SideA:2

 避けていた人ごみが、戻ってきた。

 交通規制が解除された後の繁華街のように、今はすぐ近くに人の声が聞こえる。

「なにーあれってー」

「ほらぁ、噂の……」

「やっだぁ~」

 くすくす。

 くすくす。

 きゃははははは……。

 女の子達の黄色い声が聞こえる。


「やっぱさ、時代はジェットマンだよなっ」

「イエローのカードとピンクのカード取り替えてよ」

「算数の宿題やったか?」

「おれ、体育でこけちゃってさ……」

 わいわい。

 がやがや。

 お子様の、元気な会話が響く。


「かっこわりぃ~」

「ばっかじゃねーの?」

「あぁはなりたくねぇよなぁ。」

 くくく。

 けけけ。

 ちょっとだけ世間を知った口を利く、少年達のあきれ返った声・・・。


「うっるせーよっ」

 自分の声がヘルメットに反響し、鼓膜が震えた。

 飛び出て行って、叱りつけてやりたい衝動に刈られるが、 それは出来ない相談と言うものである。

 レッドは、閉ざされ街灯の僅かな明かりも届かぬヘルメットの中で歯噛みしていた。

 ついさっきだって、この耳で、この身体で、奴らが逃げて行くのを聞いていたのだ。

 何もしなかったわけではない。

 適うことなら、助手席を開け、逃げ去るタッパーA、タッパーBの首根っこをひっつかまえてやりたかった。

 あともう少しだったのに。

 冷たいトラックの側面は、そんな思いばかりを募らせる。

 そして、動くことの出来ない自分に歯噛みする。

 この拘束から逃れ様と、必死になる。

「無駄だって分ってて暴れて・・馬鹿か?」

 べり。

 レッドの視界に光が戻る。

 目の前にあったのは、ブルーのヘルメット。決して奥を見透かせない作りであっても、レッドにはブルーの表情が見える気がしていた。

 呆れたような、馬鹿にしたような表情。

 こんな状況を作り出した本人は、のうのうとレッドに付着したトリモチを剥がしていた。

 かっと、レッドの頭に血が上る。

「誰のせいでこんなことに……!」

 身動きできない状況で、首だけ動かし主張した。

 あの時、ブルーのトリモチ弾が飛んでさえ来なければ。

 それが自分に命中しさえしなければ。

 みすみすタッパー達を取り逃がしたりはしなかったのに。

 トラックの壁面にへばりついて、去っていく音を聞きながら歯噛みすることもなかったのに。

 もう一度タッパーAと真正面から向き合って、ねじ伏せる自信が有ったのに……!

「うわっ、何すんだよ!?」

 べとん。

 またまた視界が止みに覆われる。

 取り除いたトリモチの塊を、再びレッドのヘルメットにかぶせたのだ。

 少なくとも、ヘルメットのみの時より、防音性は高くなるだろう……だが。

 レッドは頭を振って抗議した。

 しかし、それではがれてしまうほど、ヤワなトリモチではない。

 遠心力でつぶれ、伸び、さらにヘルメットに密着する。

「黙れ、邪魔だ、鬱陶しぃ!」

 べちゃ。

 さらにヘルメットに重さが増す。

 それでも尚、レッドはあきらめない。あきらめない。頭を振って……。

 べと。

 追加されたトリモチが、トラックにくっついたようだ。

 レッドはそれ以上、抗議することすら出来なくなる。

「自業自得だ。」

 声とともに、ボディ部分の付加がなくなる。

 ブルーは暴れても被害の少なそうな個所を選んでトリモチを剥がしているようだ。

 腹の部分が軽くなっても、四肢と頭を固定されたままでは、何も出来ない。

 うかつさに、自分で自分にむっとする。

 どうしようもない怒りは、方向を変えて、やっぱりブルーへの気持ちの中に整理される。

 さすがに再び同じことを繰り返そうとは思わなかったが。

「暴れるなら帰ってからにする。ほら」

 べりり。

 グリーンは掛け声とともに、レッドの右手を自由にする。

 同時にブルーが剥がしたのだろう。左手の重みもなくなる。

 自由になった手で、早速レッドはヘルメットのトリモチを剥がしにかかる。

 かなり粘り気のある、特殊トリモチはそう簡単にはがれるものではない。

 かりかりぺりぺりもがく。

 半ば引き千切るように、トラックとの拘束から逃れる。

 ヘルメットの塗装がはがれても構わない位の勢いで、残りの部分を剥がす。

 トリモチの残滓は残っているが、視界が一気に開ける。


 夜の街。ラッシュ最中の駅前広場。

 先ほどの戦闘を知らない人々が、電車から吐かれ改札で詰まり、そしてまた流れて行く。

 危険を避けるためにとられていたスペースは、今、人の渦の中にあった。

 人々が寄りつかないスペースは、今はこのトラックの回りくらいか。

 タッパーには逃げられてしまった。しかし、街の平和は守れたことをレッドは感じた。

 同時に、足の重みも取れる。

 トラックとアスファルトから、レッドはようやく解放された。

 レッドは、自分の足で地面に立ち、冷たいトラックの側面から1歩遠ざかる。

 人々の流れを見る。


 決して健康な匂いのしない繁華街。

 薄汚れくたびれたバスターミナル。

 排煙を撒き散らす、ディーゼルバス。

 遊びに出かける私服姿の少女達。

 目をそらさずに、馬鹿にしている塾帰りの小学生。

 オトナを気取る少年達。

 それでもなお、レッドには、それらがとてもいとおしく思えていた。

 今日のこの何気ない一瞬が非常に嬉しかった。

 自分がトリモチにまみれている事など、頭から消え去っていた。

「手伝えよ」

 ブルーの声で、レッドは現実に引き戻される。

 雑多な足音をBGMに、トリモチ処理をしているグリーンとブルーの姿が目に止まった。

 グリーンは、地面についたトリモチを丁寧にごみ袋に入れていた。これは、産業廃棄物扱いとなるのだ。

 レッドに言っておきながら、ブルーのごみ袋はほぼ空の状態である。

 対してグリーンの袋は満杯状態。

 一瞬だけ、レッドはむっとしたが、敢えて何も言わないことにする。

 何倍になって帰ってくるのか分らないから。

「袋、貸してください」

 ブルーに言う。

 少し、声が震えていたかもしれない。

 ブルーは当然という風に笑った……ようにレッドには思えた。

 なんとなく雰囲気で。

「お、悪いなー。」

 ブルーはためらいもなくごみ袋をレッドに託す。

 レッドは、さらうように受け取ると、トリモチ拾いを開始する。

 乾いた地面に貼りついたトリモチは思いのほか取りにくい。

 グリーンはそれでも、なれた手付きでトリモチを回収して行く。

 ブルーが嫌がる気持ちもわからないではないが……もともとはブルーが撒いた種ではなかったか?

 むっとしながらも、レッドはトリモチを回収する。

 視界の隅では、手持ち無沙汰な雰囲気のブルーが、トラックを物色している。

 トラックの荷台。問題の花が詰まれている場所を。

 ぺりり。

 トリモチを剥がしつつ、レッドは考える。

 そう言えば、奴らは何故トラックを捨てて逃げたのだろう。

 世に出すべきでないとはいえ、折角の青いバラを捨てて……。

 トリモチを拾い、レッドは考える。

 あの時、トラックは動き出そうとしていた。そして、自分がトリモチで縫い止められた。

 あのままトラックが発進していたら……?


 レッドはトリモチを拾う。剥がして拾う。

 手の中の汗も、パワースーツを超えはしない。


 きーんこーんかーんこーん……。

 駅前大時計が鳴く。

 バスが2台同時に出る。

 視界の隅で、ブルーがトラックから降りるのが分った。

 レッドは、レッドとグリーンは、トリモチを剥がす。拾う……。

「じゃ、俺帰るわ。」

 小脇に鉢を一つ抱え、ブルーは片手をあげる。

 そのまますたすた歩き始める。

 目指す方向にあるのは、ブルーの別行動用単車。

「んー。おつかれさーん」

 手を休めてグリーンはブルーを見送る。

 何も声をかけることすら出来ないまま、レッドはブルーを凝視していた。

 トリモチバズーカを単車に固定し、鉢を固定し、レッドは単車にまたがる。

 そのままキーを回し、エンジンをふかす。

 雑踏の中でもその音は際立って聞こえる。

 レッドの目の前で、悠然と二つ目の袋をいっぱいにするグリーン。

 レッドの手の中の、半ばまで埋まったごみ袋。

 まだ、やるべきことは残っているのに。

 ブルーのメタルブルーの単車は、エンジン音一つで交差点の向うに消えて行った。

「ほら、これで終わりだ。後は、雨で流れるだろ。」

 最後のトリモチのカケラをべりりとはがして、グリーンはいう。

 きっと、グリーンは、仕事の後のビールが欲しいというような顔をしてるのだろう。

 レッドはグリーンに向き直る。

 証拠物件である青いバラと、レッド、グリーンを載せたトラックは、 歩行者天国の歩行者を避けつつ、動き出す。


 *


 世紀末のうたわれる今。


 細かな悪がはびこる世の中において、 取り締まり規制し犯罪者を逮捕しても、一向に減らない軽犯罪に、 警察組織の限界が見え始めていた。

 治安の悪化を恐れた政府は、「軽犯罪取締り協力法案」なるものを国会に提出し、可決された。

 世に言う「正義の味方」法案の誕生である。

 月毎の更新により、登録された民間団体には、国の名のもとに警察権力の一部が分け与えられた。

 銃刀法にかからない程度の武器の所持。実行犯の逮捕権。

 そして、疑わしき組織の捜査権。


 子供の頃、ウルトラマンや仮面ライダーに憧れた人々が、真っ先に登録した。

 多少腕に覚えの有る者から、ひ弱な憧れだけを原動力とした者まで。

 個人の力では押さえ切れないと悟ると、彼らは集団となった。

 無数の正義の味方集団が乱立すると、それに対する「悪」も組織化した。

 正義の味方と悪の組織の小競り合いが日常茶飯事となると、 ボランティアによる正義の組織に資金不足という大問題が生じた。

 自分たちの武器、防具の手入れや、戦いの最中に損傷した物の代償に。

 その中で、自らの手で助けた被害者から、または、逮捕した悪の組織化から、 適当な額の金額を請求するものが現れた。

 彼らの装備は郡を抜き、「正義の味方」登録数が激減する中、 彼らだけは勢力を伸ばして行った。


 人々は、金を稼ぎプロ化していく彼の組織のことを、「正義の味方株式会社」と呼んだ。

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