第15話:仲間/集いし

 マルク・ゼレニンの感想は一方的なものであると俺は感じていた。勿論、感想なんて一方的なものは当然だがマルクのそれは上から目線の言い方であった。彼の実力はどうであるかは解らないが、少しばかり癇に障る。

 だからこそ俺は俺なりの評価を二人に下す。


「まずはマルクが厳しい評価を下した瞬だが……、まぁ確かにアイと比べてしまえば見劣りする部分は多い」

「せ、先生……」

「待てよ。お前だっていいところはあるんだぞ」


 瞬が項垂れるが、あくまで感想は始まったばかりだ。人間、長所と短所を併せ持つ生物なんだから、そこまで悲観的に焦らなくてもいい。


「まずは勢いだ。接近戦という限られていた状況で攻撃をしようとする実行力は戦闘においては重要なファクターとなる」

「ですが、無謀に突っ込むだけではどうにもならないでしょう。実力に伴わない輩が無闇に突撃して死ぬだけです」

「知ったような口だな」


 マルクの言い方に多少の違和感を覚える。あり得ない話ではないが、もしかしたら幼少期から軍事関係で現実を見てきた可能性がある。あくまで想像だが。


「確かに、それを悪因と捉えるのは簡単だ。だが、怯え手をこまねき死ぬよりはよっぽどマシだ」


 喰い付く態度は間違いではない。確かに瞬はまだ実力は高くない。マルクの言う通り、彼の近接戦闘は単純で無謀だ。だが、その若さゆえの無謀さは後に失われてしまうのだから否定してはいけない。


「それに、これだけで瞬の実力を計るのもなぁ。今回に関しては近接戦闘しかやってないわけだし、銃撃技術の方に適正がある可能性もある」

「ですが――――」

「決めつけが過ぎるぞ、マルク」


 俺がピシャリと言い放つとマルクは恨めしそうに俺を睨んできた。自論を否定された事に怒りを覚えているらしいが、俺からすれば頭でっかちな結論で思考を止めてもらうのは困るのだ。

 瞬がんー、と悩みながらラーメンを啜る。瞬の良い所は、こういう問題を受け止められる部分だろう。マルクの反論に口を出していないのは、それを正論とも受け入れているからだ。向上心があるとも言える。そう言う意味では成長に期待ができる。


「次にアイだが……アイは基本的に動き方はいい。だが戦闘に夢中になるあまり、思考が固まりやすい悪い癖がある」

「思考が固まりやすい、ですか?」

「そうだ。いける、という思考に陥ればそれ以外の選択肢を放棄する。これしかない、という思い込みのせいで正常な判断を下せなくなるのだ」


 今日の決闘で、アイは俺の接近に対し加速で応対した。これはいい。縦による振り被りの後に突きでの攻撃に変えたのも悪くない。だが問題はそこで身を乗り出すほどの加速をしてしまったのが敗因だった。

 これは恐らく、その前の瞬と俺の戦いで俺が瞬の刃を受け止めた事が起因している。彼女は俺がその刃を受け止めようとする、と解釈したのだ。自分が突きという、受け止めるには少し難しい攻撃をしている事を忘れて。

 だからこそ回避されるという想定がなかった。残るのはいち早くこの剣を相手にぶつけられるか、という思考のみ。だからこそ加速して俺に急接近してくる。

 避けるのは容易だった。予測できる投げられたボールを回避する事に苦労する事はない。反射神経などの問題は出てくるが、これに関してはコアスーツによってクリアできる。


「ギアスーツに飲まれる、と言ったが所詮ギアスーツはギアスーツ。結局のところ、自分をコントロールできていないのがアイだ」

「……難しいですね」

「難しいさ。感情なんて爆発して当然なんだから」


 そう言うと横から視線を感じた。ルビィだ。興味の惹いた目でこちらを見ている。ルビィだって立派に感情を会得していると思うが、こればかりは彼女の好奇心だ。彼女が納得するまで俺を見つめてもらおう。

 俺の評価が終わり、しばらくの沈黙が生まれる。マルクは俺の評価を否定したそうにしていたが、まだ理性が働いてか抑えている。ソフィアはそんなマルクの横で興味も無さげに杏仁豆腐を食べていた。


「先生……」


 瞬がラーメンを啜り終えたのか、空になったラーメンの器をテーブルに置いた。その表情はまだ何かを考えあぐねているようで、上唇を甘噛みしている。

 俺がどうした、と尋ねるとおずおずと、しかし自分にも言い聞かせているように声を震わせる。


「俺は、ある武器屋の生まれだ。俺はそこでカルゴに出会って、こいつと一緒に強くなりたいと思った」

「…………」

「俺は……先生から教えてもらいたい。先生の強さは挑みたいと思うぐらいにすげぇから。俺は、先生の元で強くなりたい」


 俺は瞬の独白に再び過去の友人を思い出してしまう。嫌なぐらいに似ている。強くなりたいと抗って、強くなろうとして死んでいった友人を。

 これは、試練なのかもしれない。自分勝手な思考だ。でも、彼のこの想いを否定する資格は俺にはないのだから、ならば俺があいつのようにならないようにと導いてやらないといけないのかもしれない。

 傲慢か。しかし、俺にはこの仕事を拒否しなかった理由があったはずだ。


「……俺は、何かを教えるのは苦手だ」

「はい……」

「だから俺が教えられるのは生きる術と見たくもない現実だろう。それを聞いてでも、お前は俺に教えを乞うか?」

「はい!」


 即答だった。正直、こうもハッキリ言われてしまうと、こちらが躊躇いを覚えてしまう。

 俺には使命がある。自分に課した、三十九歳に至り考え直した使命が。それは未来に過去の人々の思いを繋げる事だ。現在を創った者達が託す希望を、未来の子供達に継承させるために、俺はこの学び舎に挑む事にしたんだ。

 ならば――――彼のその想いを無為にはできない。


「……先生」

「なんだ?」

「私も……いいでしょうか?」


 瞬の即答に続いておずおずと手を上げるアイ。彼女もまた瞬と同じだ。自分の至らない部分を知ったから俺に教えを乞う。

 俺にそれを教える力があるかは知らないが、彼女の問いかけを否定するには至らない。


「あぁ……解ったよ。新米教師だが、二人の面倒は見てやる」

「んじゃ、優衣と私もセットでいいですよね!」


 オーケーサインを送り出した瞬間に遮るように意気揚々に宣言したのは遠見であった。優衣が遠見に身体で覆われながら俺に対して手でピースを作って見せてくる。

 確か二人は技術者志望だ。二人を見るという事は技術士の関係の話も出てくる。そう思うと都合は良かった。


「オーケー。ここまできたら二人も四人も変わらん」

「ならば、僕達も参加していいでしょうか?」


 ……四人も変わらないとは言ったが、六人になりそうな予感がして嫌な予感がした。

 マルクは落ち着いたようで眼鏡を右手で調整をすると、ソフィアと共に俺の方を見つめてきた。この二人については知らない。俺の担当している教室の人間ではない。


「僕は自分が正しいと信じている。ですがあなたは否定した。僕はあなたに挑みたい」

「なるほど……いいだろう」


 マルクの反抗心を買う事にする。俺とて彼のような人物は見逃せない。嫌な予感がするのだ。この少年からは。学校長に情報の提示を頂かないといけない。

 相応で納得していく中、少し酔いを見せ始めているキノナリは話を聞き終えてか意気揚々に宣言をし始める。


「じゃ、シナプスゼミ、設立ね!」

「いや、ゼミとなると大学じゃないのか?」

「んぇー? そうだっけ?」

「キノナリ先生、酔っている……」


 瞬間、バタンと倒れるキノナリに一瞬思考が硬直する。ヤバい。忘れてた。キノナリも歳だから、酒の許容力が厳しくなっているのだった。

 ルビィがキノナリの様子を見ていく中で、生徒達が各々で大丈夫か、などの心配が飛び交う。大丈夫じゃないんだよなぁ。キノナリ……変わりすぎだ。

 そんな事もあり、俺達の食事会は終了を迎えたのである。

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