第2章:Protect S

第43話:想起/血塗れの

『――ゅん』

「…………」

『瞬ッ!!』

「……聞こえている」


 天井に広がるのは、灰混じりの雲の塊。かつて覗かせた青い空は、今は島に渦巻く悲しみを表すように涙を流し続けていた。滴は、俺が身に纏うだいだい色の鎧に付着していた汚れを、ほんの少しだけ洗い流してくれている。

 誰かが流した涙が、俺のギアスーツの血を洗い流してくれているのであればいい。だが、この雨はそんな生易しいものではない。


『Bポイント、敵捕捉。三機、ね』

「肉眼で視認した。タイプユーリィ、ダーウィン、リチャードがいる」

『リチャード……ギアーズ・オブ・アーサーの量産型……』

「下位互換機だ。あいつほど強くはないさ」


 島で眠っているかつての仲間――いや、今でも親友と言ってもいい彼女の愛機を思い出す。銀色の鏡のような装甲を持つ、かの有名な騎士道物語の英雄の名を持つギアスーツ。ギアーズ・オブ・アーサー――略してGOA。

 あのリチャードと呼ばれるタイプのギアスーツは、その仲間の機体の量産型らしい。確かに、一部パーツが似通っており、騎士のような出で立ちはしている……が、GOAと戦闘をした事がある俺からすれば、単なる下位互換機だ。


『イギリス、だけじゃないよね。やっぱり』

「ユーリィはロシアの機体だ。少なくともロシアも関係している」


 細身でありながら、砲撃能力を有しているのが一目で解る二砲のレールキャノン。ロシアの国旗のカラーリングで彩られた装甲、赤い線が顔面に走る様は独特だ。第一、あの機体のどこを見て、有名な宇宙飛行士を連想できるのか。名前の由来と外装の差異は、未だに納得がいかない。

 この機体には複雑な思いがあるが……どうでもいい。


「Cポイントの連中を頼む」

『了解――気を付けてね』


 耳元に聞こえていた幼馴染の声が途切れる。別箇所で戦っている同胞の支援サポートを任せて、俺はたった一人で、迫りくる敵に挑むつもりだ。

 Bポイントは元々、銃火器の試用場――浜辺だ。数回、適正テストとして訪れた事がある。懐かしい想いを感じる場所だが、ここを足場に戦闘をする。自分で自分の思い出を踏みにじっているような気がして、気分が悪い。


「くそが……」


 悪態を吐きながらも、俺は敵に意識を集中させる。自らのギアスーツに意識を溶かすように――緑色のバイザーを瞳として認識し、三機のギアスーツを睨んだ。

 両手に握っているのはフンド208――一世代前のアサルトライフルだ。島に最も現存している銃だが、残念ながら襲撃する機体には効果はないだろう。エネルギー装甲を常備している限り、アサルトライフルで敵を殺す事は難しい。

 だが、両肩部に装着しているレールキャノンなら撃ち殺す事は可能だ。エネルギー装甲は、高速か、密度の高い攻撃を受け流す事は難しいからだ。


「行くぞ……ッ」


 全身のエネルギー装甲を起動させる。橙色と赤で構成された俺の愛機に走る黄色の光。全身から吹き出すエネルギーの余波、それを主推進システムスラスターとして浮上する。砂浜が、噴き出たエネルギーに当てられて砂塵を撒き散らす。

 同時に、背部に接続されている翼状主推進システムウィングスラスターを起動させ、噴射機構バーニアに火を入れる。これで眼前の三機よりも高機動での戦闘が可能となるはずだ。


「戦闘、開始」



     ◇◇Beginning Argue◇◇



 殺し合いの開始を示唆する、戦闘モードへの移行のメッセージがバイザーに映っては消えた。説得など意味はない。襲いかかってくる敵を撃ち殺す。それだけだ。そうでもしないと、仲間が殺されるのだから

 砂浜から抜け出すように海上に出る。例の三機は動き出した俺を確認してか、それぞれ携行していた銃器を構える。アサルトライフルではなく……どれも、エネルギー装甲を突破できる威力を持つ銃器だ。機体こそバラバラだが、まるで連携を取っているような動きをする。やはり、国の境目を越えた何かが武蔵島を襲撃しているのか?


「チッ」


 疑問を意識してはいけない。俺は浮かび上がった雑念を振り切り、右手に握ってあるアサルトライフルを、近づいてくるダーウィンタイプのギアスーツに向ける。

 ダーウィンタイプは、リチャードタイプよりも前の量産機だ。巨大な一つ目、ズングリとした胴体に対し、腕部と脚部はすらっとしており機動性が高い。また、攻防とも両立ができている機体であるため、イギリスの旧型とはいえ侮れない。


「――ッ!」


 だが、その引き鉄を引くよりも先に、左方から迫り来たリチャードが視界に映る。俺は突き進みつつダーウィンに背を向けた。状況的に、俺は三機の中央を陣取る事となる。

 ダーウィンよりも優先すべきは忌々しいリチャードだ。性能もあるが、やはり親友の空似の機体には私怨を覚える。

 両腕のアサルトライフルをリチャードタイプに向ける。引き鉄を引く――前に、俺は迫りくるダーウィンの銃口が背中を捉えた事を認識する。当然だろう。背中を向けた相手を撃ち抜かない馬鹿はいない。

 だが――俺だって、無策で無謀ではない。


『なッ!?』


 ダーウィンの中身であろう低い男の声が慄く。ダーウィンが放った拳銃の――恐らくは、エネルギー装甲を突破しえる――銃弾が弾き飛ばされたのだ。ただのエネルギー装甲だと侮ったのが間違いだ。

 腰背部に連結されている板状のパーツを、放熱板と勘違いしたのだろう。そう見えるのも解るが、これは先生の所属している組織から提供された、エネルギー装甲の密集体だ。行ってしまえば、防御能力が特化されたエネルギー装甲というべきか。

 これにより、背部の防御性は非常に高くなっている。開発者である女性曰く、狙撃銃までなら受け流する事ができるらしい。拳銃程度なら、容易だ。


「鬱陶しい」


 二分化した意識がリチャードを見つめつつ、ダーウィンの動きも認識する。リチャードは携行していた銃ではなく、GOAのエクスカリバーに似た長剣を装備して迫ってくる。ダーウィンの対応を見て、銃では太刀打ちできないと踏んだのだろう。

 そしてダーウィンは、咄嗟に拳銃を捨てようとしていた。ダーウィンもまた、腰に装備している加熱式長剣ヒートブレイドに持ち替えようとしているのだろう。

 俺は、リチャードに向けていたアサルトライフルの引き鉄を同時に引く。両腕から伝わる銃弾が放たれる感覚を受け流しながらも、レールキャノンの照準を定める。


『効かぬッ』


 エネルギー装甲に阻まれて、乱射されたアサルトライフルの銃弾はあらぬ方向へ受け流される。リチャードの中身は自分の優位性を感じてか、一々言葉を残して接近してくる。

 俺はレールキャノンの照準が定まった事を確認すると、咄嗟にダーウィンの方へバックする。ヒートブレイドを構えようとしていたダーウィンは、突然の動きに反応してか平行して後方へ下がる。激突は避けられた、が。


「――ッ」


 エクスカリバー似の装飾過多な剣を振り被ってくるリチャードに、二砲のレールキャノンの一撃を放つ。エネルギー装甲をぶち抜いて、容易にその胴体に穴を開ける。GOAの量産機とは言え、試作兵器の幾つもオミットしている機体では、レールキャノンの砲撃を受け止めるのは不可能だ。

 通信も無く、断末魔もなく。リチャードの乗り手は死ぬ。俺に殺される。

 そして反動で後方へ下がる俺は、アサルトライフルを投げ捨てながらも、両腰部に接続していた、ある機体のヒートブレイドを手に取る。ダーウィンはそんな俺に長剣を向け咆哮する。


『舐めんなよッ』

「あんたが、な」


 振り被られる一振りの長剣を、俺の右手に握られたヒートブレイドで受け止める――いや、薙ぎ払う。右回転をする俺の身体の遠心力を利用し、ダーウィンの長剣を弾き飛ばす。

 普通ならここで終わりだろうが、俺にはもう一振り、同じ長さの剣を有する。回転の勢いのまま、俺は左手に握られたヒートブレイドで、ダーウィンの頭を貫いた。


「チッ……」


 そこから血が溢れだすのを俺は知っている。生身が垣間見える首から、鮮血が噴き出す。

 忌々しい。だが、これが戦場の常だ。特に、エネルギー装甲の影響で近接戦闘が決め手となりつつある現状において、鮮血は相手が傷ついた証拠でもあるのだ。

 死を確認した俺であったが――


「グッ!?」


 後方からの一撃の反動を覚える。同時にバイザーには一パーツが強制的に破壊された、というメッセージが綴られる。左肩のレールキャノンが破壊された。

 ――忘れてはいなかったつもりだが、砲撃を許してしまったか。

 幸い、ダメージはない。撃ち飛ばされたレールキャノンはあらぬ場所へ吹き飛んでいく。俺はそれに踵を返し、ゆっくりとその砲撃の主を見つめる。

 ユーリィ。こいつにもまた因縁はある。だが、それはあくまで仮初に過ぎない。あいつが使用していたに過ぎないのだ。たったそれだけの私怨。いや、だからこそ――


「……連結」


 右手と左手に握られた同じ型の長剣。表裏一体のようなその剣の柄頭同士を合体させ、一対の長剣が形成される。それを右腕のみで構えつつ、砲撃手へ急接近を始める。距離はさして遠くはない。

 ユーリィの二砲のレールキャノン、そして腰に装備されていたミサイルランチャーが俺に照準を合わせる。どちらの一撃も、前面装甲のみでは受け止めきれる事は不可能。流石はロシアのベストセラー機。対エネルギー装甲はバッチリだ。


「――ッ」


 レールキャノンを始め、携行していたアサルトライフルなどで弾幕を形成するユーリィ。海上に水柱を幾つも生み出し、俺の進行を阻害しようとするが――まだミサイルランチャーは使用しない。

 ハリボテ、ではないだろう。となると、レールキャノンよりも威力の高いあれで止めを刺すつもりか。海上を滑りながら、停滞する砲撃手の動きを予測した俺は、生きている左のレールキャノンの照準を敵に定める。敵の砲撃に直撃しないように躱しているせいで、照準は中々定まらない。


「いや――」


 俺の頭の中に浮かんだ一つの考えに、無意識にも近い反射でレールキャノンから砲弾を放つ。照準が定まらず、当初の予定であったユーリィには命中はしない。砲弾はユーリィの眼前の海上を穿ち、同時に大きな水柱を作り上げた。

 流石に驚いたのか、ユーリィはその攻撃に怯み、砲撃を止めてしまう。その隙を待っていた。俺は、背部のウィングスラスターを海面を叩きつけるように稼働させる。加速していた勢いをそのままに、俺の身体はそれによって身体を跳躍させた。

 そして――ユーリィを通り過ぎる。水柱が消え、ユーリィは俺を視認しようとするが――もう遅い。ユーリィが俺が後方へ移動したと勘付く間に、俺は空中で縦に回転をしながら――連結した剣を投槍の如く投げつけた。


『グフッ』


 回転の勢い、そして連結した事によって密度の増した剣の投擲は、エネルギー装甲の壁を打ち破り背中から肉体を穿つ。中身が吐血した音が通信で聞こえてくる。

 正面からではなく背面へ移動したのは、ミサイルにより反撃と誘爆を恐れたからだが、誘爆はしなかったようだ。ユーリィの厄介なのは、爆発物を携行している部分だからだ。

 海上が静まる。数分のドンパチ。たった数分で三人は死に、海に還った。それをしたのは自分であり、慣れ親しんでしまった日常的行為であった。ユーリィに近づき、突き刺した剣を引き抜きながら、腰背部のエネルギー板の裏に隠しておいた拳銃で、念入りに頭を撃ち抜いておく。


「チッ……」


 戦闘が終わったのに、俺の心内は穏やかな物には戻らない。いや、二年前のあの日から、俺の心の中身はいつもマグマのように燃え滾っている。戦闘中だけだ。自分の無力さを覆い隠せるのは。


『瞬……生きてる?』

「生きている。Cポイントの連中は?」

『少し苦戦している。応援、お願い』

「了解」


 淡々とした彼女との通信が切れる。彼女も疲れている。ここ数日、襲撃のペースが速まっている。こっちは真っ当な支援も無い状況なのに、ここまで連続的に戦闘させられると、心身的に限界が来てしまうのは目に見えている。

 俺は、一か月前に島を離れた協力者達の事を考えて、すぐに首を横に振る。支援を期待していはいけない。今や世界が敵になった現状で、信じられるのは自分達の力だけだ。協力者達の事は一度忘れた方がいい。

 ――こんな時に、お前がいてくれたらどれだけ楽か……

 ふと、弱音を口から漏らしかけるが、ぐっとそれを飲み込んだ。裏切り者の事を考える余裕はない。たとえそれが、一時の間でも愛した女性であっても、今は仲間の方が先決だ。


「いくか――」


 武装が心もとないが、近接戦闘に持ち込めばこちらに勝機も出てくるはずだ。愛機はそれを実現しえるポテンシャルを持ち合わせている。

 Cポイントに身体を向ける。背部のウィングスラスターを再び起動させて、俺の肉体は前進する。

 新たな争いに向かう中、俺は想起する。二年前……まだ、誰もが未来に希望を持っていたあの頃。皆が思い出す平和な時代。俺はそこで仲間と出会い、愛を知り、そして決意したのだ。

 ――決めたんだ。お前を必ず助ける……助けてやる!

 俺は、その決意を忘れない。俺が俺であろうとした瞬間を。この血に塗れた汚らわしい手で、二度と掴めない誇り高きあの瞬間を。

 俺は想い出す。そう、それはあの戦いが終わって一か月後の事だ――

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