告白マッシュアップ!
しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる
告白
△0年後 / 放課後 / 201番教室 / 0年後の彼女
校舎のどこかから「スカボロー・フェア」が聞こえてくる。
吹奏楽部のクラリネットはそこそこ上手。まあわたしの友達がやってると知ってるからヒイキもあるんだけど、それでもやっぱり上手い。
パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム……
目の前の彼がタイムを言いだしてから一分は経ったろうか。
「ねえ」
「う」
「言うことあるなら早く言ってよ。わたし、この後予定あるんだよね」
彼はさっと顔を青ざめさせた。
広末くんは学ランの裾もじもじさせちゃって女子みたい。
「わ、悪い」
「はーあ」
なんてね。
本当は予定なんて無いんだけど、こうでも言わないと黙ってるだろうし。
背が高いくせに運動オンチで軽音楽部でクサクサしている彼は、臆病で頼りないところがある。今日だって古式ゆかしく自分から呼び出しといてこのざまだ。
わたしはつれない態で窓の外を見やる。この時間の中庭を横切る者は一人としていない。中庭を挟んで向こうの校舎にも人影はほとんど見えない。とはいえ、さっきは演劇部の子が練習場所を求めこの教室に入って来て恥ずかった。
中に目を戻せば、傾いたお日さまが窓際の机にピカピカ反射して目が痛い。日も長くなったもんだ。一方の広末くんはまだだんまりで、手をグーパーさせている。
でも彼はきっとこの先の言葉を言えるとわたしにはわかる。ていうか言ってもらわなきゃ。
だって、両思いだもんね!
「……よし、言うぞ!」
やっと決心した彼は、まっすぐとわたしを見つめて唇を引き結んだ。
「うん」
全くもう、わたしがいないとダメなんだから。しっかりしなくちゃな。
わたしは胸の高鳴りで頬が紅潮してないか、ただそれだけが不安だったのだ!
●10年後 / 夕方 / 二人の家 / 10年後の彼女
「ただいま、ハニー!」
玄関から明るい声が転がってきた。
彼が帰ってきたのね!
アタシは鍋の火を弱めて手を拭くとリビングの方に行った。
「おかえり、ダーリン。今日は早いのね!」
スーツ姿の彼は、アタシを見ると満面の笑みを浮かべる。そして逸る気持ちでソファにカバンを投げ捨て、アタシに駆け寄った。
ぎゅっと一回私を抱きしめて、わざとっぽく声を低めて語りかける。
「他の人には秘密だよ、ハニー。すごいことがあったんだ!」
「えー何なのダーリン? ワクワク」
彼ったらいつまで経っても子どもみたいなはしゃぎようで、アタシも思わず顔がほころんじゃう!
「課長に昇進が決まりましたあ!」
「やだ、スッゴーイ! おめでとう!」
今日は本当に最高の日。二つも良いことがあるなんて。
でも、彼は絶対こっちの方が嬉しいはず。
「実は、アタシもすごい秘密があるの!」
「何かなハニー? ワクワク」
アタシは一大ニュースを伝えるべく、息を深く吸ってそれから切り出した!
「まだ誰にも言ってないのよ、ダーリン。今日産婦人科に行ったんだけど――」
□20年後 / 黄昏時 / 取調室 / 20年後の彼女
曇りガラスの窓から、茜色の光がワタシのうなじをチリチリと焦がす。
うっとおしい。
「調べは上がってんだぞ!」
対岸に座る中年の刑事が威勢よく机を殴る。
ガアンと板が震えてうるさい。
ワタシはよくこんな萎びた風船みたいなツラを怒りで膨らませられるものだと感心するばかりだ。
「……」
「さっさと吐けヤゴラア!」
中年の横に立つもう一人の若手が、壁を殴りつけて威嚇する。
「……」
「はあ」
ワタシのリアクションが何もないことを見届けると黄ばんだYシャツの中年刑事は深く息を吐いた。こちらに顔を寄せ、スタンドの電灯の影響で襟元がいっそう黄ばむ。
「お前が亭主を殺したことは間違いないんだ」
「ずっと黙りこくりやがって。なんか言ってみろやゴラア!」
「おい、よせ」
掴み掛らんばかりの若いのを手で制すと、中年は打って変って優しげに切り出した。
「今言えば、悪いようにはしないからさ。自白しなさい」
悪いようには、か。言ってやろうじゃないか。
「……わかった」
△0年後 / 放課後 / 202番教室
さて。
「フッ、フハハハハハハハハハ!!」
「アーハッハッハッハッハッ!!」
二人の生徒が甘酸っぱい時間を満喫しているその隣、202番教室では白衣の男たちが三人、高笑いを上げていた。
男らの取り囲む机の上には弁当箱ぐらいの機械があった。
「ついに完成したぞ! タイムリープマシンが!」
三人の内一番の年かさ、天然パーマの著しい年配の男がそっくり返って宣言した。
彼はこの高校の物理教師である。いやさ、マッド物理教師であることは前述の発言を見ていただければ一目瞭然であろう。
ここは授業用の空き教室なのであるが、放課後の今時分は彼らに不当に占有されているのだ。元の居城、物理実験教室は度重なる超科学的な実験の数々により使用を禁止されて久しい。彼とその郎党であるマッド科学部員は迫害の果てここに辿り着いたのだ。
そのひょろひょろと背の高い二人の子分は、興奮冷めやらぬ調子でタイムリープマシンをもてはやす。
「これは任意の三点の時間の人間の意識を入れ替えられるマシンですね!」
「この三角と丸と四角の記号が振られた目盛毎の時間の意識が入れ替わるわけですね!」
やたら説明口調にもてはやす。
「その通りだ、一号二号!」
「でもなんで三点なんですか?」
マッド科学部員一号の疑問は当然のものだった。時間を移動するのに三点ある意味は一見してよくわからない。これまで教師に言われるがまま作業を進めてきたのだが、完成した暁となっては聞かずにはいられない。
「フッ」
その質問に我が意を得たりとばかりにマッド物理教師は爛々と目を血走らせる。それはもう生徒たちが思わずたじろぐほどの禍々しさだった。
「う、うわあ」
「ひいいっ」
慄く二人に満足した彼は、おもむろに口を開く。
「何でだろうね? 二点でよかったんだけどガイアが俺に囁いている気がしてね」
驚愕の答えだった。
「ッ! なんてマッドなんだ……」
「狂気。混じりっ気無しの狂気……」
生徒たちは呆気にとられるしかない。埒外の天才なのだ。
気を取り直し、マシンに向き直った教師はビシッと人差し指を立ててタイムマシンの赤いボタンに伸ばした。
「それでは起動する!」
しかし指先とボタンが接したその刹那、科学部員一号が重大なミスに気付く。
「ッ! 先生ダメです!誰をタイムリープさせるのか指定していません!」
「えー?」
必死の制止も間に合わず、ボタンは押されてしまう。
ピカッ!
辺りが眩い光に包まれた。
△0年後 / 放課後 / 201番教室 / 20年後の彼女
ピカッ!
一瞬にして視界が白い光に包まれるのも気にせずワタシは怒鳴り散らした。
「テメエ口臭いんだよ!」
取り調べが始まってからずっと中年刑事の吐息に晒されてこっちは悶絶寸前だったのに、その上であんな深く息を吐かれては堪忍袋の緒が切れた。胸のつかえがとれた快感さえあった。
言ってやった! 言ってやった!
と、はしゃげたのはほんの数秒のこと。
落ち着けばワタシを取り巻く環境が激変していた。
「あれ? ここどこ!?」
問わずともどこか見覚えのある教室で、ワタシの前には学ランを着たモサい少年が一人、唖然とした面持ちで立っていた。
「ど、どうしたの
旧姓でワタシを呼ぶ少年は、所在なさげにこちらをうかがう。
その顔は、恐ろしく見慣れた……
「……あ、あなた、なの?」
自分が殺した男の顔だった。
乾いた唇がちくりと痛み、ワタシは顔をしかめる。
「え?」
彼は何がなんだかわかんない様子だがこっちはもっとわからない。何故生きてる。
何が起きたのか。とっさに自分の格好を見ると、恥ずかしいことにセーラー服だ。こんなもの着るの、高校以来。
高校?
色褪せた記憶が突然よみがえる。放課後の201、ワタシと彼……。
「もしかして今から告白しようとしてる?」
彼は告白の単語を聞くや否やビクリと身を震わせ、照れ隠しに唇を尖らせる。
「そ、そうだけど」
ああやっぱり。それを聞いてワタシは。
「さよなら!」
脱兎の如く教室から逃げ出した!
「ちょっ、えっ、待ってよー、田畠さーん!?」
□20年後 / 黄昏時 / 取調室 / 10年後の彼女
ピカッ!
「なんと!」
と、言うが早いか、アタシは白い閃光に目を瞬かせ、また開くとやたら口臭いおじさんの前に座っていたのだった。変だな、アタシ立ってたはずだけど
その傍でスタープ〇チナのように仁王立ちの若い男が床を思いっきり踏み鳴らした。
ダッダーン! スッゴーい地団駄だ!
「何が『なんと』だコラァ!?」
ガラの悪い怒声。
「うおっ!? ビックリしたあ、あんた誰?」
あとここどこ? 時間は夕方のままみたいだけど。
まー何でもいいや、今日は最高の日だしねっ!
「……? 錯乱してるのか?」
「錯乱なんてしてませーん! してるのはあ、もっと別のもの!」
首を傾げるおじさんに向け、アタシは笑みを抑えるのにもう必死だー。
●10年後 / 夕方 / 二人の家 / 0年後の彼女
ピカッ!
「ギャッ」
「……どうしたの?」
とんでもない光量のフラッシュが炊かれ、視界が正常に戻るまで数秒を要した。
……!
少しく驚きを体で表現するためウゴウゴしていたが、わたしの顔色を覗くアンちゃんは親しげに問いかける。
「産婦人科行って、それで?」
「え、なにセクハラ? キモ」
「ええ……」
出会い頭になんだこいつ。
しかし、アンちゃんは露骨に傷ついた様子で目に涙を浮かべている。
……ん? この多少垢抜けても頼りない感じ。
ま、まさか!
「アンタ広末くん!? ていうかこの家何!? 何この状況!?」
よく見るとここは201じゃなくて全く知らない場所だし、家具とか内装がやたら柔らかくて北欧風だし、わたしエプロン着てるし北欧風だし!
混乱の極致に陥るわたしに大人広末くんはキョドリながらも声を掛けてくる。
「どうしたんだい、ハニー?」
「ハニー!? なんでそこだけ欧米風!?」
△0年後 / 放課後 / 202番教室 / 20年後の彼女
「な、なんてこったい!? 浮かれていて下手こいたぁ」
「落ち着いてください先生!」
パニックに弱いマッド物理教師を落ち着きに定評ある科学部員二号が宥める。
タイムリープマシンは発光止んで後、グイングインと摩訶不思議な音を上げながら自分は稼働中だとアピールしていた。
その迫力に押され部員も手をこまねき、慌てふためく教師とわちゃわちゃするばかり。
ガラララ
そんなところに入ってきたのは一人の女生徒。
長い黒髪にキリッと眉毛が凛々しい彼女は、田畠さんイン20年後バージョン。
(訳が分からない、ここは過去なのか? まずは身を隠さねば)
とか考えつつ彼女は適当に隣の教室に入ってみたが、なんてったってン十年ぶりの高校だから、そこが学校の癌と呼ばれる危険地帯だってさっぱり覚えていない。
不気味なヒョロガリ三人組とかち合って、にらめっこだ。
「何の用ですか?」
先に口を開いたのは科学部員一号だった。
「えっ、あっ、か、カクレンボ中です!」
「ああ、愚かな文系の下等遊戯ですね、お好きにどうぞ」
なんかムカつく返答だったが、それで科学部員たちはすんなり納得し、額を突き合わせてヒソヒソやり出した。
(……何やってるんだろう?)
彼女は身を隠すのも忘れて三人のやりとりに耳を澄ました。
「先生、そういえば我々の内誰もタイムリープしてませんね」
「ああ、未設定の場合はマシンの周囲十メートル半径の人を適当に対象者とするんだ。
おそらくこの辺の誰かが、今頃移動しているはずだ。設定だと十年後か二十年後に」
「ッ! なんてマッドな仕様なんだ!」
(タイムリープ? もしやこのガリヲタ三人衆が関係あるのか?)
まだわからないことばかりだが、その単語に引っ掛かるものがあった。
映画や小説の中でしか聞かない言葉だが、自分の頭がおかしくなっていないのであればこの状況はまさにそれではないか。
「呑気に話している場合じゃないでしょう! 電源を切るんですよ!」
「そ、そうだ! 電源を切ればタイムリープも終わる!!」
「ちょ、ちょっと待って一体何を――」
彼女の制止も間に合わず、一際年食ったモジャモジャ頭が変な唸りを上げる機械に指を伸ばす。
ピカッ!
□20年後 / 黄昏時 / 取調室 / 20年後の彼女
ピカッ!
「!?」
「何が『!?』だコラァ!?」
罵声とともに、若い刑事がワタシの座る椅子の脚を蹴って威嚇する。
閃光の後、ワタシはまた元の取調室に戻っていた。
「『!?』の部分ってどうやって発音してんだお前?」
中年が能天気に小首を傾げる。
なんだ……幻覚か。何も変わらない……全部、元のまま……。
●10年後 / 夕方 / 二人の家 / 10年後の彼女
ピカッ!
「あ、あの、君?」
ありゃ? またピカッたらアタシの家だ。
彼はビンタ食らった犬のような瞳でアタシを見ている。
目が合うときゅっと唇をひきつらせた。
「どしたのダーリン? 怖い顔よ」
「う、うん……なんでもないよ」
うーん、おかしいなあ。
「変なの! そう言えば私もいま変なおっさんのマボロシを見たわ!」
ま、いーや。
△0年後 / 放課後 / 202番教室 / 0年後の彼女
ピカッ!
「ここ……どこ?」
気付くとわたしは今度は見知らぬ教室にいた。201と造りは同じだけど、なんかゴテゴテした工作機械とか、ネジとかがゴロゴロと転がる変なところだ。
教室の隅っこの方では気色悪いキモい白衣の男らがなんか弁当箱みたいな四角いマシンを取り囲んでひそひそしていた。
やがて結論が出ると、一番の年配がクルッとこちらを振り向いて拳を振り上げる。
「校内にタイムリープの経験者がいるかもしれん、探しに行くぞ!」
「あれ、物理のクソ松」
公立文系コースのわたしには教わる縁が無いが、校内で知らぬものは無い危険人物だ。
ってことは、と他の二人を見るとこれまた心当りがあった。
ボブカットのヒョロガリがツカツカ戸に歩きながらわたしを指差す。
「カクレンジャー、そこのマシンに触るんじゃありませんよ」
「ぶほっ! カクレンジャーて。ぶふふ」
もう一人の七三がツボにハマったらしく、口元を抑えつつ一号の後に続いて教室を出て行った。
「三組のアンガールズ……。ここは科学部の根城か。でもなんで? てかさっきのは?」
三人はどこかにいってしまい、教室にはわたしだけが取り残されてしまった。
そういや、タイムリープとか言ってたなあいつら。
……するとこのマッシーン。……怪しい。
「……」
わたしはそれらしき弁当箱に近づくと、赤くて丸っこい押されるために生まれてきたようなボタンに魅入られてしまった。
モウガマンデキナイ!!
「えーい、電源入れてスイッチ押してみちゃえ」
ピカッ!
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