第49話:怒り/解き放たれた

「謝るなら、僕の言う事を一つ聞いてくれるかな?」


 翌朝、学校に登校した俺はマルクがいるであろうクラスへ向かい、そこで頬の怪我を隠さずに堂々とした様子で俺を睨みつける彼を見つけた。

 彼の周りに人はいない。避けられている――とは違う。マルクが明らかな敵意を剥き出しにしているからだ。不機嫌そうな表情で、クラスの端っこの席で座っている。嫌われているわけではないのだろう。言ってしまえば、何かあったから近づかないだけだ。

 そんなマルクに、別のクラスの俺が話しかけるものだから教室の生徒は訝しむ目で俺を見る。加えて、それが彼への謝辞なのだから、俺への興味は増すだろう。その中で、マルクはそう言い放ったのだ。


「何をするんだ? 俺ができる事ならやる」

「あぁ。今ここで盛大に殴り飛ばしてもいいんだけど、それじゃ面白くない。僕はフェアだからね。一方的にするのは趣味じゃないんだ」


 気になる言い方をしてくる。相当怒っているのが解るので、俺は何も言えず、マルクの嘲笑交じりの言葉を受け止める。

 ――遠見やアイがここにいなくてよかった。

 たぶん、もっと面倒な事態になっただろう。


「――ギアスーツでやり合おう。そうだ、それが一番フェアで楽しい」

「……いいのか? その言い方だと、俺にも戦う術を与えるようだが」

「いいさ。放課後、アリーナでやろう。あぁ、ギャラリーも呼べばいい。僕の実力もハッキリと見せつけておきたい」


 口角を歪ませる。背筋に悪寒が走る。確かにマルクは笑っていた――笑っていたが、それを笑みだと認識するのに数秒を要した。どうしてそう思えたのか、不思議なくらいマルクの表情は歪んでいた。

 だが、マルクのこの望みには乗らないといけない。嫌な予感を頭で理解する中、俺は小声で了承の言葉を言い放った。その頃には、クラスの生徒の興味は俺達には向けられていなかった。



     ◇◇Skip◇◇



 アリーナの練習場へ赴く。ここへ来るのはマルクに負けた以来か……あの時とは状況が違うから、少しばかり気分は良くない。

 ギアスーツの格納庫から使用するギアスーツ、オレンジ色のカルゴを優衣に用意させる。


「兄貴。やっぱ止めた方がいいよ。マルクのやつ、絶対に何か企んでる」

「そうかもしれないけど、こればかりは引き受けないとな。なーに、実弾を使うわけでもなし。大丈夫だよ」


 そうだけど、と優衣は心配してくれるが、俺がいつものオレンジ色のコアスーツを着ると、諦めたかのように俺に内部フレームを装着させる。

 マルクが前回使用した機体は、ロシアの第三世代機、ユーリィだ。あの後、あの機体について調べたが、性能面から見れば俺のカルゴとは天と地の差――まぁ、好き好んで第二世代のギアスーツを使っている俺が悪いのだが、残念ながら勝機は薄い。

 実際、前回の戦いでは負けているわけで……だからこそ、この戦いはリベンジも兼ねられている。


「……兄貴、マーリン。使わない?」

「えっ?」


 優衣の意外な一言に、素で驚いてしまう。マーリンといえば、ギアーズ・オブ・マーリンだろう。所有権を譲渡された、あの金ぴかの第三世代ギアスーツ。

 確かに、実際に戦闘した俺からしてあの機体は強い。あの異常な感覚をもってしても、説得という方法でどうにか事を治める事ができたのだから。それに、あの時のオットーの精神も平常ではなかった事を考えると、あの戦いでの勝利はノーカウント。実際、カルゴより数倍強い。

 だが、俺にはあれに乗る気はなかった。


「いや、いい。俺の相棒はこいつだけだ」

「……確かにカルゴは良い機体だよ。兵士の中には、未だに愛用している人も多いらしいし、整備性も確立されてるから弄りやすい……。でも、やっぱりもう限界だよ」

「……かもな」


 どんなに抗っても、技術の進歩は正しい。

 俺がやっている事は、極端に言えば、紙飛行機でラジコンの飛行機で滑空時間を競い合っているものだ。紙飛行機は材料が安価で工夫すれば滑空時間も伸ばせるが、それでもやはりラジコンには負ける。一発勝負の戦いにおいて、材料の価格なんて関係ない。勝てる望みは、万に一つしかないのだ。

 優衣が、伊弉諾イザナギの事を言いださないのはありがたかった。マーリンじゃなくて、そっちを出されていたら、もう少し悩んでしまっていたであろう。


「やるだけやるよ。今はこいつで行く――ごめんな」

「……謝らないで。代わりに、無事に帰ってきてよね」


 太陽のような色の装甲を身に着けて、俺は最後に緑色のバイザーを持つカルゴのヘルメットを見つめる。中学時代、俺をギアスーツに引きずり込んだのは、俺の暴力性だからかもしれない。

 でも、それでもこいつは俺と一緒に来てくれたんだ。だから――どんなになっても、お前と共に戦うと、心の中で改めて誓った。


「優衣。オーケーだ。開いてくれ」


 ヘルメットを被り、ギアスーツの起動を確認。鎧を身に纏い、俺は今からカルゴと一体化する。

 右手には模擬専用のアサルトライフル。両腰には模擬専用の小剣。俺が一番慣れているスタイル。これをもってして、マルクが満足する戦いをしてみせる――


『いってらっしゃい……兄ちゃん』

「あぁ、いってきます」


 ヘルメット越しに聞こえる優衣の弱弱しい声に、俺は胸を張って返す。何のことはない。これが山口 瞬と優衣の戦闘の前のやり取りだ。心配性の妹と、虚栄を張る兄。これほどバランスのいい関係はない。



     ◇◇Beginning Argue◇◇



 決闘モードが起動し、脚部にセットされていたスターターが、火花を散らして肉体を前進させた。発射装置から解き放たれつつも、同時に開かれた扉の先には――


「ユーリィ……いや」


 想像していた姿のやつがいた。ロシアの国旗の色から取られた、白と赤、青の派手な装甲とは裏腹に堅実に作られたベストセラー機。ロシア機特有のヘルメットのバイザー代わりのラインは、敵への威圧感を示している。

 今日のは更に鋭く見えた。乗り手の怒りが現れているんだろう。だが、同時に違和感を覚えたのだ。


「射撃武装がないのか!?」


 その背中にあるべき二丁のガトリングが装備されていなかった。いや、それだけではない。両手にはアイも使用していた模擬長剣。それ以外の装備はない。腰にもマウントされていないのだ。

 正気を疑う――だが、そう思考する間にも三色の鎧は、こちらに前進してきていた。


「チッ――」


 口上もなし。礼儀いらずの本気の戦いをしかけに来ているのか。俺は背中にあるスラスターでの前進を止めて、前身装甲にある姿勢制御用のバーニアで体重移動を抑制しつつも右手のアサルトライフルをマルクへ向ける。

 一心に前進するユーリィはいい的だ。あのマルクが何も考えずにいるとは思えないが――チャンスを見逃すのも、また間違いである。

 狙いを定めて右手の人差し指を使い、引き鉄を引いた――


「やっぱりッ!」


 思考の裏で感じていた事をされる。狙いを定めた銃撃をした瞬間に、マルクは全身に走るエネルギーラインを使って、細かい動きで銃弾を躱した――しかも、前進に影響はなく、むしろ加速する。

 俺は接近戦を想定しつつも、右手のアサルトライフルでの射撃は止めない。一発でも当てられるか――無理か、と認識しつつも俺は仮想の銃弾をばらまく。


『遅い』


 一言だけ聞こえた、マルクの俺への悪評。あぁ、その通りだ。お前が早すぎて当たらねぇ。

 敵の長剣の距離まで詰められた――俺は咄嗟にアサルトライフルを投げつけて――弾き飛ばされたそれを横目に、浮遊状態を維持しつつ後退し両腰の柄を握る。


「ダッ!」


 ユーリィが二つの剣を振り被ってくるのが見えた俺は、その一撃を受け止めようと柄から小剣を引き抜く。クロスした迎撃は、見事に敵の斬撃を受け止めたかのように見えた――だが、


『弱い』

「グッ――」


 マルクの蔑みの通り、小剣よりも重量のある長剣では受け止めるのは難しい。向こうも二振りである以上、小剣を握りしめるのは悪手だ――その思考を信じ、俺は小剣を放棄して――


「――ッ!?」


 同時に、両腕に痛みが走った。緑色の視界越しに見えたのは、ユーリィの長剣が俺の両手に届いて斬りつけている様であった。

 器用にも、コアスーツ以外の装甲がない部分を斬りつけてくる――それは即ち、素手で木刀の一撃を受けたようなもので――あまりの痛さに視界がモノクロに見える。


『煩わしいんだよ、てめぇはッ!!』


 マルクの絶叫が耳に聞こえる。小剣を捨て、両手にダメージを負った俺に更に近づき、そして――両肩に鋭い剣撃が叩き込まれる。装甲に守られているというのに響く痛みに、俺は落ちかけた意識を取り戻した。

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