第8話:経緯/教師になる

「なにッ?」


 それは確か、日本の季節からすると冬の初め。傭兵業を生業とし、拠点としているフローロ級戦艦、ホウセンカの食堂にて愛しい妻と娘との久しい家族との団欒の中、その二人から発せられた言葉に思わず疑問で返してしまっていた。

 黒髪を尻尾のように一纏めにして赤縁のメガネをかけている女性、我が妻、ツバキ・シナプスはさも当然かというように指で器用にスプーンを回して話を進めてくる。行儀悪いな、とはあえて言わないでおく。言っても直らない。


「だから、ヒューマには三年間だけ武蔵島のギアスーツ養成学校の実務教師として働いてもらいたいんだけど」

「待て待て。ちょっと待て。ツバキ。冗談だよな?」


 彼女の決めつけに近い言い分に俺は戸惑いを隠せなかった。勿論、それが突然であった事もあるが、何よりその内容があまりにも突飛的だったからだ。

 持っていたフォークを皿の縁に裏返しにして置く。徹底的に抗議をするつもりだったのだが、彼女の幼気を残した笑顔にタジッとしてしまい、喉から出かけた抵抗の言葉を飲み込んでしまう。卑怯だ。

 狼狽える俺に追い打ちをかけようとするのは、紛れもないシナプス家の長女、カエデ・シナプスであった。母の髪型を独自でアレンジをしたようで、右に母親譲りの綺麗な黒髪を一つに纏めているおかげで、その整った可愛らしい顔立ちが露わになりなっている。が、今はその可愛らしい顔を睨み口を尖がらせてくるせいで少し怖い。


「お父さん。これは私にも関係のある事なの。私の学校生活の事」

「まぁ、確かにカエデは日本でいう高校生になるわけだが……」

「そう! だからお母さんは、安全のためにお父さんと一緒の学校に通うようにしたいわけ!」


 俺はカエデの頬を膨らませる様を見て更に困惑する。厄介な事に、俺はどうやら家族愛に感じては溺愛レベルであるらしく、娘も勿論の事に溺愛している。反抗期は傭兵業に身が入らなかった事もあったぐらいだ。だから、彼女が顔を赤らめながらも訴えかけようとする様は父としては甘やかしたくなるわけで……。

 いや。だが俺とて、そうばかりは言ってられないのだ。武蔵島のギアスーツ養成学校。その存在は俺だって知っている。日本の隣にできた巨大な島に建設された学校で、同時に東京が壊滅し東京ギアスーツ養成学校が武蔵島に移転されて名前を変えた学校――――俺にとっては母校と同じような物なのだ。

 それに、俺達の仲間であり通信士であったキノナリ・グリースという女性が現在在籍している学校でもある。


「いや、しかし……いやぁ」

「お願い、お父さん!」

「お願い、あ・な・た!」

「ぐぐぐ……」


 二人の美人に詰め寄られる俺は愛しさの中で葛藤する。傍から見れば仲の良い家族なのだが、その中身は意見に乏しい男性を責めているに過ぎない。家族の勢力的には女性が優位なのだ。情けないが、その二人が結託すれば勝てる気がしない。

 そしてそれは艦内のクルー全員が知っている事柄でもあった。悩む振りをして現実逃避のためにこちらを見ている二人に意識を向ける。


「また追い詰められてますよ、ししょー」

「あいつ、戦闘では非情で冷酷で冷徹なのに、どうにも身内には甘いからなぁ……」


 筋肉質の黒人、ドット・テルリをししょーと呼ぶ、茶色でウェーブのかかった短い髪を持つ白人の紫色の瞳を持つ少女、チャコがジュースをストローを介して音を立てて飲み干していた。

 ドット・テルリはホウセンカを操る操舵師であるが、チャコはそんなテルリを支持し技術を教えてもらっている身だ。姿、人種こそ丸っきり違うが、二人は本当の親子のように仲が良い。


「ししょー。もう一杯!」

「へいへい」


 チャコが満面の笑みを浮かべるのでテルリは、小さく溜め息を吐いて彼女にお金を渡す。やったー、と腕を振り回しながら駆けていく弟子を見つめながら、サングラスをかけているテルリはこちらの視線に気づく。


「聞こえてんぞ弟子愛家」

「知ってんぞ溺愛家」


 似た者同士だなぁ、と心底思う。今でこそテルリも歳である事もあって二人で一緒に行動する事は少なくなったが、若い頃は二人で戦場を駆け抜けたものだ。


「お父さん!」

「ヒューマ!」

「あー……はい」


 現実に意識を戻される。どうしようもないので首を縦に振ろう。どちらにせよ、拒否権はないのだし。

 何より、俺達大人の役目は、次なる世代の育成なのだから。



     ◇◇Skip◇◇



 一仕事を終えた俺は、カエデが運転するホバートラックにて回収された。海賊との戦闘であったが特に疲労も感じていない。あの程度の戦闘は慣れてしまっている。いつも通り、コアスーツの姿でカエデが運転するトラックの助手席でパッド型携帯端末を使い、その中の情報を閲覧していた。

 数年前にて開発されて公表されたギアスーツのホバー技術を利用したホバートラックは、陸上を走る従来のトラックと比べると未だ不安定でこそあるが乗られないほどの物ではない。あくまで揺れが強いだけで、そうそう転覆するほどの物ではなく、ホウセンカでも早々に実装された。

 若干十五歳でありながらテルリの指導の元、特別に大型車の免許を会得していたカエデはこうやって任務終わりの俺を回収するようになっていた。彼女なりの父への労いであるようだが、父としては戦場には出来るだけ近づいてほしくない。が、たぶん言っても聞いてくれない。


「んで、例の護衛対象ってどんな子だったの?」

「お前と同い年で真面目な子だったよ。少し抜けている部分もあったが」

「むっ。それって私が真面目じゃないみたいじゃない」


 そうじゃない。カエデは真面目で勤勉である。ただツバキの影響か少し自由奔放というか子供らしさが強いのが印象に残るから、彼女と比較するとどうしても不真面目さに見えてくるだけだ。

 護衛対象であったアイという少女は、その辺りはまだ大人らしい印象を覚えたのだ。勿論、まだ子供らしい好奇心は存在した。日本という国に興味を抱き、その渦中でテンションを爆発させていた。正直、武蔵島に赴く船への時間制限がなければ、それこそ東京の観光名所巡りに行く勢いであったほど。彼女の従者であるチキと呼ばれるアニドールに入り込んでいた俺からすると面倒事を避けられて良かった思いだ。

 俺が苦労を思い出していると、ふとカエデが何かを思い出したようにニヤニヤとするのでなんだよ、と俺は面倒くさそうに問いかける。


「いやぁ、お父さんが女性のアニドールに入り込む時代が来るとはねぇ」

「さして変わらんぞ。本物の肉体というわけではあるまいし、女性型とは言え使用感は変わらない。強いて言えば、服が動き辛くて面倒であった」


 そう語ったのだが、カエデのニヤニヤは止まらない。母親に似て変態性も似ているのかもしれない。どうしてこうなったのだろうか、と己の教育方針を見直してあまり自分が関われていない事を思い出して大きな溜め息に辿り着く。

 代わりにカエデもまた俺を溺愛してくれていた。親を知らない俺が言うのもあれだが、彼女の歳でここまで親を想ってくれているのは珍しい事だと思う。ツバキとは似た者同士だからか、たまに喧嘩はしているようだが仲は良い。ある意味では理想の家族像だろう。幸せだ。一度は何もかもを失った人間がここまで幸せを得て良いのかと疑問に思うぐらいに。


「さて、この後はホウセンカで最終チェックだね」

「しばらく留守にするからな。ホウセンカの皆によろしく言っておかないとな」


 親子二人でそう言い合って新たなる生活に期待と不安を抱く。カエデは自分と同年代の新たな友達を求めて。俺は自分に教師が務まるのか不安に感じて。二人を乗せたホバートラックは海を突き進む。



    ◇◇Skip◇◇



 翌日。ホウセンカから武蔵島に移り渡った俺とカエデは、港にてある女性によって迎えられる。以前は短く整えられていた黒髪は少し伸ばされており、その幼気の残した顔立ちは以前よりも母性に富んでいるように見える。その服装は灰色のスーツで着飾っており、明らかに教師としての姿がそこにあった。

 キノナリ・グリース――――いや、日本近海ではグリース・木乃鳴と呼称すべきか。どちらにせよ、キノナリという呼び方に変わりはないが。ホウセンカで電子戦に特化したギアスーツを操っていた元ギアスーツ乗りであり、現役を引退してからはギアスーツの教導官として武蔵島の学校に所属していた。身長こそカエデと変わらないが、こう見えて二児の母である。


「久しぶり、ヒューマ、カエデちゃん」

「お久しぶりです、キノさん!」

「あぁ。久しぶりだな」


 彼女の屈託のない笑顔は彼女が元気な証拠である。十一年前にギアスーツ乗りから引退して一時期は落ち込んでいた彼女であったが、どうやら夢であった教導官になれた事で調子を取り戻したようだ。

 その代わりに悪癖が発症したようだが。


「グレイからの伝言だ。お願いだから帰って来てくれ、と」

「うっ……ごめん。教導官が楽しくて」


 ホウセンカの狙撃手であり彼女の夫であるグレイ・グリースは、中々帰ってこない妻に彼の性格らしからぬ懇願を俺に託すほどに落ち込んでいた。

 産んだ子供を放りっぱなしにしているのだ。同じ父親である俺だって少しは怒りを覚える。特に彼女とは高校時代からの長い付き合いであるし、何より彼女がここまで責任感を失っている事に残念でならない。


「次の長期休みには戻ろう……僕だって、会いたいんだよ!」

「まぁ、一年、二年帰っていないわけではないからいいんだがな。さて、行こうか」


 これ以上、キノナリの話が伸びてしまいそうだと感じた俺はカエデの手を繋いで彼女の横を通り過ぎる。強引に行こう。それぐらいは許せ、キノナリ。

 俺のちょっと強引なところを見て、あまり怒っていない事を悟ったのか、キノナリは急いで俺達の横に並ぶのであった。

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