1
v窓から漏れてくる日差しがとても暖かく、太陽の光に干された自分の服からは自然の匂いがした。自然の恩恵を体で感じながら自力で起きる。この瞬間がとっても好きな瞬間だった。
だけど今回はどうやら他人に邪魔されたみたいだ。
トンネルを通ったみたいで、近くの開きっぱなしだった窓から煙が大量に入ってきたみたいで、慌ててぴしゃりと窓を閉める音が聞こえる。
大量の煙の匂いが鼻を突き抜けて肺に入ってくる。反射で咳き込んでしまった
その拍子に目が覚めた。
まあ目覚めは良くなかったが、途中までは最高の気分だったので、悪くないだろう。これで良しとすべきかな。
電車は予想通りに、照明の少ないトンネルの中を通過中みたいで、周りの向かい合わせのボックスシート席が漆黒の闇に包まれていた。
最初は細目だったが、目が闇に慣れてきたので、大きく目を開いてみることにした。
いつの間に込み合っていたのか、相席していた。深刻そうに額を擦りつけんばかりの距離でヒソヒソと何やら密談を繰り広げている。
可笑しな関係だと一人思案し、よくよく観察してみると、どうやら大柄な青年と女かと思われる。
こちらが目覚めたと気付いたのかピタリと密談を終わらせ、男が私に声をかけてきた。
「あ、すみません。五月蠅くて目覚めてしまいましたか?」
「あ、いえお構いなく。どうやらトンネルに入ったみたいですね」
男は軽く頷いた。自分が悪いわけでもなかろうに、窓を閉めなければ周りから顰蹙ひんしゅくを買う代物なのに、気を使う話し振りから察するに、どうやら相当な紳士だと理解した。
せっかく目覚めたのだから、会話に華を咲かせるかと思い、話し始める。
「新婚旅行か何かで?」
「いえいえ。残念ながら独身です。彼女は単なる同僚でして」
大柄な男は苦笑しながら答えた。
「まあ、でもある意味旅行かもしれませんがね」
「随分含ませますね? 私なんかほら、御覧の様に独りですから羨ましいですよ」
男はまたもや苦笑しながら、受け答えている。しかし先程から何か匂うな?
煙の香りではなく、何かこう…… 獣の芳香だ。
貨物車に動物でも積んでいるのかと、一人納得する。しかしそれにしては近くから香ってくる感じがする。
「どうされました? どこかご気分でも優れませんか?」
「いえいえ。ちょっと考え事をしてしまいましたので」
「夢の世界にでも漂流しておりましたか?」
私は最初目をぱちくりとさせていたが冗談と分かり、二人とも目を合わせて笑った。
「おいアヴァロン。いつまで無駄話をしているのだ?」
あまりにも唐突な質問だったので私の胸は思わず高まった。いやいや別な意味でも胸が高まった。開口一番に発せられた、その女の声は少しかすれ声で、格調高い声が少しタイプだったからかもしれない。
女は退屈そうに窓枠を片手で弄んでいた。
「こらアルテミス。祭さいさんに失礼じゃないか」
なるほど女の名前はアルテミスか。月の女神とは良い名前じゃないか。
ん? んん? 何で俺の名前を知っているんだ? 荷物に名前なんか書いてないし。
そこで私は最初の疑問にようやく気付いた。
……ここは一体どこだ? 私は電車なんかには乗っていなかったぞ?
この電車は一体何なんだ? 思い出せ!
「切符を拝見致します」
「切符を拝見致します」
私の考えを他所に車くら探しても見当たらない。そもそも切符など買ったのかと思いが頭をよぎったが、覚えがないので情けない話だが、仕方ないので言ってみることにした。
「すみません…… 切符無くしたみたいです」
すると車掌は近くに寄ってきて、私を隅々まで観察してから答えた。
「ん? ああ、君人間だろう? しかも漂流人ひょうりゅうびとで今目覚めたと見るな。それに観察者もいるじゃないか。だから切符はこいつらからもらう。俺の言ってること間違っているか?」
……すみません。正直、私はあなたが何を言っているのかが、よく分かりません。
誰か答えを教えてくれるわけにはいきませんか?
「あ、すみません忘れていました」
そう大柄な男が大声で言うと、独り言を言いながらポケットを探し出す。
「え~っと、どこ置いたかな?」
そうだアルテミスあなたが持っていましたね、祭さんに渡してください。女は渋々だが渡してくれた。渡すではなく投げただが…… 真ん中で銀の鎖に繋がれ、装飾されたケースに入ったちょっとした大きさの物だった。それが鼻筋に当たった為に少し痛かったが、そこは大人の対応で我慢することにした。
「すみません大丈夫ですか? はいこれがあなたの切符です」
大切な物ですから無くさないでくださいね。と大柄な男は優しげに付け加えていたが、私の考えはこうです。なんであんたが俺の切符を持ってるんだ?
色々な考えが頭の中で回転していると、さっきから感じている妙な違和感が急速に膨らみだし、頭の中の鐘が危険だと、けたたましく鳴り響いている。
逃げようと思い、辺りを見渡してみてからようやく違和感に気付いた。
……こいつら人間じゃない動物だ
いる間に殺されているな。それになんで俺にわざわざ切符を渡すんだ? 疑問が興味に変わったので辺りを観察してみることにした。
覚悟を決めて目をゴシゴシトとこすり、手荷物から皮袋に詰まった水を大きく喉を鳴らしながら飲み干し、シートに殴り捨てるように置いた。
一番近くにいた車掌はどうやら鳥か…… 鷹ではないだろうし。分かったペリカンだな。あの大きく膨らんだ、喉袋みたいなやつはきっとそうだろう。
そして目の前の大男は…… なんだろうよく分からないな。見た目は人間なのだが。
「ヒヒーン。かっぽ、かっぽ」
隣にいた女が何の前振りもなく、突然叫びだした。
何だ? 突然この女は? 不思議ちゃんなのか電波系? それともキャラ付けを狙っているのかな? ならば電波を受信しょうと、アンテナを伸ばし向けるべきか等と、独り勝手に造語を作成し試案に思い、やはり無視しようとした時に突然閃いた。
「そうか。馬か」
思わず大声で叫んでしまっていた。
「ピンポーン。正解だ」
「ありゃりゃ。どうやらばれちゃいましたね。アルテミスずるいですよ」
「いや~ヒントがなければ分からなかったよ」
大男と目が合い笑い出す。って馬鹿か俺は。なに和んでるんだ。
「遅くなりましたけど自己紹介致します。私の名前はアヴァロン。親しい友からはアーロンと呼ばれています。先程は馬と言いましたが、正確には誇り高き天馬ペガサスです。だから半分正解ですね。そして連れの子はアルテミス。彼女の正体は兎です。仲良くしてくださいね」
そう大男は自己紹介して被っていた帽子を脱ぎ、手を差し出した。情けないが、どんな対応をしたらいいのか分からず、反射的に手を握り返した。
そのとたんに男の背中から、真っ白く大きな羽が顔を出し始めた。私は驚きのあまり多分声を上げずに、口だけをパクパクさせていたのかもしれない。
そうか獣臭は彼らだったのか。私は今頃気がついた……
途中まで夢を見ていたような感覚だった。自分の世界観では、今の今まで御伽話だとか、宇宙人だとか、未確認生物は単なる空想上の生き物だとしか考えたことがなかった。その考えが間違っていたと確信したのは、この生き物を認識し始めたこの場所からだ。
なぜなら今私の目の前には喋る馬と兎がいるのだから。いやいや、正確に言うならば動物ではない。人ならざる生き物で、見た目は人だが、片方は自由自在に馬に姿を変えられる長身のガッチリした体格の持ち主で、腿がこれでもかと言わんばかりに、筋肉でパンパンに膨れ上がっていて、身に着けているスラックスが今にも破れそうな勢いだ。
そんな人間が白スーツにベスト、淡いブルーシャツにループタイと、まるで紳士みたいな格好をしているものだから胡散臭い。
さらに時折白い歯を覗かせながらの笑顔と、風になびく金髪の長髪と、頭に被っているシルクハットの帽子と、緑色の宝石が埋め込まれ、細工されたステッキをセットにした仕草が、また余計に胡散臭くさせる。まあ確かに黙っていれば、愛嬌のある、人懐こい顔が悪くはないだろうが、まあそこは人によるかもしれないだろう。
しかし最大の特徴は、その筋骨隆々の背中から生えている、白色の絵の具で塗りたくったかのように、透明度が高い真っ白く大きな羽だ。男は普通の馬ではなく、望めば自由にどこまででも、どこへでも天高く空を駆け抜けて行くことができる、誇り高き天馬だったから。
ニコニコと満面の笑顔だったが、どことなく無責任な感じの意味がして、少し頭にきたので目を逸らしたのがそもそもの間違いだった。もう片方の片割れとバッチリと目が合ってしまったからだ。
しまったと思った時にはすでに遅し。物凄い形相で睨まれてしまっていた。思わず大きな溜息が出る。その途端に近くに転がっていたのであろうと思われる、手頃な木片が飛んで来ていた。まあ飛んできたのはこれで二度目なので、今度は上手く避けられた。すると兎女は大きく舌打ちし、悔しがっていたような仕草を見せている。
私はしてやったりな顔で、改めて兎女に目線を向けると、彼女は余程悔しかったのか、それとも次に投げる手頃な物でも探しているのか、下を向き始めた。
丁度よい機会だったので、まじまじと容姿を観察してみることにした。小顔で勝気そうな目元に燃えるような赤毛のミディアムヘア。悪く言えば痩せぎすだが、言い方によってはスレンダーなのかな?
服装は馬男とは逆に黒スーツに短めの黒いホットパンツ。紫色をしたポーチが銀の鎖と一緒に右腰に繋がれている。緑と黄が交互に折り重なっているタータンチェックのベストに、白シャツの上には、お上品にちょこんと乗っかっている黒の蝶ネクタイ。
背は別にこれといって高くもないし低くもない普通くらいだろう。まあ確かに見目麗しいお嬢さんと言えなくもないだろう。燃えるような赤毛だが正直私の好みではないだろう。うん確信をもって言えるぞ。だって僕は耳っ子に萌えの属性なんてないのだから。
そう、兎女の頭からは兎の大きな細長くぴょこんとした、とても大きな耳があるのだ。それが時たま音を拾い、片耳だけ動いたりするものだから、余計にアウトです。
だって私は大きな動物は好きなのですが、小動物は苦手だからです。その原因は昔小学校で飼育係をしていて、学校で兎を飼っていたからなのです。
しかも、その兎は片思いをしていた女の子と同じ飼育係で、一緒に世話をしていたのだけれど、ひょんなことからある台風の夜に事故死してしまい、気になり見に行ってみたら片思いの女の子が先に来ていて、気まずい思いをしていた訳ですが、その時の事がトラウマになっていて、それから小動物、特にモルモットにされるような生物が苦手になった訳です。
でも正直目の前の兎女が苦手な理由はそれだけではなく、ちょっと暴力的な所が若干嫌いだからです。まあ確かに十人いれば七人くらいは振り返る顔立ちだとは思います。でもやっぱり僕は残り三人の中に入ると思います。
ちなみに三人の内訳は一、ホモ、二、守備範囲外、三、童女好き。
もちろん私は二番です。
と、一人でそんな事を考えていたら、今度は馬男が被っていた帽子が飛んできていた。避けれなくもなかったが、兎女の腹いせを受けてやることにした。
「はっ、随分考える男だな」
「そりゃあ、男とは日々の考えをエネルギーに変えて、生きる者だからな」
「ふうん。まあ妄想も良いが、二番の人間で安心したぞ」
その返しがきた時には、思わずドギリとした。
先手を封じたつもりが、まさかこんな答えが来るとは思わなかったからだ。そもそも何でこんな返事が返ってくるのだ? 彼女は人の心が読めるのか? いやいや落ち着け。そんなはずはない。恐らく。
「表情にでたのか?」
自分の心臓が止まったような音が聞こえた。
な、な、なんなんだ一体? こいつ本当に心でも読めるのか? だとしたらこれが超能力って代物なのか。
「あ、彼女は超能力じゃなくて、人の心が分かるみたいなんですよ」
「人の心が分かる?」
「はい。ん~もうちょっと正確に言うならば、心の奥底にある強い願望が自然と頭に入ってくるみたいです。しかも強ければ強いほど、その力が強いみたいです。でも考えてたり、混乱していたりすると、分からないみたいですが」
??? その意味を頭の中で咀嚼して飲み込むには、強い酒が必要だったと思う。きっと悪い魔法使いの手によって、魔法がかかってしまったのかもしれない。
「気づいているか? お前相当不細工な顔をしているぞ」
「あ、本当ですね。かなり驚いた顔をしてますね」
言われてから思わずしまったと思っていた。自分でも不細工な顔をしていると気づいたからだろう。だけどここで負けるわけにはいかない。何故って俺はまだ最大の疑問を聞いていなかったからだ。
「なあ、俺って結構理解力があるほうだけど、ここは一体どこなんだ?」
「いい質問ですね。」
馬男は軽く笑い、笑窪を作りながら軽く小首を傾げた。
「ここはあなたの世界でもあり、他人の世界の中でもあります。簡単に言うと、ここは夢の世界。夢世界ナイトメアの国です。」
……瞬間、私の頭の中の何かが、ピシピシと音をたてながら壊れたと直感した……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます