第50話:一矢/報え

「――グッ!?」


 マルクによって叩き起こされた意識を総動員する。認識しろ。両肩に響く痛みは俺の意識を取り戻させたが、決定打ではない。実戦用の加熱式長剣ヒートブレイドではないんだ。装甲を切り裂く事はできず、弾かれた長剣は――再び俺の肩に目がけて振り下ろされる。

 決闘モードにおける肩へのダメージは致命傷には値しない――厳密には、確実に死ぬほどのダメージではないからだ。腕を斬られてもしばらくの逃走、抵抗はできるという判断なのだろう。首や心臓、頭みたいな一撃死の判定ではないのだ。だがあくまで致命傷ではないだけで、痛みは俺の腕への力の伝達を阻害する。

 何より――マルクの一撃には躊躇いがない。確実に相手を殺すような、そのような決闘ではない戦闘の仕方をしている……気がする。


「コナッくそッ!!」


 両手の小剣を失った俺にできるのは、回避か防御か――回避の選択をしている余裕はなく、俺はダメージを承知で両腕で振り下ろされる剣を受け止める。

 先程の甲の部分を斬りつけられるよりはマシだ――とはいえ、肩部分にも装甲を通り越して衝撃を与えてくる一撃だ。叩き付けられた一撃は、両腕を断裂させるかと思い込みかけるほどに重い。

 ――どうしてここまで身体が軋む?

 その疑問を考え込むより先に、俺は後方に展開していたスラスターを止めた――振り抜かれた斬撃の反動を余さず利用し、前方のバーニアも相まって急速に退却する。


「グッ……ゥッ!!」


 両腕の痺れが止まらない。口から漏れ出しそうになる弱音を必死に歯で食いしばり、俺は無事な脚部を大地に引きずらせて次の相手の攻撃を待つ。こちらの武装は無し。今から取りに行こうとしても、両肩から手にかけて力を入れられない現状、武器を扱う事は不可能。

 対抗策は、残った足を使っての逆転しか思いつかない。幸い、戦闘が始まって数分しか経っていないおかげで、推進剤は余っている。立ち回りさえ違えなければ、あるいは――


『逆転のチャンスがあると思っているのかい?』


 目の先で二振りの長剣を構えている、白塗りの処刑人が通信してくる。言い方も相まって、カメラアイであるはずの赤いラインが、俺を嘲笑っている口に思えた。確かに、ベストセラーに相応しいデザインだ。


「さっきまでの激昂はどこへやら、だなマルク」

『僕だって人間さ。多少は感情的になる』

「俺の感情的な戦闘を否定していたのにか?」

『……僕は君と違って、感情的であっても正確に、冷静に戦闘ができる――狙いどころは外していないだろう?』


 ――即ち、先程までの攻撃は意図的なものだという事だ。

 見事に決闘モードの致命傷判定を躱す場所を攻撃してきている。おかげで上半身はガタガタ。まともに機能するのは弱音と虚栄しか張れない口だけか。

 ――上等ッ。


「いい腕だよ……そしていい趣味だ。前回の戦い以上にあくどい」

『前回の模擬戦は手加減しているからね』

「そうかよ。道理で容赦がないわけだ」


 それでいい。話を伸ばせ。上半身の痛みを許容できるまで、それまででいい。


『――それに、いい趣味なのは君もじゃないか。戦闘中にはお喋りとは、ずいぶん余裕だね』


 ――ダメか。何もかも見透かされている。

 じりじりと、俺を精神的にも追い詰めるように近づくユーリィ。フェアプレイを貫いているのか、それとも舐めているのか、しなくてもいいのに歩いてくる。

 こちらは風前の灯火。数十秒の会話如きで上半身は復活しない。だからと言って、このまま止めを刺させる気もない。決闘モードは継続している。俺の相棒はまだ戦えると訴えている。なら――応えなきゃな。


「思い出せよ……俺」


 正直、使うのは嫌だがあの感覚を思い出す。意識を二分化したような、冷静な意識と行動的な意識を内包するような、あの感覚を手繰り寄せる。

 目を見開け。感情を殺すのではなく、ただ自分らしく――勝ちたいと想像しろ。どんなに自分の中でそれが恐怖に映ろうと、それこそが俺の戦闘手段だ。


『気は少し晴れた。終わりにしてやるよ、瞬』

「――そうかよ」


 思考は冷静であった。マルクの満足げなその声に意味はない。むしろ、今から攻撃しますよという宣言だ。覚悟ができるし、何より準備ができる。

 簡単な準備だ――ただ、前進する。相棒は俺の小さな呟きコールの意味を従順に形にする。背部のスラスターが点火し、俺はその加速に合わせて一歩、右足を出した。


『往生際が――ッ!』

「――――ッ」


 マルクが二振りの長剣を縦に振り被る――前進する俺を斬り伏せるつもりなのだろう。それでいい。その部分までは想定済み・・・・だ。これまでの攻撃を、冷静になった俺が分析し、攻撃の初段は必ず縦振りの斬撃だと理解していた。

 勿論、マルクが必ずしもその手で攻撃をしてくるとは限らなかったが、どうやらマルクは俺を大地に這い蹲らせたいらしい。殴られて吹き飛ばされて、大地に叩き付けられたのだから、そういう思考に陥るのは当然だ。そこまでは冷静な俺の分析。見事に当ててくれた。

 ここからは、それを受け取った感情を司る俺が実行する番だ。怯えるなよ、竦むな。俺にできる事は、無謀で、無闇に、無鉄砲に突き進むこと――この状況下においても、それは同じだ。


「――解除ッ」


 右足を軸に俺は体を浮かせた――それは跳躍というもので、左足もそれに準ずる。両足が宙に浮く。加速した肉体は剣を振り下ろさんとするユーリィへ向かう。この状況ではマルクにやられる――それは困る。

 だからこそ、俺は背部に接続していたスラスターをパージする。それは前進する速度を殺すわけではなく、宙を浮く力を殺す事に繋がる。姿勢制御用の、ギアスーツの装甲に取り付けられたバーニアを使い、肉体の空中移動は継続――重要なのは、剣よりも先にマルクに一撃を与えられるか、その一点に尽きる。

 肉体を翻す――剣よりも先に攻撃を当てるには、その剣の軌道から逃げるのが一番だ。人それをカウンターと呼ぶ。攻撃に対して、攻撃を躱して、その隙に攻撃する。

 真正面から来る相手が、空中で僅かな動作で剣撃の範囲から消えた――残されたのは一足先にマルクの懐を捉えた俺の右脚だッ!


『――チィッ!!』


 跳び蹴り、もしくは空中ミドルキック、厳密にはボレーキックをユーリィの懐にぶち当てる。右足に鈍い痛みが走る――知ってた。ギアスーツは格闘戦をする物ではない。装甲と装甲がぶつかり合い、それを通じて相手だけはなく自分にもダメージが入るからだ。それならば剣や、銃で一方的に攻撃した方が効率がいい。

 一矢報いた。それだけで十分だ。冷静な俺の分析上、この後の動きはない。何せ――


『面倒なんだよ、負け犬がァッ!!』


 ――双剣は止まらない。大したダメージも入らない俺の一撃に怯むわけがなく、ただ蹴られたという結果が残るだけで、攻撃は避けた俺の肢体に目がけられる。身体は蹴りの反動で後退するので、尚更狙いがつけやすい。

 一秒、二秒……っと。人は死の間際には世界が遅く感じるようになるんだっけか。それほど、マルクの威圧は鬼気迫るものがあった。それほどの怒りを覚えていたのだ。

 あぁ、――クソっ。勝ちたかったなぁ。俺が引き起こした事件の清算のつもりだったのに、熱くなってしまった。でも、それもこれで終わり――剣は振り下ろされて、俺の胴を捉える。

 それだけでは痛くないのに、重力に反していた俺は急激にその重力に引きずり込まれる。上から押さえつけられたギロチンの如き双刃は、そのままアリーナの床と板挟みにして俺を断罪する。その痛みを感じるまでもなく俺の意識はそこで途切れる。

 思うのはまたマルクと元の関係に戻れれば、というかつて抱いた後悔と同じ想いだった。

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