第45話:溜め息/溢れ出す
パタン、と扉が音を立てる。自分が思っている以上に力強く閉めてしまったようだが、それほどこの状況に緊張を覚えているのかもしれない。
「…………」
「…………」
俺の部屋で、ちょこんと女の子特有の座り方をして俺を見つめている少女。よく見たらアイやマルクともまた違う、銀が混じっているように感じられる金色をしている髪。空のように濁りのない青い瞳。
前から顔立ちとか綺麗だなぁ、とか漠然と考えていたけど、やっぱり綺麗だ。口を噤んで無表情であっても、そこに冷たさ以外の感覚を覚える。ロシア美人ってソフィアみたいな子の事を言うのだろう。
「……なに?」
「い、いや。何もないさ」
まじまじと見てしまっていたらしい。呆れるようにに目が座るソフィアから視線を外して、ふと自分の部屋がいつもより汚く感じられた。別に、いつもは気にしない程度はずだが……いざ女の子、特に短い付き合いのソフィアを部屋に入れるとなると、それなりに思うところが出てしまう。
……仕方がないだろう。遠見や優衣はいざ知らず、アイやソフィアとはまだ二か月ほどの付き合いだ。それに、ソフィアと会話したのも指で数える程度しか記憶にないわけで。こんな状況になっている事でさえ驚きである。
「そ、そういえば。お前、結局どうしたんだよ? ぶつかったと思ったら、
「……なんでもない」
俺が質問に重ねてソフィアを見つめると、今度はそう言ってふいっと彼女が視線を背ける。嘘をついているように感じるのは、俺の気のせいだろうか。
そりゃ、隠し事の一つや二つはあるだろうし、ましてやソフィアに聞き質すのはあまり良くはない。でも、彼女を匿った時点で俺も関わったようなものだ。
「言ってくれよ。何か力になれるかもしんないしさ」
「……いや」
……拒否されてしまう。どうにも、ソフィアは壁が厚いというか、中々打ち解けてくれない。ゼミの仲間なんだから、少しぐらい相談してくれてもいいのだが。
いや、でもそれは驕りだ。俺の勝手な自己満足。ソフィアが助けがいらないと言うのなら、ここで無理矢理に聞くのは彼女に悪い。
「そっか。まぁ、何かあったら、ちゃんと言ってくれよ。いつだって協力するし、何度だって匿ってやる」
「……その時はお願いするわ」
「おぅ。任せとけ!」
「掃除はしておいてね」
……やっぱり女の子から見たら汚いのか、俺の部屋。ソフィアの指摘に大きな溜め息を吐くと、彼女は声にこそ出さなかったが口を歪めた。笑み、だった。
◇◇Skip◇◇
「ふわぁ……」
「眠たそうですね」
翌日。一時間目の退屈な国語の授業を終えて、噴き出た欠伸をアイに指摘される。今日も礼儀正しくて模範的。それでいて気さくに話しかけてくれる。
「勉強は苦手だ。特に国語と歴史。あと理科と数学。ついでに英語も」
「全部じゃないですか」
「だから勉強が苦手なんだよ」
実際、俺はどうにも頭が悪いらしい。らしい、というのは、俺自身が未だにそう思っていないからだ。
どうしても昔から優衣が比較対象にされてきた。双子の妹、だから仕方がない。優衣は数学を得意としていたし、それ以外の教科も十分な成績を残してきた。
一方、俺が得意なのは体育ぐらいで、あとは勉強には役立たない――銃の知識、ギアスーツの操作などの知識――無意味な物しか覚えない記憶力ぐらい。武蔵島のギアスーツ養成学校は、高等専門学校なので実技が認められて入学できたが、頭の方はてんで駄目だった。
「それに、俺より強い奴らがいるしなぁ……」
「そうですねぇ。ヒューマ先生もそうですし」
「……お前もな」
まったく無自覚な
入学して、最初に出会ったギアスーツ乗りに対決を挑んだのは、自分の力量を計りたかったからだ。自分の唯一の武器である操作技術。それがこの島で通用するかどうか。
結果は、惨敗であった。ヒューマ先生にも、マルクにも負けた。俺の完全な思い上がり。井の中の何とやら。それだけを胸に叩き込んだ意志は、この二か月でボロボロになっていた。
「瞬だって凄いですよ。小父さんの時に、私を助けてくれたじゃないですか」
「……あれは――」
「私の名前を呼んでくれた事、憶えていますよ。答えられはしなかったですが」
――あの時の俺は異常だったんだ。
そう言葉を繋ぐ事に少しの躊躇を覚えると、アイは次に話を続けてしまう。
あの戦闘で、俺は冷静な自分に気づいた。いや、厳密にはハッキリと目の前の事以外に意識を向ける事ができた。一つの身体で、二つの意識を持つような感覚。しかもそれが一人の人間だけが自覚しているのだから、俺は困惑を覚える。
容量のいい、とはまた違う。勉強をしながら、今日の夕飯を考えるとは格が違う。完全に独立した思考。その感覚は、果たして普通であるのだろうか。
「なぁ。アイって、戦闘中で目の前以外の事を考える事は出来るのか?」
「えっ……んー、どうでしょう。そんなに注意散漫ではないと思いますけど……」
「いや、怒っているんじゃないんだ。あー、どう説明すべきか……」
説明が難しい。それに俺の抱えているこれは、もしかしたら普通の事なのかもしれない。誰もができる事で、俺だけが気づかなかった事。
容量のいい人間ではないから、この年になって、やっと出来るようになっただけなのかもしれない。
「――いや、いい。大丈夫」
「えー」
アイが声を上げるが、それと同じぐらいに予鈴が鳴り響く。次の授業の開始を予告する鈴。これ以上の追及を避けたい俺からすれば、天からのありがたい福音だ。
渋々と自分の席に戻っていく彼女を見つめながら、俺はまた小さな溜め息を吐いた。一体、どうなっているのだろうか。自分の異常を、俺はまだ誰にも告げられていなかった。
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