第9話:相棒/電子生命体の

 東京に存在した頃のギアスーツ養成学校はお世辞にも良い環境とは言えなかった。例えばリンゴの名産地が東京ではないように。例えば魚の漁獲量日本一が東京ではないように。東京という当時、日本最大の都市であったとしても、ギアスーツ養成学校は日本一を誇る学校でなかった。

 しかし、二十三年前の外敵戦争により東京は壊滅し、ギアスーツ養成学校も自ずと崩壊した。その後に、東京復興計画と共に計画し実行された武蔵島建設計画により、ギアスーツ養成学校は武蔵島に移転したのだ。

 だからこそ俺自体は武蔵島に建てられたギアスーツ養成学校には何の思い入れもなく、あくまで肩書き上の卒業生の扱いとなっている……予定である。


「まるで常夏の島だな」

「アルネイシアほど暑くはないけどね」


 数年前に訪れたハワイ付近に造られた人工島と比較すればそうであろう。あくまで太平洋寄りとはいえやはり日本。四季もあるし本州よりも気温が高いとはいえ何時もが暑いわけではない。

 俺は、武蔵島の再生自然の技術の高さに感心を抱く。武蔵島の三分の二は自然で成り立っているとされている。これは日本人らしい自然との共存を推し進めた結果らしい。勿論、別の目的もある。俺達が十一年前に大きく関わったアルネイシアもまた人工島であったが、武蔵島の広大に広がる山々に生え渡る木々ほどではなかった。


「バイオスフォトンの生産量も高いだろ?」

「そうだね。おかげでエネルギーの枯渇も気にしないでいられる」


 学校へ向かう中、俺はカエデの手を握りながらキノナリと一緒にこの武蔵島の情報の照らし合わせをする。俺がホバートラックの中で見ていた情報はまさに武蔵島の情報であった。三年間住まう場所だ。親として調べるのは当然であろう、と自分達よりも先に住んでいるキノナリに間違いがないか確かめているのだ。

 バイオスフォトンとはギアスーツや車などの機械製品を動かすためのエネルギーである。二千年代初頭で例えるならば石油に当たるものだ。生物のエネルギー、生体エネルギーに目される物であり、これを利用し現代はほとんどのエネルギーを賄っている。武蔵島の木々が多いのは、このバイオスフォトンを得るためである。植物もまた生物であり、そのエネルギーを内在しているのだ。

 以前はこの技術の発達によって地球温暖化などの問題が解決したが、同時に兵器技術も向上してしまった。長所あれば短所もありか。使っている輩が言うのもなんだが、中々難儀な技術だ。


「そう言えば今日はルビィはいないの?」


 ふと、キノナリは俺のパートナーであるアニドールがいない事に気が付く。いつもはそれこそ病的なまでに俺に付き添うアニドール――――その中身である電子生命体であるのだが、今回はある計画のためにここにはいない。


「俺のギアスーツ、ブルーラインに乗って先に武蔵島に到着しているはずだ。武蔵島にアクセスして現地情報を更に集めるためにな」

「……ヒューマ? 武蔵島は敵地じゃなくてあなたの住む場所でしょうに」


 キノナリに指摘は正論だがこれこそ俺の悪癖なのだから許してほしい。確かに住居である武蔵島の情報をルビィが荒らし回っている事を聞いたらゲンナリとするだろうが、現地での情報ほど信用できるものはないのだ。ルビィが上手く立ち回り、変に足がついて学校長に呼び出しがない事を祈るしかあるまい。

 そんな一喜一憂するような話をしていると学校の施設の一つであるアリーナに辿り着く。だが、さっきから一度も話の中に入ってこないカエデがヒューマの握っていた手をぶんぶんと乱雑に振り始めた。新手の遊びかと思ったが、その振り様があまりにも切羽詰まっていたのでどうしたのか、と彼女の方を見る。

 カエデは――――内股になって冷や汗を額から垂らしながら口に力を込めて塞いでいた。心なしか震えているような気もする。そして何より、それは、その生理現象とかいう物ではないだろうか。俺がそれに気づくや否や、カエデが二人の話が途切れた瞬間に大声で宣言して、


「キノさん、お父さん! トイレ行ってきます!」


 もはや走る事も難しいのか千鳥足のように身体を震わせながら、アリーナの中にあるであろうトイレを求めて突き進んで行ってしまった。俺に痴態を見せたくなかったのだろうか。俺はカエデのあぁいう不思議な態度に首を傾げていると、キノナリが不安そうにトイレを見つけて横道に入ったカエデを見つめて、


「ねぇ、ヒューマ。カエデちゃんって少し地が弱いタイプ?」

「いやぁ……どうだろう。まぁ、ホウセンカという狭い空間で生きてきているし、もしかしたら俺達の話を折らないように我慢してくれたのかもしれないし」

「小母さんとしては不安になっちゃう」


 と、わざとらしくキャピキャピするキノナリを余所に、確かになぁと父親なりに不安を感じる。俺は気にもしていなかったがカエデは一般人とは違う生活を送ってきている。それにやはりあの母親の影響が大きいのだろう。自由奔放で夢想家のくせに、なんだかんだで周りを見て動く、あのロマンチスト紛いのリアリストに育てられたのだから。

 多少なりともこの島で一般人なりの認識を得てほしいものだ、と俺は身勝手にそう考えたのであった。



     ◇◇Skip◇◇



「お久しぶりです、キノナリ」

「まさかこんな場所にいるなんてねぇ……」


 アリーナのギアスーツ管理室にてそのアニドールはいた。赤毛で長く髪を伸ばしており、瞳もまた鮮やかな赤である。顔立ちこそ俺に似通っているが、全体的に柔和を思わせるような姿はツバキが俺を模して作ったアニドールであった。中身である電子生命体ルビィが電脳世界以外にも活動できるように、とツバキが計らってルビィに与えたアニドール。それが俺のギアスーツであるブルーラインの中にいたのだ。

 ギアスーツの運送作業や保管の際には中身のないアニドールを支えにする場合が多い。なので、その中身が存在するアニドールをそのままギアスーツの収容し搬送したのだ。キノナリは武蔵島の杜撰なセキュリティに不安を覚えるかのように頭を抱える。。


「何か解ったか?」

「粗方は。加えてご報告を。現在、アリーナにて二機のギアスーツが決闘をしているようです」

「血気盛んだな……だがなぜ報告をした?」

「その内の一機が、何かしらのアクセスを受けていると認識したためです」


 アニドールの声帯を使うルビィの報告に俺は自分でも解るほどに顔を歪める。変哲もない事柄のように感じるが、ルビィが報告をするという事は彼女なりに何かしらの危険性を感じている証拠である。

 同時に嫌な予感がしたのだ。そう、それこそ小さな。思わず手から滑り落ちそうになるほど細かなその違和感を。俺は残念ながらその違和感を見過ごせるほど鈍感な人間ではない。念を入れて現地での情報を得ようとする男なのだから、興味のある事柄は徹底的に確かめさせてもらう。


「キノ。アリーナに向かう。身体を任せていいか?」

「お父さん?」

「……解ったわ。せめてハンドガンだけは持っていきなさい」

「キノさんまで!?」


 カエデが困惑する中、俺は自分の肉体から黒いギアスーツを身に纏っているルビィの肉体に意識を移動させる。使用者を失い脱力する自分の肉体を認識しつつ、キノナリが持ってきた黒塗りのハンドガンを手に持つ。

 キノナリは解ってくれている。俺がなぜ動こうとしているのかを。自慢ではないが俺の直感はいやに優れている。それとも悪い予感が的中しやすいと言うべきか。たとえ肉体がこのような機械混じりになったとしても、それだけは衰えない。


「決闘モードに乱入できるようにセッティングするから、とりあえず止めてきて。話はそれから」

「あぁ。ルビィ、いくぞ――――はい」


 同じ肉体を使用しているためか俺の言葉に同じ口から返事の声が聞こえる。カエデは脱力した俺の身体を強く抱きしめて呆然としていた。彼女からすれば普通の事であるが、それでもやはり父親の突飛的な行動を理解に苦しむのだろう。自覚はしているのだが、慣れてもらうしかない。

 俺はそんなカエデを数秒見つめて、ヘルメットのせいで表情を見せられない事に気づき気づき、彼女から目を逸らしアリーナに向かう。事は一刻を争うのかもしれないのだから。



     ◇◇Participation Argue◇◇



 ギアスーツ保管室から直結しているアリーナに着くのは数分も有さなかった。アリーナの中に入り込み、ヘルメットに決闘モードの表記がされる。キノナリのハッキングが成功した証拠であった。


「さて……」


 俺は小ぶりのハンドガンを構える。剣と比べると銃の扱いは苦手なのだが、距離的に時間が惜しい。ルビィに銃撃補正をかけてもらい、モニターにカーソルを映し出す。

 狙いは熾烈な激闘をしている二機のギアスーツ。銀色の騎士の様な姿をしたギアスーツとオレンジ色のカルゴの頭だ。


「銀色の方から異常を感じます――――そうなのか?――――えぇ」


 ルビィは俺よりも高次元の電子生命体だ。だからこそ俺には感じ得ない情報を感じ取っている。俺は彼女の言葉を信じてハンドガンに指をかける。

 パンパンッ、と軽快な銃撃音のイメージが頭に広がる。決闘モード特有の嘘の銃撃音。現実ではありえないあまりにも軽い銃撃音。命を奪う威力もないように思う幻響を感じ取りながらも、そのハンドガンからは銃弾のイメージが放たれた。

 ――――そして、それは見事に次の瞬間にもカルゴの首をもぎ取ろうとする銀色のギアスーツとオレンジ色のカルゴに命中した。モニターに広がるのは俺の勝利を示すメッセージ。しかし、俺にはそんなのはどうでもいい情報だ。


「てめっ、何者だ! 俺達の勝負に手を出しやがって!」


 オレンジ色のカルゴが喚く。確かに勝負に手を出したのは悪かったな、と思いつつもいらなくなったハンドガンを捨てた。


「ルビィ、最適化できるか――――えぇ……やるんですか?――――あぁ、頼む」


 ルビィに思考を繋げて、アニドールに多少の細工をしてもらうように小声で計らう。凄く嫌がっているのは、この最適化という技術は遊びでは使用してほしくないのだろう。しかし、ここでルビィの顔で俺の口で何かを言えば、後が面倒になる。

 ヘルメットの中身であるルビィの肉体が変質する。髪は黒に染まらせて、顔立ちも少しばかりヒューマの鋭利な表情に似せるようにする。

 ゆっくりとヘルメットを外す。髪の長さはどうにもならなかったのか、ファサって出てくるがこれに関しては諦めよう。


「悪かった、とは言っておこう。だが、そのまま行くとお前は首を痛めていたぞ?」

「何だと!」

「そこの銀色の。模擬戦とはいえ相手を痛めつける行為に変わりはない。それを自覚して戦闘をしろ。お前は、人を一人、殺しかけたのかもしれないんだぞ?」


 銀色のギアスーツはそう言うとしょんぼりと肩を降ろした。反省はしているようだからいいとしよう。

 問題は目の前の喧嘩腰の男子だ。自分が危険であった事も悟れていない。頭に血が上っているのだろう。仕方がない事だが。こういう輩には現実を伝える事が一番だ。


「何者だって聞いてんだよ! 答えろよ」

「はぁ……。武蔵島ギアスーツ養成学校所属、実務戦闘科目担当教師、ヒューマ・シナプス、だ」


 そう言うと流石の男子もハッとなって口を噤んだ。相手が教師だと思ったから下手な事は言えないと感じたのだろう。ありがたい肩書だ。便利に使わせてもらおう。

 だがこれに加えて、ハッキリと解らせておいた方がいいなと感じて、


「お前ら、この後職員室な?」


 脅しをかける事にする。男の口からヒィっという声が聞こえた気がした。少し大人げない事をしてしまったかな。

 俺はくるりと振り返りギアスーツ保管室に戻っていく。


「反応、消えました――――そうか」


 ルビィの報告に感情もなくそう返す。少なくともその反応が何かをしたのだろうが、途絶えてしまったのでは追う事も難しいだろう。それに目の前で説教するぞ、と言ってしまったのだ。そっちの事をしないとならない。

 面倒な事にしてしまった、と思いつつ俺はキノナリ達の元へ戻るのであった。

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