第11話:挑戦/無謀である

「俺と決闘してください!」

「……ハァッ?」


 一日目の授業が終わって、さてここからルビィに手伝ってもらって仕事を終わらせようと考えて教室から出ようとすると、残っていた山口 瞬が綺麗にお辞儀をして俺を呼び止めた。

 一応の敬意を表しているその敬語の使い方はともかくとして、なぜ俺を呼び止めるのか。それが解らなかったのだ。


「待ってくれ。どうしてそうなる?」

「いや、俺強くなりたいんで……あ、昨日の俺の態度で怒ってんなら謝ります」

「…………」


 呆れて物も言えない。狂戦士か? こいつは。昨日あんな感じで説教をして、俺に何かしら思うところがあるはずなのだが謝りをしようとしてくる。

 そりゃ好戦的な性格の人間は何度も見てきたが、ここまで切り替えの早すぎる奴は初めてだ。


「あと、アイがちょっとテンション低い感じなんで……」

「あぁ……」


 しかし、どうやら何かしらの考えはあったようで、瞬は俺にだけ聞こえる程度の小声で後ろで遠見達と話しているアイを横目で見る。

 なるほど。その話題を出されたら退くにも退けなくなる。大方、昨日の自分の戦闘に何かしらの想いを抱いているのだろう。だから遠見と優衣と話してこそいるが、その笑顔がぎこちないわけだ。

 彼女をこうしてしまったのは自分だ。瞬は自分を犠牲にしてでも俺と戦ってアイに元気付けようとしているのだ。アイのギアスーツ乗りの心を信じて。無鉄砲な奴かと勝手に思っていたが、どうやらまだ一日目の付き合いだけも思い遣れる仲間思いの男のようだ。


「解った。こればかりは責任をとらないとな」

「よしッ! おい。今からアリーナいこうぜー!」


 瞬の気合いを入れた掛け声に女性陣からブーイングが飛び交う。そりゃ二日連続で戦闘をしようとするのだから非難は出るだろう。女性陣の主に優衣からの罵倒で頭を抱える瞬を見つつ、俺は一人先にアリーナに向かうのであった。



     ◇◇Shift◇◇



 瞬がヒューマ先生と戦闘をする、と宣言し遠見ちゃんと優衣がついて行く事になったので、私もそれに連れられて行く事になった。正直、気分は乗らない。担任教師となったヒューマ先生の言い分が怖くて、ギアスーツに乗る勇気もない。

 今の自分が腑抜けだという事は解っている。でも、怖いのだ。あの時、瞬を殺そうとした自分が。こんな姿を小父様に見せられない。

 同時に感謝している事があった。私に殺されかけた瞬だ。彼は戦闘中はそれを理解はしていなかったが、ヒューマ先生によって伝えられた後、私に嫌悪感を抱くはずなのに寧ろ私を心配してくれる。遠見ちゃんも、優衣もそうだ。彼女達は優しい。だからこそ申し訳なくなるのだ。


「決闘の対戦方式は近接戦闘ワンヒット勝負! 近接武器だけでどちらが先に相手の装甲にダメージを負わせるか!」


 アリーナに瞬の声が響く。瞬はもうオレンジ色のカルゴに乗り込んでいた。カルゴのスピーカーをアリーナが拾っているのだ。

 武装は二振りのヒートソードのみ。昨日と同じ武器だが、恐らく瞬が一番信頼している系統の武器なのだろう。実際、ヒートソードはその小ささから手回しも良く、鞘を装備しても邪魔にならないので冷却装置を内蔵しなくて良い利点がある。何度でも使用でき数も揃えられる。多少の斬撃性の低さを加味しても十分に有用な武器だ。

 一方。そんな彼に対面しているのは黒いギアスーツだった。ヒューマ先生の乗る、ブルーラインと言う名のオリジナル機――――あの船の上で私を助けてくれたギアスーツだ。あの時と違って武器は私が以前手に持ったヒートブレイド一振りだけ。


「本物の戦闘ではこんな状況はあり得ないが……いいだろう。俺に剣で勝負を挑む勢いは買ってやる」

「槍とかハンマーとか性に合わないんでね!」


 そう言ってポージングする瞬にヒューマ先生は心なしか呆れているようだった。瞬のあぁいう格好つけたがりの性格は嫌いじゃないけど、ちょっと空気は読んでほしいかも。

 そう思っていると横にいた優衣がいつも半目なのに更に細めて指摘する。


「兄貴は基本的には銃撃戦の方が得意です」

「え、そうなの?」

「総合的に。兄貴のバカに突進する性格が原因ですけど」


 そうよねぇ、と私の隣にいる遠見ちゃんが頷く。確かに瞬はあの銃が使用できる決闘で搦め手を使わずに真向で勝負を仕掛けてきた。無謀に突撃だけではなく、躱してからの急加速もしてきたけど思えば攻撃の軌道は真っ直ぐでしかない。

 それが瞬の弱点である。性格の問題はとやかく言うつもりはないけど、確かに致命的な欠点だと思う。


「んじゃ――――行きますよぉ!」


 三人で話していると瞬の掛け声が聞こえてきた。勢いのある声のままカルゴが急加速する。背面のオプションはポッドブースターで脚部にはホバースラスターが装着されている。昨日と同じだ。旋回して攻撃を避けつつ、隙を見ては加速し敵に攻撃を与える戦法。地面を滑るように動く瞬に対して、ヒューマ先生のブルーラインは未だに浮上さえしていなかった。

 ヒートブレイドは確かにリーチは長い武器だ。威力もあるし、日本の刀をイメージして作られた武器だから装甲を切り裂く事も容易だ。欠点があるとすれば、冷却装置が付属しない事が多く使い勝手が悪い事だけどそれは今回の決闘には関係ない。あるとすればその手回しの悪さだろう。

 およそ自分の半身以上ある長さの剣を人が操るのは難しい。例えコアスーツで片手で振り回す事が出来たとしても自ずと両手で使用しないと自由に扱う事は難しい。私も祖国でGOAの正規武装で練習した時も、基本的には両手で握る事が多かった。

 しかし、あくまでブルーラインはその場から動かずに構えるだけだ。しかも右手だけでヒートブレイドを握り下に向けたまま。まるで戦闘の放棄に見える。


「動かないってんならッ!!」


 そう言って更に加速する瞬。しかし、ブルーラインはその声に反応してかその青白いバイザーで瞬を見つめた。瞬間、動き出す。

 一歩を踏み出したかと思えば次の一歩がもう前に出ていた。宙に浮くではなく、ギアスーツ地上を走るように瞬に向かって接近しているのだ。全身のエネルギーラインから漏れ出すスラスターを上手に使って、人間だけでは出せない速度をギアスーツで大地を駆け抜ける。


「ちょ、はや――――」


 瞬が慄くが、ただ慄くのではなくあくまで前を向いて慄く。構えは解いていない。以前、ヒートソードを斜め十字を描くように構えて接近するヒューマ先生に立ち向かう。対し、先生はヒートブレイドを握った腕を置き去りにするように後方へ追いやりながら走る。

 そして――――刃は交錯する。片や空中で。片や大地を踏みしめて、二振りの小剣と一振りの長剣が交差する。鍔迫り合いだ。だけど体勢としては真っ向に瞬に対し、先生は遠心力の勢いで長剣を振り切ったからか左側に身体が動いている。

 振り切るように降ろされた長剣。しかしヒートソードを切り裂く事は叶わない。二振りのヒートソードによって受け止められ切っている。


「このまま、押し切ってッ!!」


 瞬がポッドブースターも起動させて先生の体勢を崩そうとする。それが成功するか、武器を弾かせられれば瞬は一気に優位になる。

 鍔迫り合いの中、少しずつ押され始める刃の中で、先生はそれでも剣に左手を添えない。両手で持ちさえすば地の利もあって瞬を弾き飛ばす事も可能のはずだ。しかしそうしない。理解に苦しむ――――けど、もしそれが何かしらの罠であるとすれば?


「なッ!?」


 その疑問に気が付いた瞬間に事は動く。瞬が更に加速をかけたその瞬間に、先生はヒートブレイドから手を離し――――そして急激に長剣の柄が押し負ける中、それを逆手になるように再び握り返す。持ち方を変えた。いや、それだけじゃない。刃は瞬の勢いに押し負けて奥へ追いやられるけど、それは一定の位置止まる。先生が長剣を逆手で握っているからだ。

 剣を反対に握られて瞬は先生の剣を弾き飛ばす事も叶わず、瞬の勢いに押されて時計回りに半回転する先生を余所に、瞬の身体は自分の噴射した加速のせいで先生の横を通り過ぎてしまう。


「急速に、空中旋回ィッ!!」


 瞬が音声認識を活用しカルゴの脚部のホバースラスターで無理矢理に旋回をしようとする。だが、それは瞬の視点で行おうとする行為に過ぎない。

 第三者視点、そしてもう一人の視点ではその行為は意味を成さないのだから。


「終わりだ」


 先生の静かな声がアリーナに嫌に響いた。逆手でヒートブレイドを構えながらその刃を瞬のカルゴの首元に捉えて寸止めする。振り返ったその瞬間に決着はついたのだ。

 あの時――――先生が瞬に押されて一見は体勢を崩したかのように見えた。しかし、瞬が自分の加速に追いやられて追撃の隙を消し、先生は全身のスラスターを利用して体勢を遠心力に任せつつも反転して、そして空中で加速を強引に止める瞬に接近したのだ。あの鍔迫り合いは、考えてみれば瞬の加速力を増加させるために行ったのだ。片手でやったのも、瞬に勝機を見出すために――――そう思うと、先生がいかに戦況を先に読んでいるのかがよく解る。

 それにあの身体の身のこなし。大地から突き放されて無重力と錯覚するあの瞬間に彼は体勢を取り戻したのだ。並大抵のギアスーツ乗りではない事が窺える。


「せ、先生って……ヤバくない?」

「あの兄貴が遊ばれたです」


 遠見ちゃんも優衣も驚いたように声を漏らす。思えば、先生はあの海賊との本当の戦闘を経験している人だ。本物の剣で、海賊を切り殺した事のある人なのだから。

 傭兵。その言葉が思い浮かぶとの同時に沸き立つのは、あの人と戦ってみたいと言う欲望であった。瞬と同じだ。私もギアスーツ乗りとしてあの人と打ち合ってみたい。特に、生の感覚を知っているあの人との戦いは、最高のはずなのだから。

 でも、ふと思い出すのは昨日の事。だから私は自分の右手を抑えて、首から漏れ出しかけた熱い言葉を飲み込んで――――


「アイちゃん、アイちゃん! やってきたら?」

「そうです。不精なバカ兄貴の仇を取ってきてほしいです」


 ふと、横で私を囲む二人の声が耳に届く。飲み込んで自分の胸の中に仕舞いこむつもりだった言葉が喉の中で詰まってしまう。


「アイ! 先生、つえぇよ! 来いよ、こっちに!」


 戦闘を終えた瞬が負けを認めたのか、先生が構えを解く中、バイザーの中から私を見つめてそう私を招いていた。あぁ、ダメだ。私に、そんな事言わないで……。

 喉に詰まる言葉は中々出ない。戦いたい。あの人と戦って楽しみたい。瞬だけズルいとさえ思ってしまう。そんな嫉妬に近い感情を覚える中、先生も私を見つめた。


「アイ。お前の力……瞬に打ち勝つその力、俺にぶつけてみろ」


 そして私を挑発するように握っていた大剣を担ぐように持ち、


「なに……俺はやられんさ」


 と私に自信に満ちた発言をしてくる。完全に解りきった挑発。でも、こんな挑発受けたら、止まれるわけがない。なぜなら私もまたギアスーツ乗り。自分の腕を信じ、自分の力を誇示する戦士なのだから。

 私は最後の言葉を聞き届け、勢いよく立ち上がる。心の中に渦巻くのは彼に勝ちたいという思いと、戦いと言う純粋なる戦闘本能。気分が高揚していく。


「その挑発、受けさせてもらいます!」


 私は高らかに宣言する。遠見ちゃんがほいきた! と一緒に立ちあがり、結局こうなるのです、と呆れる優衣がいたけど気にしない。早速私は遠見ちゃんを連れてギアスーツのセッティング室に赴くために歩き始める。

 まだ迷いはあるけれど、私は真っ直ぐにあの人に立ち向かいたかったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る