第14話:食事/新参交えての

 昔読んだ絵本に出てきた赤鬼のような表情を浮かべてやって来たキノナリと合流し、彼女に連れられて武蔵島の商業区へ降りていく。

 商業区なんて仰々しい名前がついているが、言ってしまえば食事屋や百貨店、本屋に娯楽関連のサービスを営業している場所である。主な対象は学生と武蔵島の従業員、そして観光をしに来た人達らしい。こんな狭い島で稼ぐ事ができるのか、という不安はあるがそれは置いておこう。与り知らぬところだ。

 キノナリに連れられて中華料理屋さんに皆で入る。


「いらっしゃい。お、キノちゃんかい」

「あ、おばさま。今日は十人で」

「あいよー」


 キノナリが手慣れた様子で俺達を座敷へと導いていく。繁盛している、とは言えないが客も疎らにおり、味がある内装をしている。俺とルビィ、カエデにアイ達。そして旅は道連れと連れてきた二人の生徒で座敷に座り込んでいく。流石に数が多いので、カエデを除いた生徒達で固まってもらう事にしてもらい五人ずつでテーブルを囲う。


「中華料理屋さんですか!」

「あら。アイちゃんは初めての口?」

「えぇ! どのようなものかは調べた事がありますけど、実際に来た事は初めてです!」


 アイがキラキラした瞳で楽しみにメニューを見始める。アイはどうにもカエデとは違う世間離れをしている気がする。アイの前情報はイギリスからの留学生と言う触れこみであったが、それ以上の情報提示はされていない。もしかしたら、相当に大事に育てられたのかもしれない。

 キノナリにビール飲むの? と聞かれたので丁重に断った。酒は嫌いではないが、こういう集団で飲むのはあまり好まない。昔は抵抗はなかったが、今は妻と二人酒が基本になっていたから、どうにもこの場で飲む気にはなれなかった。


「先生! 何でも食ってもいいのか?」

「ある程度は加減しろよ。食い過ぎは体に毒だぞ」

「へーい!」


 瞬もどうやらテンションが上がっているようで少し浮つき気味のようだ。思えば高校時代はすぐに家に帰っていた事もあって、こういう仲間と共に何かを食べに行くという事はなかった。友人がいなかったわけではないが、当時の俺はどうにもその友人の大切さが解っていなかったようだ。

 あの頃の友人の何割が生きているのかは俺は知らない。ギアスーツを乗るという事は、そのほとんどは軍事関係の話になっていく。俺のように軍に入隊する者も現れるだろう。だから、気づいたら死んでいる事なんてザラだ。


「んじゃ、俺は炒飯と餃子とスタミナラーメンと……」

「兄貴食べ過ぎ」

「あ、私は天津飯にしよー。アイちゃんと二人はどうします?」


 向こうが料理を決めていく中、遠見が先程からメニューを眺めては何も喋らない二人に声をかけた。一人は丸縁のメガネをかけた一見は気の弱そうに見える少年。一人は碧眼で顔が整っている美人な印象を覚える金髪の少女だ。

 遠見は知らない相手にも物を訊く勇気を持ち合わせているらしい。彼女のコミュニケーション能力がもしかしたらアイ達を結んでいるのかもしれない。


「そうですね……ハッポウサイ、とかどうでしょう?」

「私はマーボードウフで、お願いします」

「オーケーオーケー」

「では、私はこのクッパ、という物で」


 緊張をしている二人に口を開かせる。多少強引でも、彼女のその才能は大事なものだ。

 アイもメニューが決まり、ここにいるメンバー全員のメニューが決まる。キノナリが先程の店員のお婆さんを呼んでメニューを伝える。手慣れている。キノナリの昔を考えるとだいぶ変わったものだ。


「……何よ」

「いや、藤乃宮家のご令嬢様も様変わりしたな、と思ってな」

「そうね。あの頃と違って随分俗っぽくなったと言うか」


 悪い意味での言い方じゃない。彼女は自分の家に縛り付けられていた人物なのだから。ほんの少しのキッカケでそれを失い、悩み、歩み続けてここに至ったのだから。彼女は変わった。

 ――――では俺はどうだ? そんな些細な疑問を思い出す。俺は変わっただろうか。あの東京壊滅、外敵戦争、海賊戦争に軌道エレベーター戦争を経て、俺は何か変わったのだろうか。そう自問する。


「ヒューマ」

「ん……あぁ」


 ルビィが俺を呼んだ。思考をしている間にとりあえず飲み物が配り終えたようだ。キノナリが音頭をとれとアイコンタクトで伝えてくる。皆が俺を見つめてくる。

 その疑問はまだ考えない。変わるか否か。俺には時間がまだたくさん、それこそ永遠にあるんだから。


「一日目からこのような事になってすまない。だが、俺達とアイ達も初対面の仲ではない。一部、飛び入り参加をさせてしまった二人もいるが、折角だ。交流と思ってくれ」

「いえ、僕達は大丈夫ですよ」

「ありがとう。それでは、武蔵島での生活を祝して――――乾杯」

「カンパーイ!」


 瞬を筆頭とした声が帰ってきて、こういうのも悪くないなと感じる。俺が知らない日常なのだろう。こういう経験も悪くはない。キノナリが帰ってこないのも頷けてしまう。

 次々と料理が運ばれてくる中、俺は漠然とそう思っていた。



     ◇◇Shift◇◇



「ほへー、二人ともロシア人なの」

「えぇ。アイさんがイギリスからの留学生に対し、僕達は二人でロシアからの留学生というわけです」


 遠見ちゃんが驚嘆の声を上げる。先生の気紛れか、飛び入り参加となった二人は私と同じように留学生であったのだ。武蔵島の学校の技術は世界的にも有名だけど、ロシアにまで行き渡っているとは思ってもいなかった。

 先程、遠見ちゃんの問いに答えた男の子の名前はマルク・ゼレニンというらしい。外見は大人しそうで、むしろ気が弱く見えてくるけど、話し方やその会話の内容から知的なだけなのかもしれない。丸眼鏡がそれらを全て印象付けているような気がするけど、他人のそういう部分を指摘するのも悪いので言わないでおこう。

 一方で、先程から中々話に入り込まない女の子の名前はソフィア・ユオンというらしい。先程、マルクが自己紹介をした時につられて自己紹介をしていた。その容姿は正直負けたと思わざる負えないほど美しい。碧眼がお人形のように可愛らしいのに対し、その身体はスタイルが良いのだ。女性として負けている気がして複雑な心境になるけど、それよりも気になるのはその寡黙な部分か。その部分をクールと呼ぶのかもしれないけど。


「皆様の決闘を拝見させてもらいました。黒のギアスーツは先生でよろしいのですね?」

「あぁ」

「正直、感嘆しました。あそこまでギアスーツを自由に動かせる人がいるなんて想像していなかったので。これだけでもロシアからはるばる日本へ来た甲斐があった気がします」


 どうやらあの戦闘を見ていたらしいマルクは、先生の戦闘を第三者として褒め称える。確かに先生の戦闘は主観でも恐ろしいほど滑らかな印象を覚える。

 ギアスーツは人間が纏う服みたいな物だけど、それでも動かすのには少し苦労する。装甲や武器が駆動する際に邪魔になるからだ。服と違って装甲は硬いから装甲と装甲が接触するとそれ以上曲げる事は叶わない。それらを先生は網羅しているように思えた。


「あの銀色のギアスーツも、先生に劣らずとも素晴らしいかと。勢いもいいですし、受けてからの捌き方も良かった」

「あ、ありがとうございます」

「いえ。僕は褒めているだけですよ」


 いざ褒められると恥ずかしい。照れた顔を隠したいがために頼んでもらったドリンクを飲んで顔を隠す。

 ここまで感想を言われたら、と瞬が身を乗り出そうとするがマルクの笑顔はそこまでだった。


「ですが、あのオレンジ色の旧式はナンセンスですね。性能差を鑑みてないですし冷静さもない。無鉄砲で先も見ずに戦っている様は酷いものでした」

「なんだとっ」

「事実を述べただけですよ」


 瞬が立ち上がろうとするのを隣にいた優衣が精一杯腕を引っ張って押さえつけようとする、それに対してマルクは瞬に嘲笑に近い笑みを浮かべた。煽っている。

 そんな中、別の席で座っていたヒューマ先生が飲んでいたドリンクをテーブルに置いてこちらを振り返った。立ち上がろうとする瞬も、蔑ろにしていたマルクもそちらに目が行く。


「そう言うなよ、マルク・ゼレニン。客観から見たらそうだろうが、主観では良い線行っていると感じたぞ?」

「先生……」

「軽く評価してやるよ」


 先生がアグラをかきながら私達を見つめてきた。瞬がそれに勢いよくセイザをする。あの座り方は私には出来ないので、いつも通りの座り方で私達は先生の言葉を待った。

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