第44話:敗北/満足な

     ◇◇Reminiscence◇◇



「グッ!?」


 ――相手が振り被った加熱式短剣ヒートソードを、俺は左手で握っていたヒートソードで薙ぎ払おうとする。思いの外に鋭い斬撃は、俺の剣など物ともせず、むしろハッキリと交差した俺の剣を弾き飛ばした。

 迎撃をしようとしてピンチに陥った俺は、咄嗟に後方へ下がろうとするが、眼前の白い機体は俺を更に追い詰めようと、ヒートソードを振り被りながらも急接近する。


「くそ、舐めんなよッ!」


 あくまで近接戦闘で勝負を決めたいらしい相手に、俺は退くのを止めて、左腰に残っていたヒートソードを右手で引き抜き、逆に前進し勝負を挑む。

 緑色のバイザーの先に見える、赤い線状のカメラアイが嘲笑を浮かべるように歪んだ気がした。錯覚か、俺が敵のペースに飲み込まれたのか。少なくとも恐怖でそう感じた俺は、無謀と解ってもなお、一振りの剣だけで一矢を報いろうと、振り被られた剣に相対した。

 結果は――言うまでもなく、敗北。一振りの剣で、振り被られた剣をどうにかできたとしても、相手はもう一振りのヒートソードを有している。当然、武器が弾かれて隙だらけになった俺に襲いかかるのは、模造の剣。胸部装甲を思い切り叩き突かれ、俺の視界は緑から赤に一転した。



     ◇◇Termination Argue◇◇



「ふぅ……」


 模擬戦が終了し、俺はヘルメットを脱いで小さな溜め息を吐いた。蒸れた顔面を、アリーナの冷房が心地よく冷やしてくれる。

 白熱した試合だった。結果は負けてしまったが、俺としては全力を出し切ったつもりであったし、反省点はあっても悔いはない。何より、相手が待ち望んでいたあいつだったのが、思いの外に気持ちが良かったのかもしれない。


「あの戦いを生き残ったと聞いて、多少なりとも期待した僕がバカだった」

「うるせー。相変わらずだな、マルク」


 俺に嫌味をぶつける白のギアスーツ――ロシア製のユーリィと呼ばれるギアスーツの主は、同じくヘルメットを脱ぎこちらを睨みつけていた。

 マルク・ゼレニン。ゼミの幽霊部員であった彼が、遂に彼の祖国ロシアから、ギアスーツが送られてきたと聞いて、早速模擬戦を挑んだのだ。結果は散々たるものだったが。


「まぁ、俺としたらマルクの実力を見られて良かったがな」

「あれを僕の実力と思うのなら、大きなお門違いだ。お前程度に全力を出すわけないだろう?」


 相変わらず上から目線の物言い。アイよりも薄い金髪の中にある、鋭い目線は俺に嘲笑を向けているようであった。だが、俺は逆にマルクという男に正当な認識を得ていた。


「んじゃ、お前のこれまでの言葉は偽りはないって事だ。俺よりも強いんだから、そりゃ言う事は言えるわけだしな」

「……お前、悔しくはないのか?」

「そりゃ悔しいさ。勝負で負けて、嫌味を言われるんだ。だが、俺はそれを返せない。今回でよく解ったよ。お前は強い。だからこそ、俺はお前の言葉を出来る限り受け止める」


 そう言い返すと、マルクは更に俺を強く睨みつけてくる。どうにも居心地が悪くなったらしい。俺からすれば、マルクの正当な評価のつもりなんだが……どうにも、マルクはどこか捻くれている印象があるからなぁ。

 マルクはまた鼻で俺を笑い、そしてアリーナのギアスーツ調整室へ戻っていった。俺をバカにしたのか呆れたのか。どちらにせよ、マルクにとって俺という存在は奇妙に見えたらしい。心底、嫌われているらしい。


「長居は良くないか……」


 少なくとも、俺は冷静であった。この前の――アイの小父さんとの戦闘の後から、俺は酷く冷静な思考が、頭の中にこびり付いていたのだ。勿論、俺は俺だ。無謀で無策で無闇な奴で、バカと言われたら否定はできない、勢いだけのお調子野郎。でも、その隣に何事をも冷静に分析する俺がいる。

 精神的に変になったのだろうか、と不安は覚える。しかし、日常生活に異常はなく、その冷静な自分が俺ではないと言う違和感を抱いているわけではない。

 あの戦闘中に芽生えたこの感覚を、俺はまだ、誰にも打ち明けていなかった。



     ◇◇Skip◇◇



 愛機を専任技術士である優衣に任せて、俺は一人で学寮へ戻っていた。今日はゼミの活動は無し。ヒューマ先生が仕事に追われているらしい。よくある事だ。

 だからこそ、俺はマルクに挑戦を叩きつけて返り討ちにあっていたのだが……。やっぱり強かった。これが言葉だけなら、どうしようもなく呆れていたのだが、言葉だけじゃなくて実力もあって良かったと思う。俺は弱い。だからこそ、あいつの嫌味を受け止める覚悟も出来るようになったのだから。


「暇だな……」


 これからの予定はなかった。遠見とアイは、本日は島の商業区にて買い物をしに行っているらしい。

 アイ――あの事件の後、少なくともいじめに近い事が行われた。島の襲撃犯に操られてたとはいえ、協力していたのが響いたらしい。しかし、先生と俺達によって事件は収束し、彼女は再びこの島の一員として生活をしている。前より、少しだけ大人びて見えるようになったのは、俺だけなのだろうか。

 遠見――アイの専任技術士として、ギアーズ・オブ・アーサーの特殊なシステム、円卓機構を解明している。また、彼女なりにアイを支えるために、最近は俺達よりもアイとの活動が多くなった。今日の買い物もその一環だとか。


「およそ一か月か……」


 あの戦いを超えて、俺達は確かに以前の生活に戻ったはずだった。しかし、俺の中に燻る冷静な自意識は、そんな日常を非日常のように見せているような気がする。

 あの後、しばらくは戦後処理というか、そういうのがドタバタと続いて、アイを出迎えたりと忙しかった。オットーが使用していた機体の貰い受けや、学校の中間テスト、ゼミの適性テストの続きだったりと、充実した毎日。

 だというのに。冷静な俺が内在するからか、これまでは能天気に受け止めていた事が、受け止められなくなってしまっていた。


「はぁ……」


 思わず出る溜め息。ギアスーツの腕前は確かに上がっている。マルクには敵わなかったが、以前よりも確実に動きは良くなっている自負はある。それが、冷静な俺がいるからなのかは解らないが。

 学寮に着き、何もやる事がないから、自分の部屋へ戻ろうとする。色を失ったような錯覚を覚えながら、とぼとぼと歩き、また小さく溜め息を――


「キャッ!?」

「おわッ!?」


 俯いていると、その懐にふわっと甘い香りを感じた。同時に小さな衝撃が。その衝撃で後ろに下がりかけるが、咄嗟に右脚を後ろに後退させて受け止める。

 俺は、そんな衝撃の正体を見つめていた。マルクと似て薄い金色の髪。尻尾のように一つに纏めた、その流れるような髪質に思わずドキリとしてしまう。先程の香りも、この髪の香りだったのだろうか。

 何より、いつもは無表情で何を考えているか解らない彼女――ソフィアが、上目遣いで俺を見つめていたのだ。その目尻に、少しの涙を残して。


「お、おい。どうしたんだ?」

「……瞬。かくまって」


 声が震えていた。彼女がなぜこうも恐怖を覚えているのかは定かではなかったが、俺はその異常に何かしらの事情を感じる。俺は咄嗟に彼女の腕を引っ張って、俺の個室へ向かい走り始める。


「こっちだ。ハニートラップは勘弁な」

「……そんな事、しない」


 俺の冗談に小さな声で返答する。擦れてしまい、いつもはハスキーな声も、何だか弱々しい小動物のようであった。その声音と様子に、俺は場違いにも可愛いと感じてしまっていたのであった。

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