第10話:説教/老練なりの

 銀色のギアスーツを操っていたあの護衛対象であった少女、アイと血気盛んなオレンジ色のカルゴの中身である茶髪の少年である瞬という少年、そして観客席で二人の決闘を見守っていたおさげ髪の遠見と脱力系な印象を覚える優衣という少女達、そしてセッティングルームで戦いを見守っていたチキを連れて、アリーナから学舎へ移動させることにした。

 黒のスーツで着飾った元々の肉体に戻った俺は、安堵の表情を浮かべているカエデ、長い赤毛の髪を持つ少女の肉体を持つアニドールに入り込んだルビィ、そして灰色のスーツを着たキノナリにも同伴してもらっている。

 無言の緊張感がどうやら連行されている少年少女達には耐えられないようで聞こえないように小声でひそひそと話し始める。聞こえているが。


「やばいよ……私達、始業式前日から怒られちゃう感じ?」

「バカ兄貴達が何かをしたようには見えなかったですが……」


 永瀬 遠見と自分を呼んだ少女がおさげを揺らしながら心配そうに話し込むが、山口 優衣と名乗った少女だって何故決闘を止められて、しかも職員室に連れて行かれるのか解らないようだ。第三者から見ればそう見えるだろう。実際、ルビィの警告がなければ俺も気づかなかったのだから。

 この二人はアイと瞬の決闘を観戦していたと言う。アイを除けば幼馴染の類らしく、この島でアイと友人になったという事か。チキもアイの戦いを観戦していたらしいが、なぜセッティングルームにいたのかは解らない。

 一方、戦闘をしていた二人は沈黙に伏していた。特にアイの方は思うところがあってか、瞬よりも落ち込んでいるように見えた。


「…………」

「……なぁ、アイ」


 沈んだ表情を浮かべるアイに瞬は違和感を覚えたのか声をかける。アイはそれに答えようとしない。よほど俺の言葉が効いたようだ。

 アイが瞬の首を狙って攻撃しようとした。それはいい。決闘において弱点を狙うのは間違いではないだろう。だが、あの勢いのままでやれば、瞬の首が吹っ飛んでいたかもしれないという事実。それがアイという少女を心を揺り動かす。


「俺はあの決闘で自分の力不足というか、そういうのを感じたし悪い戦いじゃなかったと感じている。でも、アイはどうだったんだ?」


 瞬のそんな疑問にアイは答え辛い様子を見せる。

 戦いに熱中する中、ふと乖離するように思考した冷めた感情を抱く時がある。そして熱に逆上せた肉体が冷めた心を無視し、そのまま相手を無情にも切り殺す。

 俺はそれを知っている。相手を手っ取り早く殺す手段を瞬時に理解し、そしてそれを実行する感覚を。

 そしてあの時、アイはその感覚の中であのまま瞬の首にヒートブレイドで斬りつけようとしていた。たとえ模造剣であっても、銃とは違って実体はあるから衝撃を与えてしまう。首は人間の神経の通り道だ。場合によれば、瞬は落命していた可能性がある。


「……解らない。楽しかったし、勝ちたいと感じていたのは本当。でも、あの一瞬。私は……」

「衝動に突き動かされた。と、言うべきだな」


 アイの言葉を引き継ぐ。俺は振り返り立ち止まる。職員室はあくまで目的地であり、彼女の独白を聴くための場所に過ぎない。ここで聴けるならば、ここで聴き終えたほうが双方に益があるだろう。

 アイが不安を覚えるように、訝しむように俺を見つめる。あの甲板で出会った少女はもっと強い子だと感じていたが、やはりあくまで未熟らしい。だからこそ、俺が教えるのが一番であろう。


「衝動?」

「あぁ。誰しもが持つ、抑えつける事が難しい感情に近い感覚だ」


 俺が動きを止めたのに合わせて皆もまた動きを止める。

 赤毛の少女の肉体を持つルビィはそんな彼とアイを興味深げに見てくる。彼女は学習するつもりなのだろう。


「あの時、君は彼を絶対に倒すという執着に近い衝動を抱いた。と、同時にそんな自分を冷静に見つめる感覚を覚えたはずだ?」

「そうです……詳しいのですね?」

「こう見えて老練ベテランでな。そのような経験はゴマンとしてきたつもりさ」


 肉体年齢は二十代前半ゆえ、よく若く見られるが四十代手前だ。殺しの中でのそのような感覚を抱くのは常である。そう思うとこの場にいるのもおかしいな、と思い込んでしまい溜め息を吐いてしまう。

 瞬が俺の言葉に胡散臭さを覚えるような難解な表情を見せ、遠見と優衣が何を言っているのだろうと首を傾げている中、俺は向けられる奇怪な視線を無視して話を続ける。


「君はギアスーツに乗って高揚感に満たされた。だからこそ冷静に思考し、相手を完全に仕留めるように身体を動かした。……妻の言い方を借りれば、ギアスーツに飲まれた、というべきか」

「二千年代初頭のSFアニメーションの言い方ですね」

「……妻が好きなんだよ」


 優衣の鋭い指摘に思わず目を逸らしてしまう。少し恥ずかしい。孤児院にいた頃はツバキと一緒にアニメは見ていたが、まさかまだあの時代のアニメを見ていた世代がいたとは思っていなかったのだ。

 そんな様子を見てキノナリとルビィがほくそ笑む。笑うな。

 カエデは父が母の趣味の言葉を漏らす事に意外性を感じたのか目を見開いていた。あまりツバキの趣味には言葉を出さないようにしているから、カエデにとっては意外だったのだろう。

 話が脱線した。俺は咳払いの代わりに自分の短い黒髪を掻き、アイを再び見つめた。アイは怯えていた。

 これ以上の追及は彼女に悪いか。如何せん、人に何かを教えるのは苦手だから加減が難しい。ここらで退き時だな。


「まぁ、なんだ。お前達はまだ若いから暴走しがちなのは十分解る。だが、ある時にそれで大事な物を失う経験をしてみろ。お前達はその過去を引き摺って生きなければならなくなる」


 俺は脳裏に映る、ある少年の顔を思い起こし苦虫を噛み潰すような想いを抱く。二度と忘れない。かつて共に戦い俺の目の前で消えたあいつの事を。あいつだけじゃない。失った者達の事を……忘れるわけにはいかない。

 それに、このような想いを、目の前の彼らに教えたくはない。二度と取り戻せない。何度も頭の中にリフレインし、何度も泡沫のように消え去るあの感覚。喪失した現実から逃げ出したくなる、あんな最低な感覚を。キノナリもまた俺の言葉に唇を噛んだ。

 綯い交ぜになる思考を振り切り、俺はあくまで地獄を知り得ない少年少女達を見つめる。あの感覚を知り得る者が止めないといけないのだ。それを勝手なエゴイズムと認めながらも、俺は彼らを導く教師として心に刻む。


「説教は終わりだ。元々俺に叱る資格なし。注意しろよ」

「あっ、え?」


 ――――やはり、俺は教師には向いてないかもしれない。

 自分に嫌気がさし、俺は職員室に向かうまでに説教を強引に終わらせて彼らをおいて一人去る事にする。キョトンとする新入生組を余所に、ルビィは一瞥し、カエデとキノナリはごめんなさいと言って俺に着いてくる。

 俺の説教が響いたのか、新入生組の何だったんだと三人で話し合う中、アイは誰にも聞こえないほどの声で呟く。


「失う、経験……」


 その彼女が得た事もない覚悟の言葉を、俺とルビィは確かに聞いていたのだった。



     ◇◇Shift◇◇



「まさか、この四人が同じクラスになるとはねぇ」


 遠見ちゃんが感慨深く喋る。その対象は私であり、優衣であり瞬であった。朝日は天高く上り、今や昼時。同じクラスになった四人は入学式を終えて、クラス1-Aにて担任となる先生を待っているのだ。私を中心に遠見ちゃんが近寄り、合わせて優衣がやってきて、瞬はそんな優衣に引っ張られてきた次第だ。


「運命です。しかしバカ兄貴と一緒になるなんて思ってもいなかったです」

「俺もだよ。ま、これでいつでもアイと戦えると思うと気は楽だがな」


 そんな瞬にアハハハ、と私は渇いた笑みしか浮かべる事ができなかった。遠見ちゃんがそんな私を見てか不安そうな表情を見せる。駄目だ。こんな顔しちゃ、と思っても戻す事が出来ない。

 すると突然、優衣が瞬の腕を殴る。突然の暴力に優衣を恨めしく睨みつけながらも、瞬はこほんと咳払いをして優しい笑顔を見せる。


「昨日は昨日だし気にすんな」


 ポジティブに私を励ましてくれる。瞬の言葉は嬉しい。でも、気持ちは晴れてくれない。

 力なく小さく頷く私に皆が不安を覚えながらも、予鈴が鳴り響き三人は自分達の席に戻っていく。憂鬱だ。自分に自信が持てなくなる。

 予鈴が響き終え、シンとする教室。その中でゆっくりと扉が開かれた。

 黒いスーツを身に纏い、短くしかしある程度に伸ばされた黒髪。表情は厳格そうで、しかしどこか優しさを垣間見える気がする。十代かと見間違えるような、そんな男が教壇の上に立っていた。

 ――――言うまでもなく、昨日、私に言葉を残したあの男、ヒューマ・シナプスであった。

 瞬が口をパクパクとさせる。遠見と優衣が口をあんぐりと開け、私が思わず目の前の状況を疑った。そんな中、ヒューマは面倒くさそうに教壇に立ち、


「お前達を三年間見守る事になった。ヒューマ・シナプスである。以後よろしく」


 と、これまた面倒くさそうに自己紹介を終えるのであった。

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