SideA:1
都会の喧騒。
輝くネオンサイン。
ホームから流れる人の群れ。
険しい顔、つかれた顔、やや上気した顔。
じゃれる子供、くたびれたスーツ、手にぶら下がった買い物袋。
派手目の格好の少年少女、時計を気にする青年たち。
見なれた日常。
当たり前の日々。
「何をしようとも手遅れよ! この香に魅せられた愚かなる大衆が、我等が総帥の足元にひれ伏す日も近い!」
言葉と共に、華麗なる高笑いが響く。
手には、美しい青いバラを持ち、ヒールの高い黒光りするブーツを誇らしげに踏み鳴らす。
声の主、マスターLNは今、手の届かぬ高みにいた。
手も足も出ない。悔しいがそんな言葉がぴったりと当てはまるこの状況。
すぐそこ、ほんの十五メートル先にいるのに。
マスターLMの闇を移したマントが、優雅にすら思える動きで、風に遊ばれている。
やや欠けた月をバックに、不適な笑みをもらしている。
こことは全く違う世界……そんな風にレッドには思えた。
どうあがこうと、この距離は変えられない。レッドにマスターLMを捕らえることは出来ない。
レッドの力では、マスターLMに触れることさえ適わない。
そして、マスターLMの拘束は、レッドの任務でさえない。
レッドはただ唇をかみ締め、マスターLMを見上げることしか出来なかった。
その一報がレッドの耳に届いたのは、つい三時間ほど前だった。
麻薬中毒に似た症状で、幼児が病院に運ばれたのだと言う。
幸い命に別状は無く、幼児はそのまま一晩を病院で過ごし家に戻るのだという。
警察の鑑定でも、種類を特定出来なかった薬物。
世界初、青いバラによりもたらされた事態。
世界に有るはずの無い幻の色は、事態が常識の外で進行していることを示していた。
通報は直ちに、レッド達の事務所に届けられた。
レッドたちの召集は、速やかに行われた。
「ぼーっとしてんじゃないの」
急に襟首を引かれ崩れたバランスを、レッドは慌てて戻す。
声の主は、大きめのショットガンに似た火器を持つグリーン。
頭ひとつレッドより小さいが、決して細かくない動作でレッドを引っ張っていく。
「グリーン」
情けない声は自然に漏れてしまうもの。
しかし、グリーンの手は外れない。持ちにくいだろうに、簡単に外れてしまうほど易しい力ではない。
「お仕事をしましょう」
レッドの襟首をつかんだまま、掛け声一つでショットガンもどきを打ち出す。
一度の反動で合わせて二発。連続で撃ち出す。
反動は、軽く腕を振って吸収する。
白い軌跡が、レッドの目にもはっきり見えた。
レッドには、それが酷く不吉なもののように思えた。
……それが、今日始めて見るものであったから、とくに、である。
打ち出された散弾銃風トリモチ弾は、今まさに撤退しようとするタッパーに向かった。
派手な音も無く、遠目であってもねちゃりとした質感そのままにタッパーを襲う。
一人は弾の勢いのまま倒れ、その場に縫い止められる。
足掻いている様子が、はっきり見える。
怪力の持ち主、タッパーAには、トリモチ弾さえ効かないのか。
そしてもう一人は、トラックの運転席に潜りこんでいた。
トリモチはむなしく運転席の扉を封印する……しかし、運転には支障が無い。
「……ち。レッド!」
「……え?」
声を発するより早く、レッドはトラックへと押し出されていた。投げ出されて、の方が正解かも知れない。
奇跡にも思える足運びで、転ぶこともない。
考える間もなく、目の前にトラックの運転席の扉があった。
トリモチの命中した、扉が。
焦ったタッパーBの顔が、自棄にはっきり見える。
焦りで浮いた汗と、キーを回そうとする手つき。
レッドに気付いて、慌てて助手席へと逃げるその様子。
「ちょ……っと待てーっ!!」
レッドは、車のボディの中、トリモチ弾の脅威にさらされていない部分……運転席のドアへと、足を蹴り上げていた。
グリーンはレッドを押し出した勢いのまま、タッパーAに向かう。
ここで取り逃がしては、チャンスを台無しにすることになる。
怪力の持ち主。街灯さえも蹴りで倒すタッパーAが、これくらいのことであっさり捕まるほどヤワではあるはずがない。
念を押すように、トリモチ弾を連続で撃ち出す。
全てが命中すれば、いかなタッパーAとて、身動きかなうまい。
と、グリーンの耳元を何かがかすめる。
それは、トリモチ弾より早く、タッパーAに……タッパーAに付着した、トリモチ弾に命中する。
「世話やかせないで頂戴!」
その何かは、タッパーAに命中し弾ける。
飛沫はグリーンにも降りかかる。
タッパーAへと打ち出されたトリモチ段は、全て滑り、乾燥した地面に貼りつく。
「水……か?」
グリーンが思うのとタッパーAが弱まった楔から抜け出すのは、ほぼ同時だった。
一動作で起きあがると、タッパーAはそのままトラックへ向かう。
力任せの、ダッシュである。
「なに?」
グリーンはその動作についていくことが出来なかった。
いくら鍛えていても、どうしようもないこともある。
慌ててトリモチ弾を構えるが、向かう先にはレッドもいる。
このまま弾を打ち出せば、しなやかに伸び行くトリモチ弾は、間違い無くレッドをも飲みこむ。
まだまだ若造だが、重要な仲間の一人であるレッドに、貼りついたままムリヤリ剥がした肌の苦しみを味わわせて良いものか……。
グリーンの、仲間に対する僅かな良心が、行動の邪魔をしていた。
そして、撃ち出さずにグリーンはレッドに向かって走り出した。
盛大に運転席の硝子を割った足をレッドが引っ込め一息つくのと、 タッパーAがレッドの元へかけこむのは、ほぼ同時だった。
勢いのままに殴りかかったタッパーAの拳を、慌ててレッドは避ける。
タッパーAの拳の空圧で頬がぴりぴりする。
庇うように、トラックとレッドとの間にタッパーAは入りこむ。
トラックでは、硝子の直撃を免れたタッパーBが、再びエンジンに手をかける。
このままでは、トラックごと……証拠をごっそり持って、逃げられてしまう。
レッドは、荷台に飛び乗ることを考えた。タッパーBを警戒しつつ、移動しようと試みた。
自分の体ひとつのレッドには、それ以外方法がなかった。
グリーンは、ささやかな良心など忘れていた。奴らを逃がすことは信用を失わせる。
何がなんでも、逃すわけにはいかなかった。そして、トリモチ弾を後部タイヤに向けた。
下の戦いには参加していなかったブルーは、迷うことなく右手の無反動バズーカの引き金を引いていた。
当然とばかりの顔をしていた。
超巨大トリモチ弾が空を切る。証拠品の青いバラを載せたトラックと、レッドを目指して。
レッドが最後に見たものは、空いっぱいに広がった、真っ白いトリモチだった。
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