第42話:覚醒/誓い、そして……

「君のこれからは、私とヒューマ君と共に支えていくつもりだ」

「ありがとうございます」


 白髪が特徴的な学校長が、私とヒューマ先生を呼んで、開口一番にそう宣言した。

 入学式以降、一度も顔を合わせた事のない人であったけど、その険しい表情とは裏腹に、優しい声音をしているような気がした。


「国がどう動こうが、君はこの学校の生徒だ。出来る限り、君が無事、卒業できるまで守り通そう」

「ありがとうございます……ご迷惑をかけますが……」

「そう自分を責めない方がいい。君は、君らしく、誇りを持って、胸を張ればいいのだ」


 学校長はそう言って、ふぉっふぉっふぉ、とくぐもった笑い声をあげる。

 ヒューマ先生がそんな学校長の様子に、少しの呆れの表情を見せていた気がするけど、そんな平和な光景が私にはとても嬉しいものだと感じていた。失ったと錯覚してしまった物が、確かに全てが無事なわけじゃないけれど、私を私として見てくれる人達がいるから。


「ギアーズ・オブ・アーサーは、ツバキの元で調査がされています。装甲の開発、武装の生産も可能かと」

「そうか……この地で、再び戦闘が起こらない事を祈るが……とにかく、今後はGOAの支援も行う予定だ。これからもよろしく頼むぞ、アイ・A・イグリス」

「はい!」


 不安に感じていたGOAの今後も決まり、私は安堵する。

 ヒューマ先生と一緒に校長室から退出し、ゼミの仲間が待っている私の部屋に向かう中、先生は私の横で歩きながら、安堵の笑みを浮かべていた。


「どうしました?」

「いや、最高の結果ではないが、最悪の結果でなくて良かった事に安心を、な」

「そうですね……それは私もです」


 私には仲間がいる。私は自分を知ってしまったけれど、そんな私を受け入れてくれる仲間がいる。

 小父さんも、生まれた国も失った私だけど、前に進もうと思えるようになってきた。失ったものを取り戻すのには時間がかかる。だから、今いる大事な人達と共に、生きていこう。


「先生。私、ここへ来れて良かったです」

「……そうだな」


 いつか感じた時よりも、更に深くなった感情を胸に、私は皆が待つあの場所へ向かう。

 私は未来を見つめる。まだ真っ暗で、不安もあるけれど。でも、皆と一緒に歩めば、その未来も輝かしいものになるはずだから。

 自分の生まれを、存在を知って、そんな自分を信じてくれる友達を知って。確かに私はここにいるんだ、と思って。

 私は確かに――自分の存在する理由を求めて、人として改めて歩みだしたんだ――



     ◆◆Re:play Exit◆◆



 思い出した。

 私は、アイ・A・イグリス。

 人で在ろうとしたデザインベビーだ。

 それこそが私の正体であり、私という根底。覆らないはずの現実。

 それでも、私は人間として生きる事を選択した。仲間が、友達が私を人間と呼んでくれるのだから、私はそれを貫き通す事に決めたんだ。

 あの時、夢見た未来は真っ暗だった。今もまだ真っ暗だけど、あの時と違うのは、歩もうとする心がない事だ。


「…………っ」


 進みたいと願った。私の頭にこびりついている凄惨な光景が、そんな私にフラッシュバックを見せる。

 ――真っ白な視界の中、確かに頭に響いた人々の絶叫。

 ――灼熱に包まれた私の身体。目の前で倒れ伏せたチキ。

 ――おぼろげに覚えているのは、世界が終焉したかのような、そんな破壊された島の光景。

 あぁ、そうだ。それが頭の中を蹂躙し、私は今までの記憶を忘れていたのだ。

 でも――今は思い出した。


「ぅぅ……ゥ……」


 立ち上がらなくちゃ。ここは精神世界。あの時籠った世界。あの時は小父さんの手で封じられた世界だけど、今度は自分の脚でここに赴いたんだ。

 抜け出そう。あの時も、そう思ったから精神世界から抜け出した。

 私は憶えている。私の名前を呼んでくれる友達を。そんな彼らを背に、ただ泣きじゃくっているだけと思うと、情けなくなる。

 ――醒めよう。懐かしい記憶、優しかったあの頃の夢は終わり。ここから先は、理不尽なる世界。

 覚悟は決めた。私は仲間のためなら戦う、と誓ったんだから。


「さぁ――始めましょう」


 電子の世界に漂う私の記憶を背に、私は精神世界から現実世界への帰還を願う。



     ◇◇Re:boot◇◇



 おぼろげに映る世界。灰色混じりの天井を見つめながら、私は二度ばかり目を瞬かせる。

 現実世界。知らない天井だけれど、ここはどこだろうか。そう思って、自分の周辺を見つめていると――


「えっ……」


 私の右手を掴み、私の下腹部に頭を置き眠る一人の女性が目に入った。厚い眼鏡をかけていて、ボサボサの黒い短髪。およそ女性らしさを排しながらも、その女性の泣き顔は、確かな少女らしさが残っていた。しかし、明らかに顔はやつれてしまっていて、目には深い隈ができている。

 この人は誰だろう……。でも、彼女の握ってくれている手はとても温かった。


「……アイちゃん……」

「ッ!?」


 女性の涙も混じっているような寝言が耳に入る。その言葉に、私は記憶に何度も現れるデジャビュを思い出していた。

 私をその名で呼ぶのはただ一人しかいない。確証はない。だけれども、思えばその顔からも微かな面影は残っていた。おさげもないし、眼鏡もかけている。健康的だった身体も、不健康的に見える。

 けれど――


「遠見、ちゃん?」

「……ふぁ?」


 私の頭は、その女性を遠見ちゃんと感じていたんだ。

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