第16話:再生/世界、

 真っ暗になっていた。空は星に溢れ、鳥のほーほー、という鳴き声が聞こえてくる。

 美しいと感じるのは武蔵島が広大な自然だからなのだろう。母国ではついぞ目で見る事ができなかった星々が私達を照らしていた。


「――――だから、お前の言い分は強引なんだよ!」

「僕は真実を語っているだけだ。それに憤慨するのは君が未熟だからだろう?」

「言い方ってもんがあるだろッ!」


 だというのに、相変わらず瞬とマルクは言い争いをしている。夜なんだから静かにすればいいのに。皆も流石に二人を止める元気がないように見えたので、隣に並ぶ先生を見るが面倒くさそうな表情を浮かべていた。


「せ、先生ぇ……」

「対処したくない。男ってのは喧嘩して仲を深める輩が大半だからな……」

「それ、諦めが入ってません?」

「入ってる」


 先生が無力である事を悟って、私は大きな溜め息を浮かべてしまう。ヒューマゼミ設立はいいけど、これからが大丈夫かなぁ、という不安でいっぱいだ。

 でも、まだ始まったばかりのその日常に私は充実を感じていた。私の知らない日常だ。

 友人、親というものを私は知らない。私が知っているのはメイドのチキと保護者である小父様だけ。小父様をお父さんと考えるなら親かもしれないけど。でも、私は情報の中でしか友達と言う存在を知らない。

 別に隔離をされていたわけじゃない。小父様は心配性だったけど、私に自由をくれた。いつも隣にいてくれて、私は小父様に色んな事を教えてくれた。

 でも――――ここにはそれ以上に知らない事がたくさんある。


「先生。私、ここへ来れて良かったです」

「……まだ二日目じゃないのか?」

「あ、あはは……そうなんですけどね」


 気が早すぎるだろう、と先生は呆れている。そうなのかもしれない。でも、知らない事を知ったんだから、それだけでも充実を抱くのもいいと思う。勿論、私はそれ以上に知りたい事があるけど。

 遠見ちゃんに、瞬、優衣、マルク、ソフィア、カエデ……そして先生。私は知る事ができた。でも、もっともっと知ってみたい。彼らを。技術を。私は何も知らないんだから。

 私は空を見つめた。島を見つめた。人を見つめた。世界を見つめた。私を見つめた。

 ちっぽけな自分を知って、未熟な自分を知って。確かに私はここにいるんだ、と思って。

 私は微かに――――未来永劫にこの日々が続いてほしいと願ったんだ――――



     ◆◆Re:play Exit◆◆



 そんな事はあり得ないと知っていたはずなのに――――私は願ってしまったんだ。

 反芻する記憶。嗚咽に塗れた感情の濁流。自己の内宇宙に意識を閉じ込めて、私はその記憶の流れを一度止める。

 0と1の羅列が記憶を作り上げる。浮かぶのは何だろう……懐かしい思い? もう取り戻せないという絶望? 失う事による恐怖? それとも――――何?

 解らない。解らない。解らない。

 今ここに私はいない。私と言う存在定義は霧散している。

 ならば今思考している私は誰? 私は一体誰なんだろう?

 残滓を辿る。その日常は確かに美しいものだった。空虚な私に色んな物を教えてくれた。

 同時に儚いものであった。私は知らなかったんだ。日常とは歪んで消えてしまう事を。


「――――……ッ…………ぁ……ッ……――――」


 身体は動かない。意識は確かにここにあるのに身体は動いてくれない。

 目も開かない。耳も聞こえない。口も動かない。呼吸もできない。

 私はここにいるのに、私がここにいる存在が確証できない。

 怖い。怖い。怖い……。

 誰かに助けて、と叫ぶ事もできない。誰かがそこにいるかも解らない。自分が生きていると実感するはずの呼吸も行えない。

 遠見、瞬、優衣、ソフィア、カエデ、ヒューマ先生、ルビィさん、キノ先生……そしてチキ。

 浮かんでは消える泡のように、顔を思い出す。知っている。私は知っている。彼らを知っている。

 私はここにいる。いるんだ。いるはずなんだ。誰かいるって言って。私は、私はここにいるってっ!!

 ――――本当に私はここにいるの?

 そんな疑問が、私の思考を硬直に至らせる。


「――――…………ッ……――――」


 怖い――――これまでの世界から隔絶された感覚じゃない。

 これまでの自分を否定する事が怖いんだ。でも、だからってこれまでの自分を証明できるものがどこにあるの? 今、私が知覚できる世界は無いと言うのに。

 心の中が震えてくる。あ――――これはたぶん笑っているんだ。恐怖で、絶望で、私は、笑えないから、心が震えるという、疑似的感覚で私に伝えているんだ。

 たぶん、それは渇いた笑みと表記されるんだと漠然に思う。人は、想いを詰め寄るとその反対の感情表現をするんだって、チキに教えてもらった。

 悲しいはずの涙は、嬉しいと感じた時に流れる時がある。呆れる時に出る溜め息は、安堵した時にも出る時がある。楽しいと感じた時に浮かび上がる笑みは――――絶望を感じた時に浮かび上がるのだろう。


「――――…………――――」


 もう――――終わりにしよう。

 この残滓は所詮消えゆく雪みたいなものなのだから。もう再生する記憶もない。

 私が最後に夢見たあの星空を、世界を遠くに見つめて、私は私を否定する。

 さようならアイ――――失ってしまったあの日々を私は憶えているのだから、それだけを胸に、終わろう。

 その瞬間、私の世界は機能を停止し真っ暗に染まった。



     ◆◆Outage◆◆

     ◆◆Waiting◆◆

     ◇◆Waiting◆◇

     ◇◇Waiting◇◇

     ◇◇Re:boot◇◇

     ◇◇Install...◇◇

     ◇◇Hello World◇◇



 そして世界は再生する――――

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