第51話:理由/歪んだ

 それは残虐な私刑だった。

 何度も――何度も何度も叩き付けられる模造剣。オレンジ色の装甲は、何度も同じ部分を斬りつけられて、強固な装甲をへこませていく。

 マルクが駆るユーリィと、瞬の駆るカルゴの戦いは、マルクの圧勝で終わったはずだった。最後に強引に蹴りつけた瞬だったが、その後の一撃によって完全に地に沈んだ。

 明らかな致命傷だ。これまでの上半身に集中した攻撃に加えて、あの大地へ叩き付ける攻撃でゲームセット――だというのに、決闘モードは戦闘の終了の意志を示さず、継続している。


「ヒッ……」

「……ッ」


 異常だ。決闘モードもだけど、あの執拗に攻撃をし続ける白のギアスーツは異常だ。終わらない決闘。片や意識を失っているのか一方的な攻撃を受け止め続け、片や狂気染みた連撃で敗者を弄ぶ。

 許されない行為だ。息を飲む遠見ちゃんを余所に、私は咄嗟に立ち上がる――


「クッ……」


 けれど、目の前の惨劇から視線を離せず、しかもアリーナのフィールドに飛び降りる事への危険性が脚部の動きを阻害する。だからと言って、一度ギアスーツの準備室に降りる時間はない。

 準備室でこの光景を見ているであろう優衣の元へ向かいたい気持ちがあるけれど、目を離してしまえば瞬が真っ二つになっていそうで――それこそ、殺されてしまいそうで。


「マルクッ……」


 無力な自分に歯がゆさを覚えて、その実行者の名を恨めしく呟く。それしかできない自分がもどかしい。

 自分の身体を大事に思える段階ではない。その判断をした私は、今度こそと脚に力を入れて――


「えっ……!?」


 その私の横を通り過ぎた少女がいた。セーラー服に近いとされる学校の制服を着て、その尻尾のように長い一束の薄い金髪を宙に舞わせて――その瞳はいつもより焦りが感じられるソフィアが、アリーナのフィールドへ飛び出していた。



     ◇◇Shift:Sofia◇◇



 やられた。敵ではなくて味方に。

 おかしいとは思っていたし、こうなるかもしれないという危険性は考えていたはずなのに。

 平和な生活で頭が腐ったか。そんな理論的ではない思考に反吐が出る。

 とにかく、どうにかしないといけない――彼らが決闘をしているアリーナへ向かうために校舎の中を走る。


「ハッ――ハッ――」


 身体は鈍ってはいない。当然だ。そのように教育されてきたのだから。

 今日は活動はない。いつもはアイ・Aアルトリス・イグリス、永瀬 遠見、山口 優衣の誰かが私のところへやって来て、一緒に行こうと誘うのだ。事前に口頭で伝えてくれればいい、そうと言うのに彼女達はそうはせずにいたし、何より私はそれが楽しみであったのだ。

 あの煩わしさは嫌いじゃない。不思議とそう思えていた。


「――ハッ――」


 廊下を走り、誰かに何かを言われる前に角を曲がる。逃げ切れば何を言われても耳には届かない。

 ――でも、今日はなかった。そこで気付くべきだった。

 自分の足りない頭に悪態を吐く。昨日のマルクと山口 瞬の喧嘩で、マルクが苛立ちを募らせていたのは聞くまでもない。あの男は嫌な男だ。そして必ず報復を企てる危険な男だ。

 マルク・ゼレニンという男の危険性は自分が一番知っていたはずだ。だからこそ、彼らに危害が向かないように私が犠牲になればよかったのだ。それが常であったはずだ。感情を制御できない男に充て付けられた女。それが私、ソフィア・ユオンだったと言うのに。


「――ッ」


 階段を一気に飛び越す。人がいなくて助かった。十五段におよぶ段を降下とはいえ、全て飛び越したのだ。一度だけ転がり、身体全体で反動を受け流して、すぐさまに走り出す。こんな光景を見られたら、次の日からは陸上部に入れられるだろう。

 ――昨日の時点でマルクは何もしてこなかった。それもまた想定に入れるべきだったのだ。

 人にはそれぞれストレスを発散する方法がある。マルクと言う男は、それが暴力性である。誰かを傷つけないと彼は生きていられないのだ。特にそれが、自分の気に喰わない物であれば尚更に。


「――グッ」


 また飛び降りて、一階に到達する。反動を逃がした口から漏れ出す声が邪魔くさい。ここからアリーナまでなら一息つく必要もない。

 山口 瞬はマルクを苛立たせるには十分な存在だ。彼の性格は私から見ても骨董無形――マルクが嫌いとするバカというものだ。そして何より、マルクと似た攻撃性を有する。マルクよりはマシで、どうやら自制もしているようだけれど、それでもそれはマルクと似ている衝動だ。

 同族嫌悪であり、異族嫌悪である。だからこそ、マルクは無視できない。それがどんな状況であっても。


「――止めなきゃ」


 マルクが仕打ちをするとすれば、瞬の心を折る事が重要視される。という事は、アリーナでの決闘の可能性が高い。それがマルクという男が愉悦に浸れる舞台だ。

 止めなくちゃいけない。私は――彼らを止めなくちゃいけない。

 アリーナに踏み込んだ私は、入り組む一階のギアスーツ準備室ではなく、二階のアリーナの観戦場へ向かう。身体はついてきている。なら――行けるはずだ。

 このままでは瞬が死んでしまう。マルクはどんな手を使ってでも瞬を痛めつける。何度も。何度も。何度も何度も何度も。何度でも――瞬の心よりも先に身体が折れるまで。加減のできない男だから。


「――ソフィアッ!」


 観戦席を咄嗟に下って一気に策を飛び越した――

 誰かが私の名前を呼んだ。十メートルはある塀を越えるのだから仕方がない。声の主の探索はせず、私は衝撃に備える――


「ウッ――ッァ!?」


 ――耐えろバカ!

 漏れ出した口からの言葉にならない弱音を吐き捨てて、階段の時のように受け身をとって、すぐさまに立ち上がり走る。飛び降りた地点はマルクの背面――瞬のカルゴは大地に伏し、それをマルクのユーリィが何度も執拗に剣を叩き付けている。

 オーバーキル。マルクが何か細工したのだろう。決闘モードの基準を逸している。そこまでして瞬を殺したいか。でもそれは、私が止めないといけないんだから――


「――ッ」


 前方に二振りの小剣が落ちてある。アサルトライフルは遠いが、あれなら広って使える。

 私は何度目かの回転をして武器を拾い上げ、両腕に装備する。生身で持つギアスーツの武器は――とても冷たかった。それは、たとえ模造剣でも人を殺せる証明に見えた。

 瞬に夢中なのか、マルクは気づかない。私は最後の覚悟を決めて、マルクの背後を斬り裂こうと小剣を振り被り――


「――ッ!?」


 意識がブレた。かんか、かん、感覚を、取り戻す。

 冷静に状況を見つめる。腹に感じるのは棒状の何かで殴打されたような一撃。薙ぎ払われて、私は歯を食いしばる力を籠めるのが精いっぱいで後方へ吹き飛ばされる。

 最低限の受け身で頭は守った。けど――この腹部の痛みは何だろう。そう思って、ぼんやりとした視界の中、白い男がこっちを見ているのに気が付いた。赤い目で私を見ている――狂騒の瞳は私を睨み、何かを言いたげそうに俯いて、そして視界から消える。

 ――逃、げたの?

 数少ない自意識を総動員して認識した。これでよかった。これでしばらく、マルクの苛立ちは消える――私も痛めつけられなくなる。

 誰にもバレテはいけない。誰にも見せてはいけない。誰にもその矛先を向けてはいけない。

 だって――だって、それが私の存在理由。マルク・ゼレニンの遊び道具であり怒りの捌け口。彼が逸脱した行動を起こさないように宛がわれた、それだけに育てられた存在。

 これで……守れる。規則に。あ……だから、今は少しだけ――目を瞑ろう。

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