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□20年後 / 黄昏時 / 取調室 / 0年後の彼女
ピカッ!
「コラァ!?」
ドゴーン!!
目を開くとなんとそこは202じゃなくて、若い男が背中のスラスターからジェットを噴出し、真っ赤に光る拳で天井に穴を開けている場面だった。わたしは絶句した。
パラパラと降る粉を手で払いながら、対面に座るおっさんが事もなげに話しかけてくる。
「おう驚かせたか? こいつはサイボーグだからよ、あんまり怒らせないでくれや」
「は、え? サイボーグ? SF?」
なんだそりゃって感じなんだけど、髪若干薄め口臭濃いめのおっさんは軽蔑しきった目でわたしを睨みつけた。
「おいおい、精神異常者の真似か?」
「いや、そういうわけじゃ」
おっさんは吐き捨てるような口調で信じられないことを告げてきた。
「残念だけど、この2036年じゃ精神異常者かどうかは完全な判別が可能だ」
「2036年!?」
●10年後 / 夕方 / 二人の家 / 20年後の彼女
ピカッ!
「あ……」
またもや、光とともにワタシは違う場所にいた。
そしてまた目の前には亭主がいた。学生服ではない、勤め人になってからの見慣れた姿だが最後に見た時よりずっと若く溌剌とした有り様だった。
「それでハニー、君の言いたいことってのは」
この脳みそを用水路に落っことしてきたような間抜けな喋り方。
間違いない、あの家に住んでた頃だ! そしてここはあの家そのもの。
やっぱりさっきのは幻覚なんかじゃない。私の意識は過去に戻っている。
さっきは二十年前の高校。もし、これがキリよく十年前だとしたら……。
「ハニー?」
腰抜け間抜け野郎がワタシの思考の邪魔をする。
「うるさい!!」
「そんなー」
エプロンの上から自分の身体を撫ぜてみる。
十年前だとしたら、あの子は今、ワタシの腹に?
□20年後 / 黄昏時 / 取調室 / 0年後の彼女
わたしの身体、随分老けた。
わたしの手なのにお母さんみたいな手になってしまった。
さっきのも夢じゃなかったんだ。
「わたしの頭だけタイムスリップしてるんだ。 ……やっぱSFじゃん」
しみじみ感慨にふけっているわたしにご立腹のおっさんたちが口を挟む。
「いつまでもふざけたことを言ってるなよ」
「なんだコラ!? ヲオ!?」
バリーン!
若い方が指先から弾丸を発射し、背中の方で窓ガラスが砕ける音がした。
「そんなに怒んないでよ、怖いなあ」
かなり前衛的だけど、このシチュエーションって取り調べ?
つーか、二十年後のわたしは何をしたの? あと今どこに?
疑問は汲めどもつきずトクトク湧き出していく。
タイムスリップの原因はあの機械?
なんでわたしがそんな目に?
元のわたしの身体はどうなっちゃったの?
それから、それから、
もしかして将来のわたしは、広末くんのこと『ダーリン』て呼んじゃうの?
△0年後 / 放課後 / 201番教室 / 10年後の彼女
「ダアァアリイィン!」
アタシはとりあえず若かりし頃のダーリンを愛でていた。
去りし日の学ラン……そしてなぜかセーラーのアタシ。
「うぎゃっ、急に抱き着かないでよ」
彼はむずがってアタシの手を解く。
「ここにいればいるって思ってた!」
だってここは想い出の教室だもんねっ。あ~ノスタルジ~。
「そりゃここから出て行ったんだからね」
彼は少しつまんなそう、どうしたのかしら?
でも、その顔を見るにつけても懐かしくなっちゃうな。
「うわーダーリン、わっかいなー。十七だもんねー」
「同い年だよ。あの、田畠さん、そういえば用事があるんじゃ」
「え? そんなんあったっけ? 多分嘘じゃないかな」
「嘘なんだ」
それを聞くと彼は眉をつと上げて喜び、一度深呼吸をしてから口を開いた。
「じゃあ、僕に時間をくれないかな」
●10年後 / 夕方 / 二人の家 / 20年後の彼女
「ハニー。今日の君、おかしいよ。一体何があったんだい?」
マヌケクソアホデストロイ亭主が心底ワタシを気遣ってくる。
「ねえ、あなた。私のこと大事?」
「当然」
ワタシは一歩彼に近づく。
「それなら、私の言うこと何でも聞く?」
「モチロンだよ!」
彼は臆面も無く両手を広げる。
そういうところがムカつくんじゃボケ!!
「アタア!」
ドゴオッ!
全力の昇竜拳を叩き込む。
「アパカッ」
「バカめ、その甘さが貴様を殺すんだ!」
彼が怯むのを見逃さず、ワタシは膝蹴りを入れて彼を転ばせ、次々に拳を繰り出し彼をタコ殴りにした。
△0年後 / 放課後 / 201番教室 / 10年後の彼女
「そんなことより、若ダーリン。ちょっと、十年早いけどいいお知らせがあるの!」
「えっ」
アタシはダーリンを制して、そっと大事な秘密を伝えようとした。
ガラララ
ところが、二次性徴を終えたリトルグレイみたいな男たちがやってきた。
生徒の一人がアタシ達を指差し、横の教師になじる。
「ッ! 先生、不埒な男女のまぐわいです!」
ミスタースポックを麺棒で殴り殺した感じの顔付きの生徒がアタシ達を指差し横の教師に告げる。白衣の教師は重々しく頷くが迫力は特にない。
なーにこの人達は!? 失礼よ!
アタシに負けず劣らず怒っている彼らは見覚えのある四角形のヴンヴンかっこよく唸るマシンを私に突きだしてきた。
「カクレンジャー! マシンに触ったな!」
「あの、いきなり何の用ですか?」
広末くんはここぞとばかりにアタシとリトルグレイメン一号の間に立ってくれた。
すると、後ろの落ち着いた印象を与える二号が状況を説明してくる。
「部屋に戻ったら、タイプリープマシンが起動してたんですよ」
「これだ、これ! お前このマシンに触ったろう!?」
ってそんな、顔に当たりそうなほど近づけないでよ。
「ああ、これ。気付いたらこういう感じでスイッチ押してたわ」
ポチっとね。
ピカッ!
●10年後 / 夕方 / 二人の家 / 10年後の彼女
ピカッ!
「あ、戻った。 ……ハッ、ダーリンどうしたの。ボコボコよ」
ヤムチャのあのポーズそっくりなダーリンに馬乗りのアタシは、ボッコボッコに腫れ上がった彼の頬を見てぶったまげた。
「君がやったんじゃないか……」
ダーリンは恨みがましい目でアタシに速く降りろと告げている。
ヤダヤダ、そんな目しないでっ。
「そんな、私がダーリンを殴るなんてそんな、と思ったら手に血がベッター!」
両手の甲が真っ赤に染まっていた。一体何があったの!?
まさか、多重人格!?
「いつまでとぼけてるんだ!」
「違うのダーリン。アタシだけどアタシがやったんじゃ」
彼は憤懣やるかたなさげにアタシをどかして起き上がり、弁解の言葉を受け付けないとばかりに耳を塞ぐ。
「もう君の話なんて聞きたくないよ」
「そんなぁ!」
「そんな顔したって無駄だからね」
彼はツーンと腕を組んでそっぽを向いてしまった。もーなんでえ!?
△0年後 / 放課後 / 201番教室 / 20年後の彼女
ピカッ!
「この粗チン野郎!」
いきなり状況が変わるのも構わず、ワタシは罵倒とボディブローを放つ!
ボスッといい音がして間近の白衣のジジイの腹にめりこむ。
「ぐふっ! そんな、ひ、ひどいよう」
不気味な白衣はうずくまってあえぐ。不気味な殴り心地だった。
それはさておき、また時間を移動した。ここはあの教室、なら二十年前か。
ワタシの周りでは、ガキの頃の亭主とガリヲタ共がガチャガチャ騒いでいる。
「お前、先生になんてことを」
取り巻きの白衣がワタシを責める。
「もう、僕らの邪魔しないでくださいよ!」
あの人は肩を怒らせてガリヲタ共に挑みかかかる。
「先生はなあ、タイムリープマシンを発明した偉大な物理教師なんだぞ!」
負けじともう一人の白衣のガキが黒い機械を振りかざした。
「これがタイムリープマシン?」
「はい、一人の人の現在と他の二つの時間の意識を交換できるんです」
ワタシが思わず口を挟むと、白衣は得意げに答えた。
……。
「先生、大事な用事があるんです、どうか邪魔を」
生徒じゃ埒が開かないと思ったのか、あの人はジジイの方に詰め寄るが、ジジイは何故か白目を剥いて斜め上の何かに囁きかけていた。
「ありおりはべりいまそかりまじからまじかりまじかるまじかれ……」
「ああっ、先生が古典文法らしきものを暗唱している。限界ギリギリなんだ」
「なんで物理教師が?」
「あなたたちのせいだ! クソ文系の邪な呪術が先生の精神を冒してるんです!」
唐突に白衣の一人が考え事をしていたワタシの腕を掴む。
「何ボケッとしてるんですか、カクレンジャー。謝りなさい!」
「………………え、謝る?」
「当ったり前でしょう。先生の身体と心につけた傷の罪を詫びるのです」
脳の血管が全て踊り出すような感覚。
「ふざけるな!!」
掴まれた腕を振り解き、掴んできたソイツを突き飛ばす。
「ギャーッ」
「ふざけるなふざけるな! 私に謝ることなんかない!」
そのままもう一人の白衣も殴る。枯れ木のような軽さで吹き飛んだ。
「ぐはっ」
ワタシは倒れたガキからタイムリープマシンをもぎ取る。
これがあれば!
ワタシは一目散に駆け出した。
戸はすぐ近く、廊下に飛び出し何処へなりと走り出す。
とにかくこいつらを撒いて、それで、それで……。
「あっ、田畠さん! 待って」
「おい! マシンを返せぇ!」
誰が待つか!
□20年後 / 黄昏時 / 取調室 / 0年後の彼女
多分刑事のおっさんはわたしがひとしきり状況説明を終えると深―い息を吐いた。
うっぷ。
「よくわかった。お前は記憶喪失になったとでも言いたいんだな」
「言ってない。頭だけタイムスリップしたの」
「この!」
若い方はまた何か壊そうとしていたが、おっさんは静かに手を上げて制す。
「……色んな犯罪者を見てきたが、俺はあんたみたいなクズが一番嫌いだ」
真夏に怒った体育の先生を思い出す暑っ苦しい怒り方をしていた。
……正直かなりビビってる。
「こういう強引なのは違法なんじゃないの? テレビで見たよ」
「どこまでふざけた奴なんだ……!」
若い方が牙を出して唸る。犬かよ。
舐めた口をきいたのは悪いけどさ、わたしだってわかんないんだもん。
「大体私が何したっての、ちゃんと説明してよ」
おっさん刑事は鼻から赫怒の息をフンと吐き、わたしを睨んだまま答える。
「……いいだろう、全部話してやる」
おっさんは足を組み、少し間を置いてから話し始めた。
「罪状は殺人。殺したのはテメエの主人だ。おい」
「はい!」
若いのは元気よく返事し、シャツの脇下のスリットから一枚の写真をプリントアウトした。サイボーグすげえ。
机の上に置かれた写真には中年の男のスプラッタ死体が写っていた。
「この写真、広末くん?」
くたびれてはいるが、あの北欧に侵略された家で見た若いアンちゃんだ。
若い刑事は一つ頷くと話し出した。
「死亡推定時刻は一昨日の22:30頃。場所は自宅のアパート。包丁でメッタ刺し。発見されたのは昨日の昼。会社に出勤しなかっため不審に思った同僚により発見。
家にあんたや現金通帳の類は無し。我々はすぐに捜索を開始。お前の足取りは軽快かつ明快だった。即金を降ろし、即高飛び用のチケットを購入。
行先はジャマイカ。で、今朝、空港にて確保」
つらつらと述べ終わると、中年が改めて問う。
「質問は?」
「なんでジャマイカ?」
「問題はそこじゃねえだろ!」
若い刑事は本当に短気だがそうだ、そんなことどうでもいい。
ジャマイカと言えば地上の楽園。そこは問題じゃないんだ。
「チッ、またダンマリかよ」
二十年後のわたしは彼を殺したの?
嘘だ、あの時は『ハニー』とか呼ばれてたのに。
しばらく考え込んでからわたしは頭を上げた。
「……なら、どうしてそんなこと?」
「だからそれを聞いてんだバーカ!」
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