私はこの世界に、コンクリートジャングルにまた帰ってきたのか。

少ししかたっていない時間軸なのになんとも懐かしく感じた。無理もないのかもしれない。

しばらく仰向けになったまま路地裏のアスファルトに寝転がり、空の景色を眺めている。昼灯りの下、無駄にネオンが輝き。風がナイトメアとは違い、排気ガスで鼻を突く臭いだ。少ししかナイトメアには滞在していないのに、大気の匂いには敏感になった。

都会のコンクリートジャングルの中で、初めて寝る硬い地面は不思議だったけど、どこか安心できた。

見上げる空は晴れていて、どこまでも雲が広がっていた。

人間界もナイトメアの世界も、やはり空は一緒なんだなと思わず顔がにやけた。

ほのぼのした気持ちに慕っていると、ふと目的を思い出した。

二人はどこにいるんだ?

そう思い、起き上がろうとしたときにアヴァロンの声が聞こえた。

「と・り・あ・え・ず お約束~」

アルテミスが物凄い勢いで空から降ってくる。

受け止めようか考えたが、これはやばいと思い、急いで体を捻り間一髪で事故を防ぐ。

……多分事故ではないだろう。アヴァロンの悪戯だ。

しかしアルテミスは優雅に片足で着地していたのを見ると、いくら体重が軽いとはいえ、内臓粉砕コースは間違いなかっただろう。

「……はできなかったみたいで安心しました」

いかにも事故がなくて一安心。みたいな顔がむかついた。

とにかく事故もなく無事に人間界に戻れて一安心。

「ドゴっ!」

……はできなかったみたいだ。やられた。荷物が飛んでくるとは思わなかった。

「荷物は後便です」

小ばかにした笑いで見下ろしている。

……このジョーカーやっぱり一筋縄ではいかない。

そんなこんなで改めて周りを見渡すと、住み慣れたわが国のごく平凡な駅前。それもよく俺が乗り換えで利用する駅。横を見ても前を向いても、後ろを振り向いても現代風の人間たち。どこにも変化は見当たらない、ごく平凡な毎日の一日の一部なのかもしれない。

唯一つ違うのは、通る人、過ぎ行く人、その誰もが皆好奇の目を投げつけてくることだ。懐かしきわが麗しき祖国は大体いつもそんな感じだ。

単一民族意識が強く、外人には必ず好奇心の目線をする。

私はそんな人達の視線に耐えられず、気恥ずかしく目線を動かし落ち着ける場所を探す。

あった! 純情喫茶ケルベロス。

喫茶店に逃げるように二人の手を引き勢いよくダイブした。

ガラス扉の重厚な扉を開け放すと、いかにも重々しい音がキーと鳴り来客を店員に告げる。

「ほぅ…… 中々良い雰囲気の店だな」

店内は二階建てで、天井から吊り下げられたシャンデリアがあり、黒を基調としている室内を程良い灯りが差し込んでいる。

旧式だが業務用の重厚なスピーカーが正面に設置されていて、レコードが大量に陳列している。音が旧式とは思えないほど素晴らしいので、大切にメンテされているのだろう。

読書の邪魔に鳴らない程度に音量が引き絞られ、雄雄しい跳躍でリヒャルト・シュトラウスの交響詩英雄の生涯が流れている。

素晴らしい店内の雰囲気のおかげで、読書や編み物をする一般人に主婦、パソコンに向かって一心不乱にキーを叩き込んでいるサラリーマン。

この店内のおかげで一人の時間には持って来いだ。

しかし逆に、会話に華を咲かせるには不向きかもしれない。口うるさい保護者が二人も同伴しているのだ。これは店の選択を誤った。後悔しながらとりあえず二階に上がってみた。

うむ。やはり二階から見ても素晴らしい店内だ。奥まったテーブルに着席し、それぞれが好きな飲み物を注文する。

天井に吊られたシャンデリアの灯りが二人の顔を照らしだし、彫りの深い顔立ちに陰影を創る。今更だが気づいた。過ぎ去る人が見ていたのは外人への好奇心からではなかった。

彼らの美貌に心を奪われていたのだ。

最初に会った時にそこそこの顔としか認識しなかったが、あの時の判断は間違っていた。見る側の眼鏡が曇っていては、白も黒になる。

曇った眼鏡を拭えば、そこには金髪碧眼の美男と、赤毛に琥珀の瞳の美女の姿が見えた。

アルテミスが興味深げに外を眺めている姿が急に愛らしく思え声をかけた。

「さっきから外ばかり眺めているけれど、何が見えるんだ?」

可愛い番つがいの小鳥が仲良く餌でも食はんでいる。と答えてくれるのかと思っていたらとんでもなかった。

「ん? 燃え尽きた火元を見ていた」

「火事現場か? そんな場所が近くにあったのか?」

「ん? そんな所は無いぞ? 私が言ったのは先程まで熟年のいけない関係の番同士が、ホテルで燃え上がり、逢引現場からいそいそと逃げ出す、そんな滑稽な所を見ていたのだ」

そう言い切るとニヤニヤとこちらを眺める。

声を出さずに口を動かし、可愛い小鳥の番といっている。

眼鏡が曇っていたのではないらしい。元々黒色だったみたいだ。

「奇遇ですね~私は男性同士が仲良く手をつないで、出てきた若者を見ていました」

……黒に灰色、この二人と一緒に居たら、私は何色に染まるのだろう。

などと外のホテル街の看板景色を眺めながら考えていたら、注文した軽食と飲み物が運ばれてきたので、考えるのを止め、軽い疑問を口にした。見ればいつの間にやら大きな羽や長い耳も消え去っている。姿は自由自在に隠せるとか言ってたな。

「なあ人間界に運んだ力、あれは魔法なのか?」

「人間は魔法と呼びますが、私達は夢力むりょくと呼びます」

「夢力か…… そこん所詳しく聞きたい、誰でも使える力なのか?」

「そうですねーナイトメアの住人ならば大体の住人が使えます。ただその力の強さには大分ばらつきがあり、大小様々ですね」

「どのぐらいのばらつきがあるんだ?」

質問するとアヴァロンはカップを置き、少し考え込み、答えた。

「上は天災クラスから、下は物をちょっと動かせるクラスまでピンきりですね」

「……夢力を使うには何か条件みたいなのが必要なのか?」

「夢力を使用するには何かしらの媒体がなければ発動はしない。その媒体は人獣により様々だ。もっとも当人の強い思い入れのある品物でなければならない。そしてその媒体は自分で選ぶのではなく、媒体の意思で持ち主が選ばれる。持てるのは一人一つまで、媒体には個々に名前があり、何らかの契約を結び、その約束を守らなければならない。時たま例外はあるが、その媒体がもし破壊されるようならば持ち主も死んでしまう。故に媒体は家族にも教えず秘匿にする。そして夢力の強さの源は、何よりも夢を叶えたいと強く願うその強い心。その強い願いが力の元となる。たとえ媒体が破壊されていても願う力が強ければ、それが死者であろうと適わぬ恋であろうと夢力は発動する」

……驚いたな。普段は無口なくせに、こうやってたまにお喋りになる。アヴァロンが喋ると腹の探り合いになるが、アルテミスが語ると何故か全て信用できるから不思議だ。

「つまり夢を見続けろって事だね」

「エクセレントです」

説明する手間が省けたので楽を出来たのだろう。すっかりリラックスしている。

「じゃあお前達の媒体も秘密って事か?」

「まあ当然です。しかし大体夢力を使うと、媒体がばれるので筒抜けですけどね」

アヴァロンは苦笑しながら紅茶を口に運ぶ。

「じゃあアヴァロンの媒体はそのステッキの宝石か?」

「正解としておきましょう」

エクセレント! とくるものだとばかり思っていたが、思わせぶりな態度を取る辺りが違うのだろう。夢力でばれないように偽装でもしているのかもしれない。

「ちなみに俺は夢力が使えるのか?」

二人が困ったように視線を交わしている。

「……結論からいえば使用できるはずです。ですが現状ではなんとも言えません」

「それは何故?」

「先程アルテミスが言いましたが、媒体無しには夢力が発動しないのです」

言われてあっと気づいた。確かに今の私には媒体が無い。思い入れのある縁の品など私には無いからだ。慌てて青黒いストライプスーツのポケットや手荷物を検査したが、中身はどこで入れたのかわからない着替えに、携帯食料、飲料水、後は煙草シケモクにマッチ。財布の中身は、なぜか昔からお守り代わりに大事にしている枯れ果てた何かの花。

万札が十と七枚、千円札が七枚に小銭がジャラジャラ。後は領収書に入り混じり、レシートとこまめに役立つスタンプカードの山達。後はカード類。そうだ自分のプレゼント&自棄酒用に、普段飲めない高級酒を買おうと思って、奮発したんだった。結構持っていたんだなと、こんな事で少し喜んでしまう自分に少し後悔する。

後は何も無い……

ん? 待てよ…… たしかここにこいつがあったな!

急いで首からに括り付けていた銀製の鎖を止め具から外し、テーブルの上に置いた。

改めてまじまじと見つめると、新幹線とかの乗車券と同サイズで、切符本体の色はパールホワイト。発行日付は本日。ナイトメア人間界一年間往復権と私の名前が印刷されている。様々な色で装飾されたケースはいかにも高級品だと素人目にもわかる。そこにいかにも大事そうな御様子で、ちんまりと収まっている。

ケースは銀製の鎖に繋がれ、一層高級品をランクアップさせて見える。

「……駄目だ。とてもこの中に媒体があるとは思えない」

「私は媒体ではないのでわかりませんが、媒体とは突然なるものです。何がきっかけで媒体に変わるのか、それは媒体の意思による語りかけが起こるまで決まりませんから」

「ふ~んそんなもんかね。でも俺が無力を使えれば、百八つの夢任務が早く終わりそうなんだけどな」

「まあ確かにそうですけどね。あ、ちなみに媒体のお話がこの国では付つく喪神もがみとなって有名ですね。長い年月を経て依り代に宿った魂が変化して、それらがやがて媒体となり、相方を探し出す。そして付喪神となり夢力を発動させる。それが付喪神神話となり今に至るまで語り継がれる。なんとも素敵なお話じゃないですか」

「確かに素敵だけど、実態を知ってしまうと厄介だよな~」

「脱線したついでですが、漂流人狩りの私の考えがあります。聞きたいですか?」

「物はついでだ、聞かせてくれ」

「私の考えはこうです。依り代とは、この国では神や霊魂が宿ったもののだとされてきています。ここまでは誰でも知っていますね」

子供でもわかる話なので首を縦に振る。

「だがその依り代の正体が常に善だけとは限りません。時には荒ぶる神なども呼び寄せてしまうのです」

「ああーそういった類の話なら聞いたことがある。荒ぶる神は禍かを齎もたらしし和ぎれば幸を齎すとされるって話だろ。つまり悪い神様のほうが圧倒的に多いから日頃の行いを良くしなさいって事だろ? ん? じゃあお前の言いたいことはこうか。強い夢を持った無力使いが存在し、それが媒体に操られている。-もしくはその力を悪用しているその正体が漂流人狩りだと」

「エクセレントです。正直驚きました。正解です」

「しかし未だ黒幕は判明せず。注意せよってところか……」

「そのとおりです」

なるほどねーその可能性もあるのか…… ん? 待てよまさかコレって?

「おいまさか俺達が人間界に来た目的ってのは……」

満面の笑みでさらりと言われた。

「もちろん漂流人狩り狩りです。ちなみにここのお会計はお願いします」

……やられた。この状況がまさにフラグがたった状態なのだろう。



そんなこんなで今に至る。

店員から少し五月蝿げな視線が向けられたので、少し声のトーンを落としながらたずねる。

「でそいつらの居場所は判明したのか?」

「大まかな居場所は特定できています。しかしその夢力を使う漂流人狩りを探すのは私達ではありません。あなたですよ」

そういえばヘシオドスもそんなことを言ってたな。

こんな状況がわからない時は、うだうだ考えていても仕方が無い。

動くだけだ。

「じゃあ狩りに向かうとするか。そいつの隠れ家はどこだ?」

「***です」

町の名前を聞いた瞬間体に旋律が走った。

まさか自分が二十七年間住んでいた町が、舞台になるとは予想もしていなかったからだ。

「ちなみにお菓子のお味はいかがでしたか? 私自慢の手作り作でして、中々の自信作に仕上がったのですが」

……こいつの手作りだとも予想はできなかった。

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